あららのつぶやき
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二月堂受付けのところでの事 ・「東大寺の開祖はどなたですか?」 東「良弁さんです」 ・「じゃ〜二月堂はどなたですか?」 東「じっちょうさんです。本来は観音二月堂と呼ぶんです」
・「なぁなぁ観音二月堂が本当の名前やて・・」 ・「東大寺を開いたのは良・・?ン?なんやった?」
もう一回聞いてこよう・・・ ・「すみません東大寺のご開祖はどなたでした? 東「(笑ながら)良弁さんです。そこに良弁杉がありますよ。 歌舞伎にも出てくる有名な話ですワ」 東「二月堂は実忠さん、良弁さんの高弟です。・・・・まぁ その辺の角へ行ったら、もう忘れますに」
今度は忘れ〜へんゾ、連れの二人に話した。 「東大寺のご開祖は、良弁さん、二月堂は実忠さんやて、 覚えた?話したでな、覚えておいてヨ〜」
==東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)は、天平勝宝4年(752)、東大寺開山良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)によってはじめられたと伝えられています。以来途絶えることなく続けられた。平成13年には1250回を数えました。
この法会は、現在では3月1日より2週間にわたって行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていましたので、二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになりました。また二月堂の名もこのことに由来しています。
行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃には、「お水取り」と言って、若狭井(わかさい)という井戸から観音さまにお供えする「お香水(おこうずい)をくみ上げる儀式が行われます。また、この行を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、夜毎、大きな松明に火がともされ、参集した人々をわかせます。このため「修二会」は「お水取り」・「お松明」とも呼ばれるようになりました。
12月16日(良弁僧正の命日)の朝、翌年の修二会を勤める練行衆と呼ばれる11名の僧侶が発表され、明けて2月20日より別火(べっか)と呼ばれる前行が始まり、3月1日からの本行に備えます。そして3月1日から14日まで、二七ヶ日夜(二週間)の間、二月堂に」於いて修二会の本業が行われます。
「修二会」の法要は、正しくは「十一面悔過(じゅういちめんけか)」といい、十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)を本尊とし、「天下泰平」「五穀豊穣」「万民快楽(ばんみんけらく)」などを願って祈りを捧げ、人々に代わって懺悔の行を勤めるものです。前行、本行をあわせてほぼ1ヶ月、準備期間を加えれば3ヶ月にも及ぶ大きな法要となります。
===東大寺のHPより===
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