アキヒカ妄想日記
小室麗華



 あふれる思い。番外編。その4

おお、今回は2ヶ月はあかなかったね(苦笑)。
アキラさんの初恋物語(爆笑)、少しずつ進んでいきます。


「あふれる思い。番外編。その4」



携帯の画面を何度も確認した。
バックライトに浮かび上がる、「進藤ヒカル」の文字を見ながら、アキラはかけるタイミングをつかみかねていた。
(かけないと…せっかく予定が空いたのに)
明日の月曜、入っていた指導碁の仕事が急にキャンセルになって、丸1日予定がなくなったのだ。
今までなら、きっとただ碁会所に行ったりしていただろう。だが、今は違う。
『お互い空いている時とか打とうぜ』
そう約束したのだ、進藤ヒカルと。
そのため、先ほどから何度も携帯にかけようとしているのだが、なかなか通話ボタンを押せない。
時間はもう夜の8時。遅くまで起きているとは思うが、あまり遅いというのも考え物だし、でも今かけていいのだろうか、などと堂々巡りの考えを繰り返していたアキラだった。
正直、アキラはあまり電話が好きではない。相手の時間に突然割り込むような気がしてしまうのだ。
もちろん、だからといってかけないわけではない。仕事もあるし、伝えなくてはいけない用件も、プロになってからは多いのだから。
ただ…ヒカルにかける、というのは、なぜかアキラに多大な勇気を要求していた。
(でも、かけないと約束できないし…)
メールでもいいのだが、いくらなんでもそれでは淋しいと思ってしまったのだ。
…思ってしまう理由にまでは頭が回らない。とにかく、今はヒカルに電話をかけることが優先事項だ。
(うん、たいしたことじゃないんだから。ただ約束をするためだけなんだから)
そう言い聞かせて、思い切って通話ボタンを押した。
画面にヒカルのナンバーが流れ、呼び出し音が鳴る。
急にドキドキしだした心臓を押さえ、アキラはぎゅっと受話器を耳に押し当てた。

トゥルル…トゥルル…トゥルル…。

(あれ…?)
10回以上コールするが、出ない。
(もしかして、いないのかな?携帯のそばに)
20回目のコールで、仕方なく電源ボタンを押した。
留守電にもならないから、近くにはいるのだろうが、でないのだから仕方ない。
大きなため息をついて、アキラは座り込んだいすの背もたれに体を預けた。
机の上に開いたままの携帯をおく。まだ少しドキドキする心臓を押さえる。
(…なんで…ただ電話するだけじゃないか)
そう、ただ電話をかけただけだ。
そうして、ただ、たまたま相手が出なかっただけじゃないか。
携帯だから必ず出るとは限らない。
なのに…なんでこんなに。
なんだろう。
ヒカルが出なかったことに、残念なような、ほっとしたような。変な気持ち。
思わず目を閉じて、ふう、と軽く息をついた。
とたんに目の前の携帯が鳴り響いた。
「っ?!」
いすから飛び上がるほど驚いて、慌てて体勢を整えながら携帯を手にとる。
「し…っ!」
画面には、つい先ほどかけていた相手の名前があった。
ヒカルからの電話だった。
「も、もしもし、塔矢ですっ!」
「わ、何だよ塔矢、何慌ててるんだ?」
「あ、いや、だって…」
座りなおしたつもりで、でも半分ずり落ちたような格好になってしまったまま、アキラは努めて冷静になろうとしていた。
「ごめん、オレ今お風呂入ってて、出られなかったんだ。塔矢がかけてくれたみたいだったから」
送話器を通しても、ヒカルの声は変わらないようにアキラには思えた。その前髪と同じように、明るくて元気が良くて…。
「塔矢?」
「あ、ごめん、何?」
「あのなあ…」
あきれたような、それでいてどこか嬉しそうに、ヒカルがくすくすと笑いながら言った。
「だから、塔矢が電話してきたみたいだから、もしかしてって思って。違うのか?」
思わずヒカルの声に聞き入っていて…というのはさすがに言えない。っていうか、そういうのは…。
気を取り直して、アキラは声だけはいつもどおりに答えた。気がつかれない様(とは言っても電話の向こうのことなど分からないとは思うのだが)いすにそっと座りなおしながら、先ほどの電話で言いたかったことを言った。
「ああ、実は明日なんだけど、急に空いたから、キミはどうかと思って」
「明日あ?」
驚いたようなヒカルの声に、アキラはちくりと胸のどこかが痛むのを感じた。
(…?)
「塔矢ってホント突然だよなあ…ちょっと待って」
「うん…」
がさがさという音が電話の向こうから聞こえる。
あれえ…おかしいな、確かこの辺に…。そんなヒカルの声が音と共に聞こえ、やがて遠ざかる。
思わず不安になった。
いったい進藤は何をしているんだ?
「…進藤?」
いないとわかっていても、声に出して呼びかけてしまう。
もちろん、答えは無い。
「進藤…」
もう一度、声にした。
沈黙が返ってくる。再びちくりと痛む胸。
(…なんで)
しかし、それ以上考えるひまは無かった。突然バタンと大きな音が聞こえ、ばたばたと足音らしきものが大きくなり、ヒカルの声がアキラの耳に飛び込んできたのだ。
「塔矢?ごめんな、ちょっと予定表が見つからなくて…うん、オレも大丈夫だったよ」
再びヒカルの声が聞こえてきたことに、アキラは思わず安心して笑みをこぼす。
「そう、良かった。じゃあ、明日ボクのところでいいかい?」
「おう、いいぜ。時間はどうする?」
「じゃあ午後1時に、碁会所で」
「うん」
そこまで約束をして、ふと気がついた。
「進藤、キミ確か、予定表が見つからないとか言っていたね」
「あ、うん、棋院からの手合い予定とか、指導碁とか、いつもその辺の紙に書いて貼っておいているんだけど」
「…え?」
「時々見つからなくてさ、あせるんだよなー」
アキラは普段から、その几帳面な性格も手伝って、きちんと仕事の予定を小さな専用の手帳に書いて管理している。
だが、今のヒカルの言葉からすると、ヒカルはどうやらそういう方はあまりきちんと管理していないようだ。
「駄目じゃないか、そういうのはきちんと把握しておかないと、これからもっと増えて来るんだぞ。それに、少なくとも1、2週間の予定くらいは頭に入れておかないと」
「分かってるよ…だけど、どうやったらいいのか、オレ良く分からないんだよ」
すこしすねたようなヒカルの声が聞こえる。ささいな感情の揺れも、ヒカルの素直さをあらわしているのか、隠されることは無いようだ。
今までの生活の違いもあるし、もともとの性格の違いもある。ヒカルは、どうもそういうのが苦手らしい。
今日までそれですんでいたことが不思議なくらいだ。奇跡に近い。
しかし、いつまでもそういうわけにはいかないだろう。アキラは、その時思いついた考えを何の躊躇も無く口にした。
「そうか…なら進藤、明日の約束は10時にしよう」
「え?」
アキラが言い出したことが理解できなくて、ヒカルが問い返す。
「ボクがいいスケジュール帳を教えてあげるから。それを買いに行かないか?」
自分でも言い出したことに驚いたが、止められない。
「あ、うん、いいぜ。そうだな、オマエならこういうのきっちりしていそうだし」
「うん。ボクでよかったらだけど」
「いいに決まってるじゃんか。ありがとうな」
ヒカルの嬉しそうな声に、アキラまで声がうわずってしまう。
「じゃあ、明日、駅で待っているよ。10時に改札のところで」
「おう、じゃあ、明日な!」
そのまま、電話を切るのかと思った。アキラは、そう思った。
しかし、何気ないヒカルの言葉が、アキラの耳に届く。
「今日はありがとうな。お休み、塔矢」
携帯を思わず握り締め、アキラはとっさに返せなかった。
「塔矢?」
返事を促すようなヒカルに、ああ、とようやく声を絞り出してアキラは応えた。
「…お休み」
「うん、お休み。明日、楽しみにしてるぜ」
じゃあな、と言って、ヒカルが電源ボタンを押したのか、通話は切れた。
ツーツーツー…という発信音しかしなくなった携帯を耳にしたまま、アキラは固まってしまっていた。

『お休み、塔矢』

なんでもない挨拶だ。
きっと、もし、気軽に電話を掛け合うような仲だったら、ささいな、当たり前の挨拶。
しかし、アキラとヒカルはそうではない。いや、そうではなかった。
再び自己主張し始めた心臓をなだめながら、アキラは深呼吸をして電源ボタンに指をかける。
画面には、『進藤ヒカル』の文字。
「進藤…」
話の流れからとはいえ、明日は打つ前にヒカルと一緒に買い物に行くことになった。言い出したのは自分だが、ヒカルがそれに応じてくれたということが、アキラの鼓動を高めていた。

…明日、天気がいいといいな。

ふとそんなことを思いながら、アキラは窓の外を見上げた。
瞬く星に目を細め、今夜は早く寝ようとアキラはようやく携帯の電源ボタンを、名残惜しげに押したのだった。



       ☆☆☆☆☆☆☆



続く。



デートですねアキラさん!!
しかも自分から誘っていますよ。うふふ。
次はデート編です。
でもたぶんジャンプ感想のほうが先です…。

2003年03月10日(月)
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