
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2006年04月29日(土) ■ |
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| 普通の中心。 |
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先日のようにぐだぐだ甘っちょろい事をぬかしてはおりませんがこれはこれで戯れ言を さも毒っぽく吐いているので動物愛好者な方は見ない方がよいかもしれませんね。前置き。
人が甚振られるシーンより殺されるシーンより大量虐殺のシーンより理不尽な展開のシーンより 心が痛むのは、食べ物が粗末にされるシーンです。別にいつも恩恵に感謝は捧げてないけれども。 ある意味一番理不尽で残虐だと、自分の中では思うからなのでしょうかね。 人間がきらいでその人間が傲慢にも自分より下だと見下している観念がきらいで そんな独善的な理由で下等と見られる生物を人よりはきらわず、先ずその時点で人間の考え方なのに それが此方の一方的な理由で命を失い搾取され好き勝手手を加えられてその上で 乱雑に扱われるという、気持ち悪さを拭えない。幼い証拠とも言えるのだけれども。 のでいつか人間が屠られる時代が来てもそれを嘆くのは自由ですがちょっとおかしいと思いますし どれだけ食い千切られ捨てられ腐ろうがそれは食料でしかないのならどうしようもない事だし、 それを理不尽だと嘆くのならばその立場になって始めて判る事だろうけれども 食いものや屠られるべき対象の言葉なんて聞かれる訳も無いのだろうし、かと言ってそんな時代に 突入しても人は生きる為に食料を作り殺すし、突入せずとも変わらず、私もまた好き勝手に食べます。 菜食主義者になりたいのかといったら動物は駄目で植物は殺してもいいと言う概念は どうなんだと問いたくなりますし肉も魚も大好きなのでちょっとノウサンキウ決め込みたいです。 先日ニュースで犬の交配させ過ぎて奇形児が生まれたというのを聞いていたのですが 確かにそれは管理能力も無いのにと言うお粗末さを感じざるを得ないのですが 異常交配或いは他種での交配なんて豚とか牛いっぱいしているんでしょうしその結果 顎の無い子が生まれても、売出しはしないだろうと一抹の良心にかけつつ、何も感じず処分、 そう処分するのだろうと思うから、犬にだけそう思うなんておかしいとも感じる。 ペットとして、そういった家畜と呼ばれるものよりも身近にいるから情が移るなんて言うなら 大体何故ペットと扱うのかと悩む。最近は豚だって牛、牛は知りませんがペットになっておりますが。 所詮それだって愛玩、愛でる対象として、自分より下においている。どれだけ上位に置いたとしても 服を買い与えるとかベタベタすればいいのかといえばそれは又別の問題でただの着せ替え人形、 人形だって人が楽しむ為に作られた道具でしか無いけれど、無機物にまで思いを語る広さは 生憎心狭いので有りませんが、どうかと思いつつそれは省略。風呂敷広げ過ぎても、ね。 どろどろ具合の駄目さ加減がどの辺りかはカレカノの十波とか判り易いですね。 読み物、彼と言う人物を作るにあたっての過去としてはばっちオッケー! と好みな話ですし また此方の視点としては彼を前に据えて見ているので嗚呼あれって駄目ね、という バッシング入ってますから平気なんでしょうが。本当にいたら殴りたくなるな。閑話休題。 人と同等に扱って身体に悪いもの与えればいい訳で無くちゃんと食べれるもの、食べれないもの、 他の動物にとって毒となるものを与える人間はとても愚かだと思うし、その愛情の行き過ぎ、 いっそ愛情と呼ぶ事さえ嫌悪を感じ醜いと思うし、ここまで言っておいてなんですが 誤解なきよう述べたいのは別に動物を飼う事を否定している訳では有りません。 便箋上伝え易いから使ってしまうけれどやっぱり飼うって厭だな。本当厭だ。 何をいい気になってるんだ。烏滸がましいと使う度に思う。でも使う。これが矛盾。 家族扱いしていればそれはそれでなんてみえみえの、博愛主義者とか毒づきますが 本当にそう情を注ぐ人を単に自分が信じられないと言うひとえに器の狭さに有り、また博愛主義も あるのだからありなんだろうと思うのでまだ悪いとは、言うだけの感情に出逢っていません。 大体言っている事がまるで平等に扱えと聞こえるこの言葉さえ、ある意味では博愛。 要するにお前は人のやる事為す事決め事決まり事全てがきらいなんだろう、と言う 自分に対しての世界に対してのただの馬鹿な奴の偏見にしか過ぎないのだけれど。 偏見懐けよ、人間ならさ。多分人間になんてまだなりきれていない、人の子ではあるのだけれども。
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