続・家族ゲーム






面接

2005年09月26日(月)



待ち合わせ場所の新宿南口GAP前に着いたのは、約束の5分前だった。ぐるっとあたりを見回したが、それらしき人影はない。仕方がないので植え込みの縁に腰を下ろして、行き交う人を眺めていた。

しばらくすると、目の前をある女の子が通り過ぎた。僕の心のセンサーが「ピッ」と小さく反応した。女の子はGAPの入り口の前で立ち止まり、あたりを見回し始めた。どこからともなく天使が舞い降りて、この人ですよと指差した。間違いない、ジェニファーだ。

まっすぐ彼女の方に近づき
「Are you Jeniffer?」と聞いてみた。
「Haruki?」と言うので
「Yes」と答えると
「Nice to meet you」と手を差し伸べてきた。
「Nice to meet you, too」と手を握り返した。

とても綺麗で柔らかな手だった。心臓がバクバクした。百人の天使が僕とジェニファーのまわりで輪になって舞い始めた。危うく天に召されるところだった。

静かで落ち着ける場所があると言うジェニファーに連れられて、ルミネの6階に行った。コーヒー1杯が500円はしそうな、喫茶店というよりはレストランという感じの店だった。

目の前に座ったジェニファーは、僕に向かって「若く見えるわね」と言った。会ってがっかりされるのは嫌だと思い、メールであらかじめ歳のことは伝えてあったからだ。「髪も綺麗だし、肌も若々しい。想像してた人とぜんぜん違うわ」とジェニファーは言う。

これがネットでの普通の出会いなら絶対に“脈あり”だ。このまま鉱脈をちょっと掘り進めれば大きなダイアモンドが見つかり、ほくほくでホテルへ直行だ。でも、相手は日本に夢を探しにきた若きオージー娘。日の丸という大きな責任を背負った僕に、そんな無茶はできない。

それから、フリー・カンバセーションと言う名のレッスンは続いた。ジェニファーはフレンドリーでキュートで話していて本当に楽しかった。気がついたら約束の1時間を大幅に過ぎていた。

「今日はありがとう。本当に楽しかった。僕は君に英語を教えてもらいたい。心はほとんど決まっている。だけどごめんね、今週あと2回トライアル・レッスンの予定が入っているんだ。だから、正式の返事はそのあとでいいかな?」というようなことを、つたない英語で伝えた。

「こちらこそありがとう。私も本当に楽しかったわ。いい返事が来て、またあなたに会えることを楽しみにしてるわ」みたいなことをジェニファーも言った。

まるで、国境の壁と年齢の差を越えた、恋人同士のような雰囲気が僕たちを包み込んでいた。映画ならここがクライマックスだ。固定カメラによる、長い長いワンショットだ。役者としての技量が問われる場面だ。

レッスンが終わり席を立とうというとき、僕はおもむろに財布を取り出し、今日のトライアル・レッスン料、1500円を支払った。突然、すべては現実に引き戻された。さっきまでテーブルのまわりを舞っていた天使たちも、いっせいにどこかへ引き上げてしまった。

これってもしかしたら、新しいカタチの援交なのかもしれないと思った。所詮は金で買われたフェイクな体験だ。だけど、僕の中に芽生え始めたジェニファーに対する淡い思いは、決してフェイクなんかじゃない。



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