| 2006年07月03日(月) |
イギリス紳士といえば菅原教授な認識は間違いでしょうか |
昨日から目眩がずかばき酷くなってきたのですがどういうことでしょう。 更に追い討ちをかける原因不明の頭痛まであり。ちくしょうちくしょうまけるもんか。
こんばんわ、嫌な予感に苛まれまくっております。もえぎです。 どんどん近づいてくる運命の日に脅迫されているような気持ちです。 できる限り望みは持たないようにと自分に言い聞かせてはいるのですが。 どうしてもどうしても込み上げてくる希望を打ち払うのが困難なのです。 嫌な予感がするのです。 今回、わたしはもうアベルとネピリム以外のことは望まないようにしようと考えていました。 だいすきなふたり。わたしが四年、あるいは八年待ち続けた子ら。 サーガにおいて最愛と呼んでも過言ではないでしょう。 けれど。もうすぐ語られるべき物語は、『サーガ』です。シオンさんのお話です。 この四年。シオンさんの歩まれる過程をずっと見続けて。 余りに不器用で優しく、かなしく真面目さんなさまに、すっかりとらわれてしまいました。 お話もそれなりの数を書いてきました。 アベルとネピリムはある意味次元が違う扱いですので。 殿堂入りとか永久欠番みたいなものです。 別格なふたりを除けば、サーガにおいて最愛のかたはシオンさんです。 そのシオンさんが。 ……何か、とても、おそろしいことに遭われるのではと。不安なのです。 エピ3はシオンさんの過去が全て語られ、未来へも到るお話となりましょう。 その道程において、つらいのもかなしいのもいたいのもきっと待ち受けています。 アホなわたしでも流石にそれくらいは覚悟しています。 けれど…まさか、まさかですよ。 全てが終わった果てに、シオンさんがいなくなってしまわれたら? 心の底からしあわせになって頂きたいのに、そうならなかったら。 ハッピーエンドしか認めないわけではありません。 悲しくても真摯に描いてくださればそれはきちんと受け入れられます。 でも不安で仕方がないのです。かなしいまま、すくわれないまま、終わりはしないかと。 希望は捨てたはずですのに。 以前に見た、エピ3の夢も。どうしようもなくかなしいものでした。 どうか正夢にはならないで。どうか。ゾハル。
マザー・グースを読みました。 恥ずかしながら、生まれて初めてマザー・グースを読みました。 無知でごめんなさい、イギリス文学とは相性悪すぎるのです……! こわごわページ繰っていましたが、知らなかったこと色々分かって、へええとなりました。 てんとうむしって、英語だとladybirdっていうのですね。 略さずに言えばOur lady bird。つまり『聖母マリアの鳥』。 じゃあ海外版大神だと『おお我らが慈母』て台詞は『おおあわれでぃ』になるのでしょうか。 なんか印象随分と違いますね。れでぃあまてらす……(笑) まいふぇあれでぃも聖母マリアを指すそうですし。便利な単語ですねれでぃ。 伊達に落ちてませんねロンドン橋。関係ないですか。ですね。 ハンプティ・ダンプティは、へなちょこさんの曲のおかげで知っておりましたが。 元々はああいった歌詞なのかと改めて知り、感心しきりです。 ハンプティ=ダンプティ=ラグ。歌詞の一部が、そのままマザー・グースの訳詩でした。 しかもご自身のアレンジで訳されてるのですよね。流石ですゆっぱさん。 ハンプティ・ダンプティかべのうえ。ハンプティ・ダンプティおっこった。 たくさん知ることができて楽しいのは事実なのですけれど。 時々イギリス人の笑いのツボがよく分からなくなりました。 やはりナンセンス性が色濃いものは苦手のようです。 けれど知ることはやはり楽しいこと。また別の種類の訳も借りに行きましょうかね。 今は本に逃避。 あと、愛しいくろがねのナイトに(笑)
拍手のお返事、明日、させて頂きますね。
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