見つめる日々

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2010年09月17日(金) 
激しい雨が止んで、すっと空気が冷えた。昨日はこの季節初めての長袖を着た。でも、久しぶりにサンダルではなく靴で出掛けたら、足の指全部に肉刺ができた。あいにく絆創膏を切らしていて、手当てするにもできない。ついでに、昨日は鍵を持って出るのを忘れ、娘が帰宅するのをじっと廊下で待つという失態まで仕出かした。まったく、ドジもこう度重なると救われない。
起き上がり、窓を開ける。空は濃い目の水色が広がっており。雲ひとつない。あぁ今日はまた暑くなるのかもしれない。そう思う。風は微風。街路樹の緑が揺れるほどは流れていず。私の耳元の髪の毛が少し揺れる、その程度。私は昨日洗った髪を梳いて、ひとつに結わく。
しゃがみこみ、デージーを見やる。昨日の激しい雨で、ちょっとくったりしているような。それもそうだろう、もう終わりの季節なのだ。彼女たちにとって昨日のあの激しい雨はたまらないものだったに違いない。それにひきかえ、ラヴェンダーは恵みの雨だったらしく、ぐいぐいと上に上に伸びてきている。
弱っている方のパスカリ。一通り新芽を出し切ったらしく。新葉はもう赤味を失ってすっかり緑色になっている。吸血虫にやられた葉全部が入れ替わるほどは萌え出ることなく。今、半分が傷んだ葉、半分が新しい葉、という具合。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。新しく蕾をつけた。今、咲き始めたのがふたつ、そして新たにみっつ。咲き始めたその花は、まさに桃色で。ミミエデンのピンク色とは全く異なる、やわらかいあたたかさをもった色味。
友人から貰った枝。蕾がつんっと天を向いている。他の種類よりもとんがった蕾の形をしている。それに細身だ。まだ何色が咲くのかは全く分からない。どんな色が出てくるんだろう。白か、それとも赤か、それとも。
横に伸び広がっているパスカリ。新葉を伸ばしつつ、蕾も抱いている。まだまだ小さな蕾だけれど。この蕾はちゃんと純白の花を咲かせてくれるだろうか。
ミミエデンはふたつ目の蕾もちゃんと開いてくれて。芯が濃いピンク色、そして外にいくほどに白になる。そのグラデーションがとても美しい。小さい小さい、私の親指の先ほどの花だけれど、とても華やかだ。
ベビーロマンティカは、みっつほど花を切ってやったが、またさらにふたつ、今咲こうとしている。ぽっくり、ぽっくりと濃い黄味色をして。あったかな、おいしそうな花。
マリリン・モンローは、今ひとつの蕾を湛え。凛と立っている。新芽が後から後から出てくる。古い葉で、黄色くなったものを幾つか摘んでやる。御苦労様、そう声を掛けながら、ビニール袋に入れる。
ホワイトクリスマス。ひとつの蕾を抱えて、悠然と立つその姿。いつ見ても雄々しい。この樹は女性なんだろうか、それとも男性なんだろうか。私のベランダにある樹の中では、どちらかといったら男性っぽく見えるけれど。でも、こんな悠然とした女性がいたら、私はきっと憧れるに違いない。
アメリカンブルーは今朝、ふたつの花を咲かせてくれており。空よりももっともっと濃い、真っ青な色が、ちらちらと揺れている。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ポットいっぱいにふくぎ茶を作る。ふと、生姜茶の味が恋しくなった。でも、今まだ店には売っていない。もうしばらく待たないと。それまでふくぎ茶が残っていてくれるだろうか。また買い足さないと駄目かもしれない。
カップを持って、机に座る。明るい空のせいだろう、部屋も明るく見える。PCの電源を入れ、メールチェックをする。今朝最初に流れてきたのはSecret GardenのSona。この曲に一時期はまって、何度も繰り返し聴いたものだった。
国立に行ったのは水曜日だった。M社のNさんと会うため。Nさんは、私と会うまでの間に、性犯罪被害者について書かれた書物をたくさん読まれたそうで。その中でも心に残ったというタイトルは、私も聴いてすぐ分かる書籍ばかりだった。Nさんはどこまでも、編集者なんだな、ということを、話すほどに感じる。私が一時期いた世界。懐かしい。懐かしいけれど、私はもう戻ることはできない。それが、悔しい。
それにしても、この場所に来るまで、かなりきつかった。混みあう朝の電車、激しい揺れのせいで、何度も周囲の人に当たってしまう。それが、きつい。誰にも触れたくない、触れられたくない。その思いがどんどん高まって、頓服を二回、飲んだ。途中で倒れなくて、本当によかった。
友人の日記を読んでいて、彼女がひとつ、何かを越えたことを、知る。読み終えて、すっと気持ちが清らかになっていくような、そんな感覚を覚える。ここに辿り着くまで、彼女はどんなにしんどかったろう。どんな紆余曲折を経てきたのだろう。この次彼女に会える日が来たら、彼女はどんな表情で現れるんだろう。それを想像すると、何だか目頭が熱くなるような気がした。ここまでの道程、本当にお疲れ様、と、心の中、思った。
そんな私は今、どのあたりを歩いているのだろう。先日実家に行った折、父に何かを問われ、返事をするとき、私は確かこう言った。フラッシュバックは確かに今もあるけれど、昔のように焦らなくなったよ、と。そうしたら父はそっぽを向いたまま、手を止めることもなく、ただ、そうか、それはよかった、と言った。ただそれだけの、会話だったが、私は父が間違いなく今、私の言葉を受け止めてくれた、と感じた。それで、もう十分だった。
母がいきなり、ペンネームで仕事したら、と言い出した。どうして今更?と問うと、あなたにはお嬢がいるのだから、と。絶句しそうになった。今更どうして、名前を変えられるだろう。私は正真正銘私なのだ。何も恥じることはない。と、思うと同時に、お嬢にとってそれはどう影響するのだろう、と、ぐるぐる考えた。
参った、と思った。私は、私のことしか考えていなかったということなんだろうか。私のことばかり考えてしか、動けていなかったということなんだろうか。どうしよう、この失態。娘にとって、私が性犯罪被害者であるということは、そんなに恥ずべきことになってしまうんだろうか。じゃぁ私の腕の傷も、そういう代物になってしまうんだろうか。私はじゃあ、どうすればいい?
その場では、私は笑って流したが、本当のところ、私の心の中、頭の中はぐるぐるだった。お嬢にとって、どうなのか。そのことを考えたら、たまらなくなった。
今もまだ、答えは、出せていない。

やっと私は、ここまで来た。性犯罪被害者だろうと何だろうといいじゃないか、というところまで。でもそれが、娘にとってどうなのか、を、多分、考えていなかった。私は必死だった。私が立つことを、何より必死に考えて、ここまで来た。でも。
娘にとっては? 娘にとってはどうなのだ?
でも同時に浮かぶのだ。そんなに恥ずべきことなのか? 私は恥なのか? 私はそんなにも押し隠さなければならない存在なのか?! と。嫌だ、そんなの嫌だ、絶対にいやだ、と。でも。
娘にそれを強いる権利が、私にあるのだろうか。
娘は娘で選ぶことであって、私が強いることじゃない。それは分かってる。分かってるけれど。父母が言うように、私は私を隠して存在しなければならないほど、娘に負担をかけることになるのか。そういう存在なのか。
そう思ったら、情けなくなった。どうしようもなく、情けなくなった。ようやくここまで来たのに。また後戻りするのか、と。
娘よ、本当は今すぐにでも私はあなたに問いたい。あなたにとって私はそんなに恥なのか、と。でも問えない。そんな問い、あなたにぶつける方が酷だ。今あなたはまだ十歳。私の腕の傷を、当たり前のものと受け取ってくれているだけでもう十分すぎることなのに。私が具合が悪くなることを、それも自然なことと受け取ってくれているだけで十分なことなのに。これ以上、彼女に問うて、どうする。
でもじゃぁ、私はどう生きればいい? どう生きたらいい? 私の思いと現実とはあまりにちぐはぐで。
できるなら、もう、今、地べたに突っ伏して、あーあーあー、と、意味もない言葉を、喚きたい気分だ。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。雨上がりの校庭、リレーの選手に選ばれた子供たちが練習を重ねている。体育館では応援団が、朝から大きな声を張り上げて練習している。プールはもう緑色になって、しん、と静まり返り、そんな子供たちを遠くから見守っている。
私は階段を駆け下り、自転車に跨る。勢いよくペダルを踏み込む。
坂を下り、信号を渡って公園の前へ。工事の始まった角の家。まるでブロックを組み合わせていくかのようにあっという間に外壁が出来上がっている。私は公園に入り、池の端に立つ。見上げると、涼やかな水色の空が一面に広がっている。蝉の声から、秋の虫の音に変わった。ひとつの死と、ひとつの生と。連なってゆく。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。最近何だか警察官の姿が多い。しかも、長崎県警だとか福岡県警だとか、そういう制服を着た人たちが、ごまんと交差点に立っている。何かの練習でもあるんだろうか。何となく、居心地が悪い。
雨上がりの銀杏並木はきらきらと輝いている。大通りをさらに渡って、左に折れる。陽射しがまた強くなってきた。私は影の中に入って走り続ける。
駐輪場、おはようございまーすと声を掛けると、中からおじさんが走って出てきてくれる。おはようおはよう、と言うおじさんに、八十円を渡し、駐輪の札を貼ってもらう。
さぁ、今日も一日が始まる。私は自転車を停めると、くるり向きを変えて、歩き出す。


遠藤みちる HOMEMAIL

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