| 2002年12月20日(金) |
☆「人権」ってやつ。 |
全然知らなかったけど、 今月の頭に、人権なんとか週間とかいうのがあったらしい。 校長が話してた。
けど。
「人権」とか「差別」とか、それこそ「みんな同じ地球人だから」とかいう思念が、俺にはどうしても理解できない。
例えば、考えてみよう。
「こういう子は差別しちゃいけませんよ」と言った人がいたとする。 その、「この子はこういう子だから差別しちゃいけない」その思考が もう、差別だとは思わないか? 「差別しちゃいけないから普通に接しましょう」 それは普通じゃねぇだろ。
「地球上の人間は、すべて同じなのです。」 長い長い間、気付いてきた歴史やその変化を無視して? すべて同じか? 虹は、日本では7色だが、アメリカでは8色だ。5色の国もある。 古くから刻まれた考え方が違うのに、どうして同じと言えよう?
そして、「それなりの対応」というのは、差別ではなくて必然なのでは?
「男女差別」というものがある。 一部の解決に男女雇用機会均等法などがあるが、 男女の雇用機会を均等にしたところで、物理的に女のが体力がないのはわかりきっている。それは俺は当然の配慮だと思うのだが、それすら「差別だ!」という者もいる。 そして、都合のいい時だけ、か弱い女のふりをする。
「みんなが平等に幸せになれるように」と、校長は言った。 あほか。
みんなが平等に、だと? だったらみんな平等に夢をかなえてみろや。
そう、心の中でつぶやいて、耳をふさいだ。
俺だって、リスクを背負ってる。 俺だけではない。 他の人も、夢を追うため、好きなことをするために、たくさんたくさん捨てて幸せになってるはずだ。 口に出さないだけで。 リスクを背負った上での幸せだと、なぜ気付かない。
後輩に、彼女がいると言ったら、あからさまに嫌な顔をされ、いろんなことをしつこく聞かれた。 「うわぁ〜、先輩ってレズだったのぉ〜?」 そういう言い方するなってば。 俺的には間違ってないんだから。 っていうか、レズじゃねぇし。 自分の中ではもうどうせもよかったと思っていたけれど、面とむかって言われてみると、案外そうでもなかったらしい。 そばにいたRちのおかげでキレずに済んだ。 ありがとう。
リスクを打ち消せるだけの幸せがあって、初めて「幸せ」だと微笑むことができるのだと思う。
平等の幸せって、何だ。 何だ。 何だ。
人間って、あほだ。
今日のBGM>Cocco 焼け野が原
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