| 2007年04月23日(月) |
今夜、バルコニーを越えて |
玄関に姉の生けた芍薬がありまして。けれどまだ蕾で。 咲き誇る大輪の花を、まだかなあまだかなあ、と毎日楽しみにしているのですが。
こんばんわ、眺めていて咄嗟に思い浮かんだ言葉が 『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はディバインパゥアー』でした。もえぎです。 色々と大丈夫かなあわたしと思いました。 そういや先日も、 『トリケラトプスジュラ紀決戦』が『エクトプラズム殺人事件』に見えたのでした。 見まつがいにもほどがあります。けれどこれが結構日常だったりするのでおそろしい。
色んな音ゲーのムービーやクリップを見てなごむ今日この頃なのですが。 ある曲を聴いていて、うっとりしておりましたら、ふとあることに気がつきました。 これをニサン時代にあてはめて書いたらおもしろいかも?と。 最近、たくさんゼノのニサン時代…俗に言うエピソード4時代のお話を伺いまして。 このところED後フェイエリィばかり書いていたのが、ふらりとそちらに傾きそうなのです。 あまりに凄愴というか、切なすぎる時代ですけれど。 どうにも近頃、ちらちらと惹かれてなりません。 そもそも、本編と並んでたくさん語られる時代でしたし。考える材料には事欠きません。 多くの人々や思惑が交錯して大変魅力的なのは、今更言うまでもありませんし。 あと、カレルレンを。カレルレンのことをもっときちんと考えないと。 そうでなければ、いくらラカンエリィを語ろうとしても、薄っぺらくなってしまいそうなのです。 ニサンのふたりは、他のふたりたちに比べて、見ていて最もやきもきするふたり。 元々不器用炸裂接触者対存在の中でも、群を抜いた不器用っぷりやもしれません。 と、申しますか。今まではそういう風に書いてきました。 けれどもし、この曲に合わせてみたら?と思いまして。
りとるりとるぷりんせす(音に注意!) ニサン時代のふたりは、『もっと素直になりなさいな!』と見ている側が叫びそうなふたり。 でもふたりとも、とんでもなく真面目で、不器用なくせに器用で、やさしいのです。 特に彼に到っては、そこにうすぼんやりと臆病さの影が見えるような。 いや。あれはいっそ諦観でしょうか。 もしも。 ニサンの彼女が、自分を隠されることを善しとせず、また自ずから隠そうとしなければ。 彼女を頼る人々、飾る人々、崇める人々すべてを捨てて。 思うが侭にあろうとしたなら、その姿は多分最後のエリィに似ていると思うのです。 や。わたしの書くED後エリィがえらくワガママなのでそんなイメージなだけですが(笑) 最後のエリィはすべての頸木から解き放たれた存在だと考えています。 逆にニサンの彼女はがんじがらめ。他の対存在の誰よりも。 ニサンのエリィの本心。放縦そのものにさらけだしたら。 そしたら、彼女の歌声はこの曲のようになると思うのですよ。 『私をさらいにいらっしゃい!』って。 うーん…上手くまとめきれなくて申し訳ありません。
若い魔王はカレルレンでいかがでしょう(笑)
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