はじまりのウタ。
Mail / いづる
見送る夜。
遅くに、お得意先のラウンジのママさんが独りでやってきて。
ケーキとパンと、焼き菓子の詰め合わせと、
合わせて2万円近くをお買いあげ頂いた。

あまりに量が多くなったので、
タクシーに乗る場所まで一緒にお持ちすることにした。


新地の本通りを、大きな紙袋を両手に抱えて、
足早に歩くママさんについていく。

家路に向かう人、
次の店へと向かう人、
金曜日の北新地は人に溢れている。

人を避けるように、
かき分けるように、
その中を歩く。


しばらく無言で歩いていると、
ぽつりと、
ママさんが言った。

今日ね、母が死んでね

まるで、独り言のように。

今夜お通夜だったんだけど、
お店ほっとけないし、出てきてん
こんな夜に限って忙しいし、困ったもんやわ

そう、呟いた。


そんなことを突然言われたことに驚いて。
なんと言ったらいいかわからなくて。

そうなんですか
としか、返せなかった。



前を向いたまま、
ママさんは言葉を続ける。

うちの店、40年やってるんよ
私がママになって来年で10周年になるんやけどね、
もっといろいろ教えて欲しいことあったのになあ


やっぱり
そうなんですか
としか言えなかった。


眉毛だけ、情けなくはの字になってる気がした。


道々のお店の玄関先で、
お客さんを見送るホステスさんの声が、
やけに無機質に、耳につく。


ママさんは少し振り向いて、

貴方はご両親いるの?
お母さんはお元気?

思い出したようにそう言った。

うちは母だけですが、
いまのところは元気にしてます

と答える。

そう

何か続けたそうに、
だけどそれだけ言って、
またママさんは前を向いて歩き続けた。


タクシー乗り場は遠くて、
10分くらい歩いた。

24時前、乗り場にはたくさんのタクシーが連なり、
そのライトがただ殺伐と道路を埋めていた。

無言でそのうちの一台を止め、
滑りこんだママさんに、
荷物を手渡す。

ありがとね

何に対してか
ママさんはそう言って、少し笑った。


お気をつけて

それだけ言って、
深々と頭を下げて見送った。


ドアが閉まりタクシーが動き出すと、
ママさんは振り向いて少し手を挙げた。

そのまま車は滑るように、
夜の闇に吸い込まれていった。


それが見えなくなるまで見送った。


振り返りながら、
それでも逃げるように、急いで店に走って戻った。





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2003年08月29日(金)