はやく大台お礼のお話を書きたいのですが、今はちょっと他のことに忙しく。 なかなか手が出せず申し訳ないばかりです。
こんばんわ、『じゃあなんでこないだまでああも大神しまくってたの』と問われると『出来心ですごめんなさい』と平謝りするしかないもえぎです。 や、本当にごめんなさい……。 で、そんな悔恨の日々の中。 なにやらふつふつと正しい歴史でのゼノ曲が聴きたくなりまして。 エピ2後、絶望の中で編集したギアス・サーガ曲集結MDを聴こうとしました。 が。 ない。みつからない。どれだけ探してもこのMDだけがどこにも見当たらないのです。 鞄の中や机の中にはどう考えてもあるわけがないのではなから探していませんが。 MDなんて滅多に動かすものではないので、どっかに行くわけないのですけれど。 何百枚かに膨れ上がったMDケースの中をがさごそしても、ちっとも見つかりません。 他のMDは全部ありますのに、これだけがありません。 何がそうまでしてわたしを二つの正史から遠ざけようとしているのでしょう。 結局今は諦めてキリテを聴いています(笑)ある意味間違いではありません。
どうにもここ数日、やたらにゼノのことを考えてしまいます。 大台に乗って、サイトの原点を見つめなおした所為でしょうか。 そうすると、 どういうわけだかづんづん来年の東京であるゼノオンリが気になってきます(笑) 最初はやー、めでたいーと思う一方、行けないとすっぱり考えておりましたが。 エピ3終わった後で、どんなことになるやら分かりませんが、行きたくなってきました。 ただ単にお喋りがしたいだけなのでしょうね。 前にあった明石でのゼノオンリ(兵庫県民として誇りに思います)にて、 それはもうお喋りが楽しくて楽しくて仕方がありませんでしたので。 長いこと東京行ってない気もしますし。何よりゼノで語りたいのです。 チャットやメッセでも良いのでしょうけれど、やはり生の語りにはかないません。 どんな方がいらっしゃるのかなあ、どなたが来はるのかなあ、ついつい考えてしまいます。 接触者対存在オフ会やらエレハイムラブオフ会があれば是が非でも参加ですが(笑) それゆけ新幹線。もう18切符弾丸ツアーは嫌です。片道八時間のあのサニデー。 もう少しで十年。バハラグみたいにアンソロ企画あるのですっけ。 ……どなたか接触者対存在アンソロとか出さはりませんか。需要極少。泣けます。 FF6はエドティナだけでアンソロできるのですよ!凄いですよ!泣けます!(立場の差で) 永遠のふたりにして永遠のマイノリティてどういうことでしょうね。
この八年、マイノリティであることにすっかり慣れて、布教も諦めつつありました。 いくら好きであっても、あのふたりはどういうわけかよく嫌われているので…(苦笑) かなしくなりすぎてしまいました。疲れたよパトラシエ。 あの懐かしい色即是空の樹の下が、数少ない受け入れてくれる木陰でした。 あそこには素晴らしい方がたくさんいらして、未熟なわたしにたくさんの考えをくださって。 そうしたお陰でわたしは今も、こっそりサイトを続けているのです。 当時、他のサイトさんへ出歩くと、 相当な高確率で面罵されたり憎悪の念へ当たったりしてしまいました。 わたしに対して向けられたものではなく、あのふたりに対して向けられた言葉ですが。 まるで自分自身が苛まれ、責め立てられている気がして。 すっかり臆病になってしまいました。 ゆえに、自分のささやかなサイトにて、しめやかにひそやかに、書くことにしたのでした。 けれどサーガが出て、実は接触者対存在も好きなんですという方もちらほらで。 それがこっそりしっかり涙が出るほど嬉しくありました。 わたしは絶対悪ではないようでした。 あのふたりが好きで、悪者ではないようでした。
ばかですね。すぐに他の方の意見に流されてしまったりして。 結局わたしは愚かなので、どうしてもあのふたりが好きでならなかったのですよ。 その気持ちを変えることができなかったのですよ。 他の方が、あのふたりに関して抱かれる負の感情も、その理由もよく分かります。 彼は最初とっても臆病ですし、死にたがっていますし、ずっとずっと沈んでいます。 彼女は色んなものにがんじがらめで、怯えていて、『母』です。 後ろ向きなのが嫌い、偽善者、母性・自己犠牲が鼻につく、そういったことでしょう。 けれどあのふたりはそれだけではないのです。そんな単純ではありません。 わたしは、あのふたりの底抜けなやさしさと不器用さにこころうたれたのです。 ありとあらゆることが様々に入り組んで複雑に物事を構成しています。 表層のみに惑わされるのではなく、目を凝らし奥を見やれば見えてくるはずなのです。 やさしくてやさしくてかなしくてやさしくて。 不器用でおずおずとして翻弄されて囚われて引き裂かれてまた出会って。 折れた剣、錆びた盾、こぼせない涙、霧の朝、夜の静寂。 ふたりをかたちづくるありとあらゆる。 その結果。わたしはどうしようもなくあのふたりがだいすきになってしまったのです。 今なら自信を持ってにっこり笑って言うことができます。 『あのふたりほどすてきなふたりは、そうそういやしませんよ?』って。
なんてなんて素敵な物語だったでしょう。 赤い未知数、異質な歯車。そう呼称される物語。 高橋監督が分子から創造された緻密な世界。 そこにとっぷり身を委ねることの、なんと快かったことか。 あれほどの幸福な日々はもう来やしないでしょう。 でも、あの日々があったことだけでも、溢れるほどの幸いです。 ふたりを書く際の、基本理念は八年経っても変わりません。
ありがとう。どうか、あなたたちがしあわせでありますように――
時々関西人のサガゆえにネタに走ってしまうのはご愛嬌ということで(笑)
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