ひまつぶし日記

2003年04月20日(日) 手の平

てのひらをぢっとみる
っていうの誰の言葉だっけ。

本当に生き様がこの手の中に映っているのなら
たとえば悔しい思いをしながらも耐えたことや
苦しい思いを耐えられなかったことや
うれしくて急に神様信仰し始めたことなんかも
色と温度としわとふくらみになるのか。

手相にやたらはまった時期は
多分手の平に映っているらしい事実を
客観視したいときだった。
事実を認めたくないから
歪んだ線を太く一本につなげようと
手の折り曲げ方に気を使うという無様な無駄な行いをした。

でも
手の平ばかりを見つめながら道路を歩くと
電柱に衝突という災難が降りかかるかもしれません。
それでも見たいという欲求は
自己愛?

1年半前に私の手の平をじっくり見て貰ったら
性格や未来を細かく言われました。
そのときは本物の客観を求めた時期でした。
けど厳密には未来など
あのおばあちゃんは教えてくれなかったんだ。
当たり前だ。
手の平にある過去からの推量。
大丈夫というのは励まし。

結局のところ本当に自己愛があるのなら
こんな確かめ方しない。
目の前のゴミをまず捨てる事から始める。
言い聞かす。


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ミィちゃん [MAIL]

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