
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2006年03月12日(日) ■ |
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| ミラクル、オラクル。 |
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よくも純真な時代といえば、マグナムのお尻からは本当に竜巻が起こるのだと信じていたり。 ので、実際のミニ四駆の走行を見てはがっかりした覚えも有ります(笑)。そら出ねぇな。 さて、随分と長きに渡って放送してきたガッシュももう終わりますね。 これでも本当結構長くなかったですか。一応テレビから入ったものとしては (サンデーは気が向いた時しか読んでいなかった)(その上テレビ放映も疎らだったり) 最終回の声もきっととっても気になるに違いないだろうなと考えております(笑)。 いやいや、体調不良もその代役もぶーたれる程子供ではもう無いですが、 昔は急な変更についていけなくて三十分間ずっとぶーたれてたりもしたんですよ。成長? ちなみに兄上様はテレビ版の終わり方よりもその次のデジモンを見るか激しく悩んでいらしたり。 あくまで好きなのは無印のみだとか言い出すタイプの御方ですから 2はなんとかかわしてみせてもテイマーズとか辺りから許せないんだそうです。堅物。 でもやっぱり気になるものは気になるらしい。だったら素直に見ればいいじゃないか。 欲求に基本的には素直に従うものとしてはこれ、矛盾は判るけれど 自分以外の人間が悩む事に関してはかなり適当な事を吹聴します。ヤな奴め。
多分若い人というのは基本的に苦手なんだろう、と名目をつける事で逃げ出そうとする 弱さを叱咤する気は起こりません。弱さだって、時には大事にしてやりたいもの。 それとは別件で、しかし苦手な人種もいるにはいて、過去の経歴とか言う程大層なものは 無いですがしかし振り返るとあまり無碍にも扱えず、けれど甘えた丸出しの言葉は、 投げ掛けるべき人を間違えた彼女の根本的な見る目の無さも相俟ってか、 ただの戯れ言にしたって付いていけないものを感じてしまう。 鬱状態の人、というのは病院に通ったりしていない段階、或いは自分でそうだとは 気付いていない状態を含めると結構な数に昇るといいますが、結局人間という生き者である以上 付き纏ってしまうそれは致し方の無い事なのだと思いますし、いっそ認めてそれなりの対応を、 してあげるのも優しさなんだろうと理解は出来ても、実行するだけの理由を持てない人ですから。 彼女に対する関心が、というレベルで無く、私が人として、というところがあくまで一線です。 軽々しく、云っている訳でもないのだろう。彼女にとってはそれはもう悩みに悩み、 例えば振り返れる過去であっても、今さえ苦しめる、重要なしこりなんだろう。 それを比較してしまうという時点からして先ず、間違っていると言われても仕方の無い。 ですが私にはどうしても、鬱だという彼女のその言葉が、軽薄なものにしか捕らえられなかった。 一時期は友人と呼ばれる位置にいた者に対してのその態度が、冷たいと言われようが どうしようもない、根本的な人となりの問題。直す気が起きないのは、無理だと悟っているからか、 そう言い訳して逃げ出しているからか。そうしてずっと、生きてきた今更もありますが。意地なんて。 大体得てして、他人から見れば極些細な事から支障を来たす、そういうものですが、 最も身近で生まれ付いてから現在も尚、そういう人の側にいる者として個人的には、 重ねて比べるもので無いと知っていても、それはあまりにその言葉に逃げ出している、 彼女を受け入れる事は出来ない。受け入れ難い、そういう事でしょう。 とは言ってもその身近たる存在は、先に言った様に赤子の時からとはまぁ、その状態では 赤ん坊としても生まれ辛いので言い過ぎとして(笑)、それでも記憶なんて形成出来る以前から そうらしいですから、他の人がいう普通の状態に戻ったとしても、それこそ違和感有りまくりで、 本人だと受け入れる事は出来ないのかもしれませんが。それも最も、残酷な事の一つ。
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