〜世界は美しくなんかない。 そしてそれ故に、美しい〜 <時雨沢恵一著 キノの旅 より抜粋>
こんばんは、あまつばめです。 明日出かける予定もあり、今日一日はのんびりです。 たまっていた本を読んだり整理したり。ホットミルクを飲みながらオコタでのほほんとしていました。
お昼ごはんを食べて本を読み終わったあとだから2時過ぎです。宅急便がきました。 普段はネコさんですが、今日はめずらしく飛脚さんでした。 私的なイメージなのですが、ネコさんとペリカンさんは個人や田舎からが多く、大都市の企業から来るのは飛脚さんが多いです。仕事場と自宅でしか判断できないので完全な偏見ですが。
受取人は私でした。 なんだろうなぁ?と思いつつ開けてみると絵本が入っていました。そのタイトルを見て思い出しました。
『キノの旅』
CDです。ブックレット・ドラマCDです。1月の中ごろ注文したものでした。
原作が電撃文庫から発売されている書籍で、現在5巻まで出ております。 この本は全体的にシニカルで人を食ったような感じがあります。 残酷です。話の中で結構人が死んでいます。主人公キノが殺す場面もあれば、まったく関係のない理不尽な面も。具体的な『死』の描写は少ないのですが、それでも、残酷なのです。 そして、この話はすごく考えさせてくれます。主人公が放つハンド・パースエイダー(注:パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)は、ただ、単純の意味しかもっていないのです。 自分の身を守ることだけ。
あまり書くと『絵の話』で批評する人となってしまうのでやめておきます。というか、批評批判はプロの方に任せます。こういう話、私は穏やかに読んでいたいだけなのです。
さっそく聞くことにしました。 6話で77分。単純計算では1話が13分程度です。まあ、ラジオで放送したということなので基本4話が10分、追加2話が残りでしょう。 1回とおして聞いてみて、いい話だということを再認しました。 もう1回聞くとき、ちょっと確認を取ってみました。それは原作とどのくらい違うかです。
もちろん、基本は同じです。 書き下ろしではないので文庫版と同じ内容です。 でも、文字にすることと言葉にすることは意味合いが違うのです。
文字は同じでもちょっとした抑揚や間でまったく違う言葉になることもあります。そのため、文字にしたほうが多くの描写を必要なるのです。 読みよい話というのは複雑になりすぎず的確に描写できるようにすることであり、聞きよい話は少ない言葉で多くを考えさせてくれること。私はそう思っています。
確認してみると、やはり削っています。もう、バッサバッサ。 本中のセリフとドラマCDのセリフでは倍半分でしょう。 背景描写など、言葉ではなく音なので、すごい省略でした。
音には音のよさがあります。 文字には文字、映像には映像のよさがあります。 それらは心の薬。多くの感情を生み出します。
音や映像など、五感を即直接刺激するのは即効性の薬みたいなものです。急に近づいたと思うとすぐにいなくなる。簡単に忘れてしまうもの。 文字や言葉など、意味を考える刺激は遅効性の薬のようです。すぐには効かないけど、じんわりと残っている。簡単に忘れられないもの。
その後も、書き下ろしの話を読み、改めてじんわりとしました。
それにしても、各巻の中表紙に書いてある1行詩のようなもの。それがすごく好きです。 見方を変えてみるとまったく違う意味を持つ絵のようです。 下に書いておきますので、ちょっと考えてみてください。
<何が正しいのか?誰が正しいのか? 何か正しいのか?誰か正しいのか?> キノの旅�兇茲�
<知っているのか知らないのか知っているのか> キノの旅�靴茲�
<“この場所を知らず 夢の地を目指し 夢の地に着いて この場所を知らず“> キノの旅�犬茲�
<美しいと思うから 美しいと思う> キノの旅�垢茲�
<さあ、何処へ行こうか? でも、ここは何処なのさ? さあ?何処へ行こうか?> CDキノの旅より
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