キ ミ に 傘 を 貸 そ う 。
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2005年02月07日(月) 幸福主義。




「 青を踏むその足が光を向くとき 無の地の魔の血が滅する。
  君を守るのは唯一その後を見る 燈色の空気と手である。」




不幸主義なんてものが存在するわけないし
みんな幸福主義に決まっているのだけれど。
私は特に幸福主義かもしれない。



幸福主義というか、深刻な問題は嫌いだ。


不治の病。
環境問題。(?)
イラク戦争。
北朝鮮。
家族や親戚内の喧嘩やいざこざ。
誰かが死ぬこと。

そして以上のどれか1つでも含むドラマ。
雰囲気が闇に包まれる音楽。
苦しくて苦しくてテレビだったらすぐチャンネルを変えるし、音だったら耳を塞ぎたくなる。



まだずっとずっと幼いころ
多分5、6歳のころ。


夜、宇宙の果てについて考えていた。


「チキュウのもっともっと先の、色が無い世界の先に何があるの?」



「宇宙はどうしてできたの?どうして始まったの?いつ終わるの?」


「どうして人間が生きていて、こんなに小さい存在なのに感情があって明日のことで悩んで生きていくの?」



「何の為に生物や星が存在するの?」




考えても分かるはずのない問題を抱え込んで、闇の中でカーテンを見て、そう思っていた。


何もかも要らなくなった。
何もかも怖くなった。
わがままも何もかも無意味だと思えた。



「おかあさん、わたし何も要らない。」



年を重ねても、問題の答えが分かるはずもなかったけど
敢えて分からなくして、何もかも分からなくして、頭が混乱して今生きている、此処に居る意味など何も分からなくして
怖くなって眠る。


今は自分を制御できるようになったから、もうそういうことはあまり考えないようにしていた。
そんな世界規模を超えた宇宙規模さえも超えた、カタチがはっきりしないものを考えていたとしても


私は私で、明日とその先を生きていくしかないのだ。

何が哀しかったとか嬉しかったとか、美味しかったとか綺麗だったとか。
まるで小さい出来事が私達にとってはとても重要なことなのだ。

宇宙規模とか宇宙を幾つもあつめたその先の規模を考えたら
地球なんて塵にもならないくらいの大きさだけど
別に大きさの問題とかじゃないのか・・・って思う。

だから小さな言葉のやりとりが大事になるのかも。
今日はどうだったとか、あぁだったとか。
イラク問題やスマトラ沖地震とか環境問題とか政治とか、そういう世界で言われてる重要なものについての会話じゃなくても。

目の前にある、目の前に居る、1つ1つが大事なのかなぁって
思ったんだよ。




「おはよう。」


「おはようございます。」



「あれ、テスト終わった?」




「いえ、今音楽の授業だったんですけど、出席とっただけだったんで。」




「あ、そうなんだ。テストはあと幾つくらい?」




「あと3つくらいです。先輩はどうですか?」




「あ〜、俺は4年だから授業は無いんだよ。」




「え??先輩3年生かと思ってました。(笑)すみません。」


「(笑)」








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