アルの日記
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| 2002年09月28日(土) |
宇・わしズム・鯨・語録 |
ふぅ〜・・・。
田中 宇氏の米国・イラク・イスラエルについての記事を読んだ。 http://www.tanakanews.com/c0909iraq.htm http://www.tanakanews.com/c0916iraq.htm う〜む・・・なるほど〜・・・。 でもちょっと深読みし過ぎてるような気が・・・。 ん〜・・・どうなんでしょう〜・・・。
「わしズム」第3号の発売日だったことを思い出し、本屋に行った。 まだちょっとしか読んでないけど、やっぱり面白いですなぁ〜。 前号と前々号で捕鯨のことを取り扱っていたので、久々にクジラが食いたくなったわけです、笑。 私の世代くらいまででしょうか、学校給食にクジラが出たのは・・・まあレバーとか混じっちゃってたけど・・・。 種類にも寄るけど、ミンククジラは増えすぎちゃってるみたいなので調査捕鯨だけじゃなくて商業捕鯨も認めてもうちょっと安く食わせてくれ〜、涙。
<語録>
◎(どもりがひどくて人前でしゃべることが出来なかったことを)振り返ってみるとしゃべれるようになるためには、一つに自分の感情を安定させるには物事への全体的なイメージをつくることが大事であり、二つに、何段階かの理屈をおおよそ矛盾なくつくることが大切であり、三つに何らかの決意へと自分を追い込んでいくことが肝要である、ということでしょうか。
◎(日本の、いわゆる保守派と言われている知識人に対して)反左翼の新聞や雑誌を開けば、長い間、戦後民主主義と言っただけで、それは問題があるものだ、ということになっていたはずなんです。それが突如、(9月11日のテロ事件以後は)民主主義を守れということになってくるのだから。その理由はいろいろあるのでしょうが、根本の理由はこうだと思うんです。あの人達は孤独なんじゃないかな。孤独な生活をしているんじゃないかな、たぶん偉ぶって生きているせいで。つまり、友人、知人、年長者とか年少者、あるいは他業界の人達と、きちんとしゃべる場所がない。異性も含めてね。そういう場所がない知識人が増えているのかなという気がしているんです。生活の場できちんとしゃべっていれば、言葉がこんなにぶれるはずがない。マスコミの転換する雰囲気に適応して書いてるから、言うことが一貫しなくなるんです。
◎死者にも子孫にも通じる言葉 最近の若者達を見ていると、感情を失う”失感症”というやつで、無表情で、痛いんだか痒いんだか全然わからないようような顔をしている。これは若者に限らないんですけどね。それは人間関係をなくす”失関症”と表裏一体になっていると思うんです。 その点で言えば、僕はこういう努力をしてきたつもりなんです。できるだけ年寄りとも付き合うし、若い人とも付き合う。異業種の人とも異性とも付き合う。猫とでも付き合う。いや、本当なんです。それが自分の精神の健全さのためにどうしても必要だと思うからです。業種で言うと、漫画業界の人とも付き合うし、落語会の人達とも付き合う。決して好奇心とかではなくて、そういういろいろな関係を与えられると、そこで自分の言葉がどれだけ不足しているかとか、人からどういう誤解を受けるかというようなことが、実際の生活の中で感じ取れるんです。そうしたら、言葉を自分で修正したり何なりします。この場合の言葉というのは、ボディーランゲージ、身振り手振りも含めてですけど。そして、なんとか言葉が守られていると、僕の感情の安定が守られるんです。 僕は小林さんが漫画の中で、わしは死者や子孫にまでつながるように描いていると言っているのを読んで、まったく同感した。僕の場合は漫画ではなくて、実生活で。それはこういう理屈です。僕と小林さんは14歳違いですが、14歳下でも28歳下でも、喧嘩を含めて付き合いがまあまあうまくいったと思えば、可能性から言えばもっと若い人にも、これから生まれてくる子孫たちにも自分の言葉は通じるかもしれないという予感を持つことが出来る。逆に、年寄りとの付き合いでも、10歳上、20歳上と成功すれば、80歳の人とも、さらにもう既にいない死者たちとも、俺の言葉が通じているのかもしれない、という希望が湧いてくる。そうすると自分の感情が安定するわけです。 ですから、言葉の安定と感情というのは表裏一体になっていて、その安定を確保するためには、自分の能力と条件に合わせて、まあまあ多種類の人々と言葉を交える、そういう交話の場というものが必要だなと思ったのが40代の初めなんです。
※「反米という作法」西部邁・小林よしのりより抜粋
ふぅ〜・・・タイプの練習を兼ねて打ち込んでみました、笑。 上記の本を読んでて、西部さんはすごく徳の高い人だなぁ〜と思いました。 う〜ん、やっぱり自分の生を肯定するために、死者にも子孫にも通じる言葉を発して、残すべきものを残しながら死んでいきたいですなぁ〜。
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