まれ日記

2021年04月10日(土) 最初のLPレコード

今の若い人にLPなんて言っても何のことだかわからないだろうけど、おれが小学校2年生の時に初めて買ってもらったLPをヤクオフで奇跡的に見つけて入手したのだ。クラシックのピアノの小品集。「乙女の祈り」というタイトルで、ビクターが発売したモノだ。演奏者は忘れてしまっていたけど、ワルター・ハウツィッヒという人だった。

2002年にその頃所有していた200枚ほどのLPを一気に廃棄したことがあり、おそらくそのときに「乙女の祈り」も自分の手元から離れていったはずで、もう2度と巡り会うことはないと思っていた。だからなんかとっても嬉しくて。入手する方法なんてないだろうと思ってたから。

当時、ピアノを習い始めたばかりの頃で、モチベーション低めだったんだけど、このアルバムに出会い、ピアノの音の美しさというか、ピアノ曲の旋律の魅力というか、そういうことに気づかされて、「がんばって練習しよう」という気になれた思い出のアルバム。それこそ擦り切れるぐらい聴き込んだよね。

ピアノを続けていなければ、その後に高校でバンドに入るとかもなかっただろうし、またさらにその後にドラムを始めるということもなかっただろうから、まさに自分の人生を変えた一枚といえるんじゃないか。大げさでなく、そう思う。

演奏もなんだけど、なにしろ好きだったのがライナーノーツに書かれている各曲の解説。藤田晴子さんという人が書いている。調べたら、音楽家であり、法律家だって。もう100年ぐらい前に生まれた人で、20年ぐらい前に亡くなっているって。そんなこと初めて知ったけど、すごい印象に残っていたのが「雨だれの前奏曲」の解説。ヤフオクで落としたのは、このライナーをまた読みたかったからってのもある。今読んでも不思議な文章で、当時小学校2年生の頭では理解不能だったと思われる。もう一度、読むことができてよかった。ライナーの紙がかなり劣化しており、朽ちてしまうのではないかと心配なので、こちらに記録しておくことにする。



13.雨だれの前奏曲
 シューマンと同時代のポーランドの作曲家ショパンの前奏曲は、24曲もありますのに、そのなかで、「雨だれ」の名で知られているこの曲が、ずばぬけて有名です。
 この曲に「雨だれ」の名がついてしまったのは、1838年にショパンといっしょにマジョルカ島にいった女流作家ジョルジュ・サンドが、後にこの島でのある日の出来ごとを、才筆にのせたことがきっかけになりました。
 冬のある日、まちに出たジョルジュ・サンドが大雨にあい、川まで氾濫して足を奪われ、夜おそくに、ぐしょぬれになって、当時彼らが住んでいたヴァルデモサの昼でもうす暗い僧院に帰りつくと、ひとりピアノに向かって留守番をしていたショパンが、「君たちが死んじゃったのを知っていたよ」といい、自分自身も湖に溺れて、胸に重い氷のような水のしずくが、拍子をとるように落ちた、などと口ばしるほど夢と現実の境もさだかでない恐怖のなかで、「自作の嘆賞すべき前奏曲」を弾いていたのだそうです。ジョルジュ・サンドはしかしどの前奏曲がそれであるかは書いていません。ですが、今では、この作品28の15の前奏曲を、なんとなくこの話と結びつけて「雨だれ」とよぶのが通例になってしまいました。ところが、ほんとうのところは、この曲はマジョルカ島で作曲されたのではないということもいわれていますので、なかなか愉快です。



2021年03月14日(日) ピアノの話

コロナの影響で、生活が変わっておよそ一年。


バンド練習は一切やってません。スピコピ仲間は、配信とかでがんばってるバンドもあるみたいだけど、うちは全然。マネモノとしては2019年5月のライブ以降、まったくスタジオに入っていない。果たしてそんなんでいいのか?という意見もあるかもだけど、それはそれでいいと思ってる。個人的には。

いつかやれることを楽しみにして、日々過ごす。それはそれでアリだなと思ってる。やれるようになったら、やれる範囲でやればいい。メンバーのみんなは、どう思っているか知らんけど、多分似たようなことを考えているのではあるまいか、と勝手に想像。


でもね。バンドをやらなくなった後、おれが音楽から離れてしまったかというとそうではないのですよ。実は最近、ピアノを弾いている。高校の頃以来、すっごい久しぶりに。


中一の頃までピアノを習っていて、高校時代はキーボーディストで。いや、レベルはそんなヒトに聞かせられるようなモノではないですけど。


でも、最近はホント、ピアノ弾くのが楽しくて。ピアノを習っていた小学生時代よりも、キーボード弾いてた高校時代よりも。これまでの人生で、今が一番、鍵盤の演奏を楽しめている。


これは、コロナのおかげだと思っている。悪いことばかりではなかったな、と思っている。きっとコロナがなかったら、もうピアノに向き合うことなんてなかっただろうから。


ピアノを弾いていると、小学生の頃を思い出すんです。一瞬で、あの頃にタイムスリップする。あの頃の自分が、俺のカラダに降りてくる。そんな感覚に震えてしまうのです。人生これから、だった頃の自分を思い出して、なんだかうれしくなるんだけど。


そして、自分のこれまでの人生がきちんと地続きだった気がするから。実際はそうでなかったとしても、そう思えるから。だからうれしいんですね。多分ね。


ピアノ、今後も人前で披露する機会は多分ないだろうと思うのですが。でも、そういうことは今のモチベーションには影響しないですね。自分がよければよいのです。


今はゲームよりもピアノ弾くのが楽しいです。再見。



2021年03月13日(土) 今日

本日、アリオ亀有でエヴァを見てきました。


エヴァは、2004年に初めて見たので、自分にとっては、遅れてきた青春、でした。
最初の娘の名前は「アスカ」ですが、これはただの偶然。アスカみたいな子に育ってほしくて付けた名前ではなかった。結果、とてもイイコに育った。惣流、式波のアスカよりも、イイコに育ったと思っている。

自分の息子は、「シンジ」という名前ではない。でも、父にとって恐れるべき存在ってのは、その通りかもしれない。そしてそれは、息子自身にとっても、父ってのは、そうだったんだろうなと。

エヴァの物語は、自分に置き換えられるものではない。でも、置き換えられるものもある。エヴァはロボットアニメだけど、そうではなかった。人間のドラマ、そのものだった。


今後もうエヴァの新作は現れない。喪失感。庵野サンが映画の観客に期待した感情もそれだったのか?そうならば、もはやなにも言うことはない。おれ以外の人たちと共有できた気がする。本日、アリオ亀有の、Eー10のど真ん中のシートにて。


アスカとシンジがうまくいけばいいのになと、一時期思っていた。すごく昔に。レイとシンジはなんか近いよな、とも。


それにしても、ゲンドウよ…



2021年03月05日(金) 多分最後の大宮

大宮にある事業所に来ている。今週は3回も。でも事情があって多分ここに来るのは最後。ここは入社後3年2ヶ月いて、その後、5年前からも8ヶ月ほど通った思い出深い事業所なんだけどね。もう来ることはないのだろうなあ。

最初の3年2ヶ月もその後の8ヶ月も、そんなにいいわけではなかったんだけど、今から思い返してみると感傷的な気持ちにさせられてしまう。年齢のせいだよね



2021年02月23日(火) 逃げ足が速い

そういえば、この2月は一度も日記書いてないなあと思って。実家からスマホで書いてます。

先週水曜日に母が退院。その後、毎日実家に泊まる日々です。退院後の母の生活は、これまでとは少し変わるので、慣れるまでは仕方ないかなと思ってます。でも今週いっぱいぐらいまでで、これまでの通常ペース(週2回程度)に戻せればいいなあと思ってますが。妻にも最大限サポートしてもらっており。もはやアタマが上がりません。

本日、天皇誕生日。昨年から天皇誕生日が2月になり、祝日が一日増えたので、2月の逃げる感が加速している気がします。来週から3月…目眩しますね。

昨年、サザンバンドでライブやってから、ちょうど一年。もう一年もライブやってないのね…仕方ないね。


ではまたそのうち。再見。


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mare

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