原案帳#20(since 1973-) by会津里花
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2008年09月04日(木) 音楽って言葉で説明したらつまんないよねー……

mixiや「原案帳#26」http://blog.livedoor.jp/jackies/に書いた記事の途中つまらない説明をしたところを削除したけど、いちおうもったいないのでこっちに残しておきます。

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新曲できた!(って8月後半に書いたのと同じですが)

それを、ためしに録音してみました。

ハモれるバースデイ・ソングです。
タイトルは、検索に引っかかりやすいように(悪)そのまんま『Happy Birthday To You!』、例の「はっぴばぁすでー、とぅーゆぅー、はっぴばぁすでー、とぅーゆぅー……」っていう有名な曲と全く同じ。(※タイトルは「パクり」というか著作権法違反にはなりません!短くなければいけないのに「同じじゃダメ」ということにしてしまったら、使える言葉がどんどんなくなっていってしまうから)
昔は、たとえば松本伊代さんの『センチメンタル・ジャーニー』というタイトルを見て「あら、この子シブい歌歌えるんだー」と勘違いしてからがっかりしたこともあって、けっこう「有名曲と同じタイトルで気を引く(→今では『検索に引っかかりやすくする』)」というのは大嫌いでしたが、誰も彼もがやってるのを見ているうちに、逆に言えばこれってなかなか「有効な手」なのかな、と思い直すようになりました。
大人になった、というか、汚れた、というか、たくましくなった、というか……そんなこと気にしてるようじゃ、わたしもまだまだ大人じゃないわよね。

曲はもう、覚えていられないくらいカンタン!(ってそれでいーのか!?(笑)
いーんです、その場でハモれれば。

わたしがこの曲でやりたいのは、とにかく「誰かのお誕生日をハモってお祝いする」ということ。

いえ、別に誰でも知ってる『はっぴばぁすでー、とぅーゆぅー』でもふつうにハモれます。
でも、日本人、斉唱しかしないんだもん。つまんない。

……以下、2000字くらいぐだぐだ書いたけれど、しらけるので削除。(どんなことを書いたかというと、上に「パクりじゃない」って書いたのと似たようなこと)

-----------------------------------以下、削除した部分(「2000字」は適当)

っていうか、斉唱というよりわたしは「ユニゾン」として捉えてしまっているようで、それにはやっぱりそれなりに「ぴったり合っている」ことが要求されるわけです。
むしろハモったほうがいいような声質の人まで無理やりユニゾンで歌うのを聞くのが、どっちかというと苦手なんです。

もちろん、ユニゾンの素晴らしさもあります。すごい感動的なことだってあります。

でも、たとえば『はっぴばぁすでー、とぅーゆぅー』だったら、アメリカかヨーロッパの田舎みたいに「毎週日曜日は教会で賛美歌の合唱してるから」とかいって、(はっきり言ってかなりテキトーだし合ってないことも少なくない)ハモりを誰かが必ず入れている、とかいうほうがステキじゃないですか。

なので、わたしはわたしの「文化」として、『はっぴばぁすでー、とぅーゆぅー』は必ずハモることにしています。
そうすることで、わたしならではの「お祝い」をしてあげることができると思うからです。

でも、……できれば、あと一人か二人、別のパートでハモってくれる人がいたらなぁー、と思うんだけど、……ってわたし欲張りすぎ?……なかなかそういうことしてくれる人なんか、いないんです。

わたしは、日本人の「ハモらない性質」に、ちょっとイライラしています。
欧米だけじゃなくて、アフリカでも太平洋でも、別に何か高級な音楽性とかじゃなくて、人が何人も一緒に歌えば、ハモるのは当たり前なんです。
理由があります。
同じ歌を歌っても、人によって音域が違うんだから、全くのユニゾンで歌うのは、人によっては酷いことになってしまうことだってあるんです。
(だからこそ日本人には歌うことに対するコンプレックスのある人も多い)
他の人と同じ高さで歌えなければ、高さは違うけれどそれなりに聞けるメロディーで歌っちゃえばいいじゃん!……それがハモりなんです。
そういう、ごくごく人間として当たり前のところから発生してきたものなので、世界中どこに行っても見つかるわけです。
なぜ、日本人がハモることを見つけてこられなかったのか、それはわたしにはわかりません。
ハーモニーを知らないわけではないと思います。(多弦の箏とかあるし)

といっても、奄美の島唄「ヒギャ節」で男性がわざわざ裏声まで使って高い声を出すのが女性への敬意を表したものだ、という文化まで否定したいわけではありません。

きっと、ちょっと珍しいくらい日本の音楽、特に声楽に和声がない、というのも、何かしら理由はあるのでしょう。
でも、その理由の中には、リスペクトするべきものもある一方で、マイナスの歴史として捉えるしかないものもあるように思います……

-----------------------------------以上

言葉で説明して楽しんでもらえるくらいなら、わざわざ曲になんかしないヨーだ!(一人でキレてる(笑)

いつの間にかハモれて楽しめて、お誕生日をちょっと特別に?お祝いできちゃうパーティーソング、できました☆

録音、おもしろくなってちょっと凝っちゃった。
といっても、どうせおためしなので、あちこち綻んだままになっちゃってるけど。
これだけ凝ると、なんかアルバムに加えたくなってきちゃうなあ……


ちなみに、『声をあわせて』がまだ「ライブ版」しかないのは、たぶん「ライブ専用」だからだと思われます。

いや実は、スタジオでも録ろうとしたことがあるの。
でも、なんか盛り上がらなくて……
一人でスタジオに篭っていても、たとえばCDに載せるのにふさわしい「即興」なんかも思いつかないし。
たぶんこの曲は、スタジオ録音するとしても誰かと一緒にじゃなければできない曲なんだろうと思う。

本当は『Happy Birthday To You!』もそうなんだろうな。
まだ作ったばっかりだし、ハモりを確認したいと思ったから「一人多重」にしちゃったけれど、自分の声が重なっていくのって、(人はどう思うかわからないけど自分では)なかなか気持ち悪いものですよ〜〜〜。

……あ、またおしゃべりが過ぎる。

わたしはきっと、しゃべりすぎないために歌っているんだと思う……(爆)!!

-----------------------------------プラス、セットでコメント

あ、ちなみに……(補足の自己レス)

「ハモりは苦手」っていう人も、ものすごく多いんじゃないでしょうか。
そういう人を否定したり非難するつもりはありません。
ハモりにはそれなりに慣れが必要なのは確かだから。

ただ、わたしには、「苦手」って言っている人のほとんどが、慣れるためにやればいいこと、とか、慣れるまでに通らなくちゃいけないこと(たとえば「うまくハモれない」状態)、とかにちょっと向き合って通り抜ける、ということをしようとしていないだけ、というように見えるんです。
本当は、人間は、言葉がしゃべれるのと同じくらいのレベルでハモれるんだろうと思っています。
正直、ほんのちょっとのことなのに、なぜそれをしないで「苦手だ苦手だ」と逃げ回っているんだろう、と、もったいない気がしてしまいます。

とはいっても、何事も「ちゃんと向き合う」にはそれなりに心や体の準備ができていなければできないものだと思うので、それをしていない人が「怠けている」ともわたしは思わないし、できたら多くの人がいつか「ハモる」ことに出会って向き合ってくれたらうれしいなー、と、ほのかに思うだけです。

#「ちゃんと向き合う」のができてないって言ったらわたしだってすごくそういうところはあって、音楽どころじゃなくて「人として生きていく」上でもっと大切なことと向き合うことができずに困っていたりもします。
だから、自分もできないくせに人のことをとやかく批判するつもりは全くありません。


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