はじまりのウタ。
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複雑なもの。
私は数学が嫌いです。

高校1年の頃。
クラス担任でもあった数学の教師の授業は、
確かに内容は高度であったけれど、
説明はわかりにくく、何につけ生徒のやる気を削ぐものだった。

点数だけで人を判断するありがちな高学歴教師で。
人の気持ちのわからない、人だった。
ほんの少しも、尊敬できない人だった。

学年での評判はサイアクで。
勿論、クラスにも馴染むことは無く。
授業もHRも、ただ空転する日々だった。


3年で迷わず文系に進んだ時、数学の担当が変わり。


しばらくして私は、
数学というものが再び理解できるようになっていることに、
気付いたのでした。

だけど、数学というものに対する嫌悪感は消えることは無かった。

それは、
今も。

数学なんか嫌い。

何を思い出すわけでもないのに、
胃が重くなる。

つまらなくて、小さいこと。

だけど今となっては、それが。
すべて。



それ自体でなくても、
それに関わる人間に対する嫌悪感を抱きはじめると、
そのもの自体が嫌になってしまうことがある。


同僚、先輩、後輩、上司、師匠。
多くの場合が、自分で選ぶことは出来なくて。

それが当たり前だけど。


もの凄く我が侭で贅沢を言っている。
それはそうに違いない。
だけど自分はまだまだ子供で。


それ自体か、環境か、人かと言われると。
間違いなく、人が合わないのだろう。

あの人の下ではやっていられない。
それだけならいいけれど。

最近恐れているのは、
そのもの自体が嫌になってしまわないかということ。

嫌になってしまって、
もう出来なくなってしまったとしたら。
仕方ないと思うことはできるけど。

ただ人が合わないという理由でそうなったのだったら、
きっと、悔しい。

その程度のものなのかと言われると。
それは私の、手段としての選択肢の一つであり。
唯一の譲れないものでは、ありえない。

だから、どうしても駄目になってしまったら、
もうがんばれないように、思う。

小さい、自分。


人が合わないときはいつもそうなのだけど、
どんどん、口が重くなっていくのです。
言葉が出なくなっていく。
失われていく。

話す気力がなくなっていく。


だいじょうぶじゃないよなあ、と。

思うこの頃。

ふと思い出すのは、あの数学の教師のこと。





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2003年01月10日(金)