日記

2003年09月14日(日) 『ワンコインアニバーサリィ(プロトタイプ)』


舞い降りたもの。すんなりと胸にしみこんだもの。
もう戦略も戦術も何も要らない。認めてあげる。名前をあげる。だから。


こんばんわ、いろいろもらいました、萌黄です。
いもうとぎみ昨晩はありがとう。とても嬉しかった。
それにしても二人で話すとどうしていつも三時間越えるんだろうね。
ありがとう、ありがとう。きみがしあわせでありますように。
お話ししている時に舞い降りたものはきっとイデアでした。
そうでなければ、今こんなにこころは凪いでいない。
あのひとを浴び続けてこんなしあわせでいることはない。
―…あまい、いたみ、ね。


ある種吹っ切れたのでもう今日はしっちゃかめっちゃかです。
以下の文章は前々から言っていたオリジの断片です。でも長いです。
ああもう突っ込みご意見ご感想批判も非難も覚悟の上です。
でも一言『てゆっか死ね』とかはおやめくださいますよう……。
拙いです。気持ちは分かります。でも、本気で凹みますので、その。

見直ししていない上に文体も定まらず前後で文章も違います。長いですし。
自分でもまだ方向がきちんと見定まっていないのです。
これからどんどん文章を絞って、舵を取ります。
今にも難破しそうな文章。それでもこれは決別だから。
認めてあげる。おいで、この、イデア。
ふたりのお話。はると夕立。






『ワンコインアニバーサリィ(プロトタイプ)』



「あ。」
 ぱきん、という軽い音と共に、声が洩れた。

 咄嗟のことに振り返る不思議そうな眼差しの先で、彼女は手の平の上をしげしげと眺めていた。きょん、と羽ばたきが聞こえてきそうな睫が、大きく見開かれた瞳を飾っている。
「どうしたの」
 ほんの一歩ぶん、先に進んでしまっていた彼が帽子をおさえながらすぐさまやってくると、はるは微かににこりと笑い、視線で元凶を指し示す。つい素直につられて見やった場所に咲く、桜に染め抜かれた綺麗な爪に、彼は一瞬見とれそうになってしまったけれど。なんとか目を引き剥がして、促された先を見つめる。
 小さな彼女のちいさな手の平。そこでばらばらになっている何かの欠片。触れればとけてしまいそうな、淡雪の大地めいたはるのたなごころを彩る控えめにあざやかな飛沫。

 砕けたピンクのプラスティック。
おもちゃみたいな金色の小さなバネ。
とりどりのビーズで出来たあまいさくらんぼだけが、妙にきれいな形で残っていた。

 それらをよくよく眺めてみて、無言のままで、かちゃかちゃと頭のパズルを埋めてゆく。じっくり見入って何やら考えている夕立を、彼女はほのかな微笑のまま待っている。しばらく経ったあとで、ようやく言葉がふたりの間でうまれはじめた。

「―…きみの、髪留め?」
「うん。あたり。」

 ゆっくりと訊ねる夕立にはるの、ぴんぽん、とでも言いたげな明るい声が返ってきた。さも楽しげな様子で笑うはるに、彼も薄い笑みをまとわせる。
 通りで見覚えのある彩りだと思ったよ、と夕立はしみじみ感じた。ピンクに、金色、そして何よりさくらんぼ。ずっと静かに考え込んでいたのは、この三色の織り成す存在が、どうにも記憶に引っかかってならなかったから。見たような、知っているような、と。そして様々の情報をぱきぱきと組み合わせてゆき、やっとこさ気付いたのだ。
 ああこれは。いつも彼女の髪を飾っていたものではないか、と。

 はるの髪はくるくる踊りふわふわ躍る。黒くやわらかく舞うそれを、本人は気にしているのだが、夕立はむしろ微笑ましくおもう。そんな髪であるからして、風の誘いにいと乗りやすく、すぐさま空に遊ぼうとしてしまう。だが奔放なじゃじゃ馬をあっさり見過ごすわけにはいかないので、全ては無理でも多少なりともなんとかおさえるべく、小さな髪留めを両耳の前辺りにちまり、と付けているのだ。
 黒髪に映えるピンクとさくらんぼ。じっくりじろじろ眺めた事は無いけれど、いつもいつも彼女に華やかさを添えていたささやかな髪飾りを、夕立は無意識のうちに記憶へ刻んでいたのだった。
 時折幽かに、ちゃらん、と音を立てていたそれが今。砕け散っている。

「壊れちゃったのか…」
「そこそこ長く使ってたから、もう寿命だったのかも」
「お気に入りだったね」
「うん。でもかたっぽだけになっちゃった」
 長く彼女と共に在り続けていたものの欠片が、薄雲越しの陽光を浴びてぽんやりと照らし出される。手の平のものを眺めるはるの眼差しもそんな風で、口元を微笑みの形にはしているが、わずかに伏せられた瞳はどこと無く春霞めいた物憂いものを含んでいる。
 ずっと、ずっと親しんできた大好きなもの。あるのが当たり前だと、すっかり思い込んでしまっていたもの。しかしその片方は砕け散り、遺された片翼のさくらんぼが、ちり、と寂しげに風にないた。
「もし直せるなら直したいけれど…こんなにばらばらじゃあ、ちょっと無理みたい」
 ぽつり、と呟くと、もう一度甘い残骸を見やる。そこに散らばるのは、彼女が慈しみ、鏡をのぞいて髪にぱちりと留めるたび、口の端に深い笑みを与えてくれたもの。
欠片を手にしていない、自由になっている方の手が、自然にそっと残りの髪留めに触れる。意図も何も無く、体がそうしたように、さらりと流れるような動作だった。桜がさくらに届く。
「ごめんね」
 それは自らのたなごころに鎮座するさくらんぼの残り香へか、それとも耳元で囁き続けているさくらんぼへのものか。夢遊のごとく放たれたのであろう言葉の真意は、彼女自身にもわからない。
 ただわかるのは、瞳を淡く覆う霞。
 はるの表情に気付いた夕立は、く、と拳を握り締めてわずかに眉根を寄せると、無言のまま足を踏み出した。

「新しいの、買おうか」
 そっと彼女の側に立ち、ゆったりとした調子で切り出す。視線は柔らかく、欠片たちに注がれている。
 思いもよらない提案に、驚いたはるは顔をあげ、びっくりのあまりぱちくりとして瞬きもしない双眸が、夏空と夕立を映した。眼差しの行き場所をゆっくりはるに向けた彼は、彼女の真ん丸い宇宙の中に横目でおそるおそる進入しようとしている自分をみつけて、軽く微苦笑してしまう。けれどもそんな顔すぐさま打ち消した。
からかうような、不器用なウィンクひとつなんてしてみせて。
「僕の奢りで、ね」

 一瞬ぽかんとして、状況を上手く飲み込めていないように見える彼女。限界ぎりぎりまで見開かれた大きな瞳は、時間が凍りついたよう。こころの奥でも何かが凍り付いているかのよう。
でも、彼が。夕立が、とてつもなくぎこちない、だけどまるで子供みたいにお茶目に、片目なんて瞑って微笑みかけてくるものだから。真夏の氷なんてあたたかくとろけてしまうのが、当然の節理といえた。
強張りかけていた花の唇が、ゆっくり、ゆうぅっくり、したたる蜂蜜のように、ゆっくり、優しい弓に。そして、やわく細められた瞳が真空の吐息を灯した。
眼が繋がったまま、彼は彼女の手を取った。
 

 その場所は夕立にとって、明らかに未知の地だった。そういう意味においては外国やら異星などにとても近い。なにせ空気の成分さえ違うように感じ取れるのだから。その、かなり免疫の無い、むせかえるような香気の満ちる店先で、ふたりはぱたりと足を止めた。
 けほ、とはるに気付かれないよう軽くせきを一つする。
「ここ?」
「うん。ここならきっと、あると思うの」
 にこにこ顔でそう答えると、彼女は店頭にせりだしたテーブルにそっと体を近付けた。そう広くも無い空間は、夕立にはそれこそ不可思議な秘宝の在り処に見えた。
 きらきら。ひかひか。馴染みなんてあるわけない、電灯に照らされ煌く装飾品の類。しかしそれらは決して高価なものではなく、むしろ安物と呼称されてもいなめない代物ばかりだった。

 むやみに光を反射するプラスティックの嘘っぽい輝き。
 どっちゃりと付けられた、明らかに偽物である宝石の軽さ。
 かちゃかちゃ乾いた音を立ててぶつかる金属のうすっぺらいこと。

 そんなものらを手に取り、ためつすがめつ品定めするたくさんの女の人たち。真剣だったり、笑顔だったり、きゃあきゃあと何人かで騒いだりしながら。何が楽しいのかさっぱり分からないのだが、どんな表情をしていても、何故だか彼女らは大変しあわせそうだった。それはこの場所の空気によくあらわれている。
 首を傾げたい気持ちになりながらも、流石に行動へは移さず。自分がどうも相応しくない空間に感じられて仕方がなかったので、夕立は少し離れた場所からのんびりと観察していると、ふと聞き慣れた声に顔を向けた。はるが軽く手を上げて、こちらに向かっておいでおいでしている。
 研究をそこそこに切り上げると彼はゆっくりと歩みを進めた。

「これ、どうかな?」
 夕立の様子をうかがうようにして、上目遣いで訊ねてくる。手の平の上に乗っかっているものを細い指でつまみ上げると、彼にもよく見えるように、くるりと回してみせる。その際照明を受けたやすっぽいはずの髪留めがきらりん★と輝いた。
 はるが選び取ったのは、ごてごてとした飾りのほとんど無い、すらりとしたもの。前につけていたのは、わにのくちみたく、ぐわし、とかみ合うタイプのものだったけれど。新しいこれは、鳥のくちばしをうんと長くしたのみたいだった。
ゆるやかな曲線でのびてゆく白銀が、ほのかな薄花お化粧でおめかしして。ちらほらと咲き零れているのはニセモノ螺鈿のちっちゃな桜。
店の中に置いてある品の中では、ずば抜けてシンプルな子。他のびかびかとした光に押しつぶされてしまいそうな、その小さな髪留めを、彼女の指先はそっと探し当てた。
 それがなんだか、とても彼女らしくおもえて。ぱちりぱちりと大きな瞬きをさかんに繰り返しながら見上げてくるはるをくるむように。笑んだ。
「いいとおもうよ」

 レジのおねえさんに、ちゃりんと髪留め差し出して(もちろん二つ!)ぴろぴろとデジタル表示され、さらに口でも求められた値段を素直にわたす。ややおおきめのお金で払うと、おつりがどっさりだった。じゃらじゃらたちをなんとかお財布にねじこむと、手に入れた小さな紙包みを、ずうぅっと横で待っていた彼女にぽん、と手渡した。
「はい。これで良かった?」
 良かったも何も、最終的にいい、と言ったのは彼だから、とっくに相手の意見は心得ているはずなのに。それでも訊かずにはいられなかった。
「うん。これで良かったの」
 彼の淡い訝しみなど全くとおい答えで大輪の花を咲かせる。手にした茶色い紙袋を、何より大切な宝とばかりに抱き締めて。
 でも夕立はそれでもなんとなく納得できなかった。分かるような分からないような。てくてくとふたり、歩きながら、彼は首を傾げる。
「だってこれ、凄く安かったよ?二個で二百四十円って」
 税込みでも二百五十二円…とぶつぶつ呟く夕立のお財布の中では、おつりの二百四十八円がちゃそちゃそゆっている。

 細かい持ち合わせが無くて、五百円で支払った。そしたらえらく大量に小銭が押し寄せて、こっそりびっくりしたのだった。おつりぶんでもうワンセット買えてしまいそうな勢いだったから。
 まあこれで『細かい』のができて良かったかなあ、とも思ったけれど、中身とはずいぶんかけはなれた意味でお財布が重くなった。

「もうちょっと豪華なのでも良かったのかな。きみに見せられた時、僕値段とか全然見て無くて気付かなかったんだ」
 そもそも相場なんてものも知らない。知りようが無い。普段これっぽっちもはるはモノなんて欲しがらなくて、だから誕生日くらいしか贈りようがなくて。だから今回奢りだよ、と口にした時、ちょっと誇らしげな気持ちさえおぼえたというのに。結果が二百五十二円(税込)
 やれやれと、自分の注意力の鈍さに軽い溜め息をつきつつ、空を見上げると、太陽がじわり、と網膜を焼いた。
 そんな彼に、はるはただ、『これがいいの』と微笑むだけ。
 守護者がお留守になってしまった片側の髪が、ふうわりと舞い降りてくる。新たな守護者は彼女の胸元で目覚めを待って、呼吸している。


 ちらり、と彼女を見やる。少し下にある、横にいる、彼女の姿を追う。
はるはにこにこほくほく顔で、ぺらぺらの紙包みを胸に抱いている。夏の陽射しなんて知らないような雪白の肌は、頬を水蜜桃に上気させて。角度によって灰色を帯びる黒い巻き毛がそれを鮮やかに浮かび上がらせている。たあいのない、本当にささいなことなのに。

 まあ。いいか。

 そう、結論付ける。単純だとは自覚している。のんびりと笑みが生まれてくる口元をそのままにしておく。
 あんな小さな硬貨一枚で。指ではじいたなら、簡単に宙を舞うであろう一枚っきりのもので、彼女があれほどしあわせそうに居てくれるのなら。他にもうどうでもいいや、と思って笑う。
 こんなことできみが微笑うのなら、いくらでもしてみせるのにね、と。


 穏やかな波が、たぽん、と彼女の小さな胸を満たしていた。一足ごとに軽くなるアスファルトはトランポリンみたく。とてもとてもうれしいの。
 かさかさの包装紙は熱なんて持っていないけれど、胸元にしっかり抱き締められたそれは、鼓動くらいなら宿していそうだった。中で揺れているだろう新しい髪留めは、途方もないよろこびをもたらした。
 値段なんてどうでもいい。意味をもつのはその在り方。

 あなたは知らないものね。あの髪留めの意味を。

 教えない。だってずっと秘密にしてきたのだから。こっそり隠し抱き続けたひとりやくそくは、彼にだって誰にだって教えないもの。
 ぱきん。と、軽い音を立てて砕けた髪留め。それは彼女が、彼と会うときに『だけ』つける、たいへんたいへんトクベツなものだった。

つけるのはよろこび。
だってそれは、あなたに会いにゆくことを意味しているから。

 鏡の前でひとりうれしい。誰にもみせない彼にだけ見せる、ちりちりこそばゆい小さなさくらんぼ。それが壊れたとき、はるが受けた衝撃は、実はかなりのものだった。
 耳元に飾る時間はある種の儀式だった。何者にも侵されないとても神聖なもの。だが中心にずっと存在していたものがなくなった時、自分でも子供っぽいとは思いながらも悲しみを隠し切れなかった。
 そんな時に。夕立が不器用なウィンクなんてしてみせるから。

 あなたの手で。あなたがくれた髪飾り。

 さくらんぼは壊れてしまったけれど、それに勝るとも劣らないものが、笑顔と共に手渡された。
 だから。これがいいの、と微笑うだけ。



 その夜。傷一つなく輝く髪飾りが、かぽん、と小さな箱に収められた。同じ箱の中には、やわらかなコットンにつつまれた、傷ついたさくらんぼも、昏々と眠りについていた。


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