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2006年02月16日(木) 好き

 
ときどき、「好きな人の気持ちが判らない」「恋人のことが好きなのに、疑ってしまう」という悩みを耳にします。しかしこういう場合、「好き」という言葉があまりに安っぽく、無責任に感じられてなりません。

裏を返せば、愛という美名のもと、「相手は私の思い通りになるべきである」という要求を正当化しているということです。本当は「好き」なのではなくて、「好きになってほしい」だけなのではないでしょうか。

(中略)

「相手の気持ちが判らない」というのは、「自分の気持ちを理解してくれない」という不満であり、「相手を信じられない」というのは、「なぜ自分をもっと尊重してくれないのか」という不満です。

好きな人の気持ちを少しでも理解したいと願うのは当然のことですが、それは自分にとってもよろこびであるはずです。自分の思い通りにならないといっていら立つのは、愛情とは呼べません。

恋人に何を求めるかということは、人それぞれ違います。自分が最低限求めるもの、譲れない部分をはっきりさせておく必要があります。

(中略)

どういう人を好きになり、どういう人間関係を選ぶかということが、そのまま自分の価値観を反映します。

ある人のことを「好き」ということは、「自分はそういう人を好きになるような価値基準のもち主である」ということを意味します。少なくともその相手は、自分が最低限求めるものを満たしているということなのです。

「好きな人のことが理解できない」というのは、矛盾した言い方です。相手への共感、尊敬、信頼があってはじめて、「好き」という言葉を使うことができるのです。


『愛する人に愛される方法』高田雅弘


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