私の祖母は老人ホームに入居しています。大正生まれの江戸っ子は女性といえども気骨に溢れているのか、はたまた私・海月の遺伝の元となった束縛を嫌い自由を謳歌する性質ゆえか、一度も結婚をせずに三人の子どもを産みました。その末っ子が私の母で、大人の事情が入り混じり、現在となっては私たち家族のみが祖母の血縁となっているわけです。
ホテル型家族、過去の様々な積み重なり。重なった事情が急に変化するわけもなく、老人ホームへと面会に行く回数は1シーズンに一回、私と母が行けば多い・・・という年数を何年か積み重ねました。そして先日、もう痴呆が進み始め最後まで残っていた私の名前もとうとう忘れた祖母が、別れの時間になって「何にもいらないから、皆と一緒にいたい。」と涙ながらに語ったのです。
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痴呆が進み始めると自分の抑圧していたものが解放される、との文章を仲村うさぎさんの文章で目にしたことがあります。例えば新聞紙を切ったものをお金と間違えてひがな一日数えるお年寄りは金銭欲が抑圧されていたのだろう、と。
確かに、新聞紙をお金と思い込んで数える老後は寂しいでしょう。でも、自分一人で生きていくことを選んで、金銭的にも全く苦労していなくて、なのに最後に残った願いが「家族と一緒にいること」を涙ながらに願う。そんな私の祖母の方が、実はよっぽど寂しい老後なんじゃないか、と思うのです。
私の中の祖母は涙どころか愚痴一つ零さずいつもちゃきちゃきとしている人で。世間のしがらみも慣習も全て悪態をつきながら押しのけているような人で。言葉は悪いかもしれないけれど「憎まれっ子、世にはばかる」の典型の人。人の付き合いなんて切り捨てて生きてきた人。
人生の最後に現れるという、長年自分の中で気付かないフリをしてきた欲望。それが「家族と一緒にいたい」だなんて笑っちゃうくらいささやかで身近で、でも、もう・・・・・・・・・・手遅れなコト。
初めて祖母のことをかわいそうな一人の老人だと思えて。改めて私の周囲を見渡して。
何よりも感謝せねばならぬ人の輪を、年の瀬に改めて。少し早いですが、今年もお付き合い頂きありがとうございました。そしてまた来年も、よろしくお願い致します。