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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年08月11日(金)
終わりの合図に。


普通に年齢というものもあるのだろうし、それは当たり前の事だからなんとも思わないのだけれど。
全く現実で接点が無くたって、声だけを知っている人物から、これから新しく生まれるものは、
もう何もないのだと思うと、それなりには寂しかったりします。死に対してより、多分そういう。
新しいものが無いというのは、発見が不可能とかそういう意味までは含めない単純な、
この後例えどんな企画が上がってもそれに参加される事はないのだという、凄く単純な。
身近な者に死が訪れても淡々と受け入れるのだろうけど、付かず離れずどころか離れっぱなしの
よく知りもしない、憧れやその他を与えてくれるだけの人が、画面の向こうで録音しただけの声、
だけどその言葉に一喜一憂させる力を持つ人がいないというのは、やっぱり、少しは。
冥福を祈るという定番の言葉は、自分で使うと白々しさ丸出しなので勿論言いませんが。
嗚呼そうか。もう、声がこれから新しい何かをする事はないんだな、と。ただ、それだけの事実です。

我が家は縦に細長い間取りをしているエレベーター側四階なんですが、
一番玄関に近くつまりエアコンの置いてあるリビングから一番離れたところにある自室は、
もう結構何遍も言ってますが矢張り暑い。そして冬は寒い。いじめだ! それとも四季丸齧り?(何)
自分が外出しない土日はそれを目的にでもしないと新聞をうっかり取り損ねます。
夜から番組欄見てもしまった見逃した! という発見ばかり多くて心の傷になります(そんなか)。
面倒臭いと思いつつ身を起こして玄関音をあけると、期待外れに暑かった。
そもそも何故、例え部屋が遠かろうとこのエアコンがガンガン効いている家より涼しいと
少しでも期待したのだろうか。そこのところが自分でもよく判りませんが。
兎に角何となく涼しいと思ったみたいです。そして、嗚呼、なんだ、そりゃ、そうだよな。
自分勝手に期待して自分勝手に諦めて、可哀相な外気温。本当、何故外は涼しいだろうと。
雨が降っていただからだろうか。だったら寧ろ湿気倍増でいやんなぐらい気付いて欲しい自分よ。
これだから期待というのは厄介なんだ。しなければただの結果で受け止められるのに。
例えその期待通りになったって、予測しているなら感激とかだって薄まってしまうだろうに。


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