ねえ、ハンス、ここは終わりの場所なのかもしれない。ぼくは心のなかで、ふとそんなことを呟いた。ここは「時」が終わる場所なんだ。人はみな最後には、こんなところにやってくるのかもしれない。だから、ここでは、いっさいが遙かな遠景のように見えるのだ。世界そのものが、あたかもひとつの思い出であるかのようにね。ここには、一通の手紙も、一本の電話も、ただひとりの訪問者も、けっしてやってくることはないだろう。けれども、ぼくたちは、じつはそんな場所に来て、はじめて世界を愛することができるのではないだろうか。いや、ここ以外に世界を愛することができる場所なんてありえないのではないのか。
なぜかって?それは、ぼくたちが、この滅びにむかう「時」の幻から自由になったとき、はじめて世界の秘密にふれることができるからだ。ねえ、ハンス、きみは顔も忘れてしまった彼女と話した15分を信じなくてはいけない。それはけっして「たったの15分」などではない。それはたしかに「永遠」と呼ばれるべき何かなんだ。ぼくたちは、この「時」の幻の外側に歩みでたとき、そのことをはっきりと目のあたりにすることができるにちがいない。
ぼくは、紫色の砂の上にひざまずき、泉の水をすくうようなかたちで両手をくぼませて、沈みかけた夕日の前にさしあげた。そのくぼませた手のひらのなかに、世界と、世界のいっさいの思い出がたたえられていた。それは、気の毒なくらいちっぽけで、こわれやすく、たよりなかったけれど、息を呑むほどに、あくまでも美しかった。
『アフリカ旅物語・中南部編』 田中真知
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