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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2005年11月13日(日)
そうであれるのはほんの一時だけよ。


大型アイドルを山と有する某会社をまるで全否定すると取られても仕方の無い事なのですが。
されども思う。果たして歌に踊りは必要だろうか。否、あのダンスに意味とはあるのだろうか。
そういった者が好きな方には大変失礼極まりなく、例えば自分が好きなものを他人にそう言われる事も
少なくは無いので言われる側の心情は慮れど、思う気持ちは真実なのだからもどうしようもなく。
恰好いい。と思った事が無い。感激を覚えたり、感銘に打たれた記憶も無い。
生で見たら若しかしてそれなりの衝撃はあるのかもしれない。が、大抵は全てにおいてそれが
通用しますしそれを体感していないからと言って特別扱いするつもりも無く。
激しい踊りをしながら唄う人を見れば、矢張り大変なのだろうなと思うし、大小に関わらずとも
兼用で何かを成すというのはそれはもうしんどい事だ。達成感を得たいとか自己満足は個人的感情。
ですが。しかし。だけど。否定的な接続詞しかこの続きには待っていませんオーイエー。
その踊る労力動く体力、使う神経や割いた練習時間、それらを何故歌一本に持って来れない、
集中出来ないのか。謎です。果てしなく謎です。今はおまけの時代ですし、それが出来て当たり前と
されるらしい某会社ですし、逆にその武器となる筈の歌唱力がアイタタだからこそその付加価値によって
何かを得ようとしているのかもしれませんが、ね。そこんとこの事情はきっと様々だ。と思っとけ。
しかしどれだけそれを頑張られとても、少なくともこの世界で私には響かない。永遠か、絶対か、
そんな強き心でも無いけれど、響く事は、その可能性は、余程のきっかけが無ければ先ず、
無いのだろうと。くだらないとは思わない。無価値だとも決め付けない。でも私は要らない。私には。
いいんです。歌声と旋律と歌詞とがカチッと合わさればそれだけで最上だと思える。グレートハイ!(え)
逆にどれか一つが欠損していればいまいち釈然としなかったり、どれかだけでもずば抜けていれば
それだけですきだといえる程度の、そんな気持ち。


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