GARTERGUNS’雑記帳

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お題010
2004年06月02日(水)



「落ち着いて下さい、ガルデン様」
「黙れシュテル!!」

怒り狂う主を宥めながら、シュテルは心のどこかで、またか、と嘆息する。
それは主に対してのものでなく、主をこうまで惑乱させるものに対しての怒りと苛立ちと言って良かった。
……今日は、皿が何枚割れるだろう?





010:トランキライザー




主がこうして怒りの発作を起こす様になったのは、此処……大ミスト鉱脈を擁するヒマリー山脈の麓の森に居を構えてから。
正確には、此処に度々あの男が訪ねてくる様になってから。
……主は此処で、アースティア中の「闇」を見張る仕事をしている。


「闇」に属するものは元来、「聖」「光」の大地であるこのアースティアに於いては、その存在・力を制限される筈である。
しかしあの邪竜族の侵攻以降、「闇」の活動は僅かずつ…しかし確実に活発になってきていた。
それが何を表し、もたらすのかは判らない。
災いか、幸いか、あるいは何も為さず元の状態に戻るのかも知れない。

「何にせよ、見過ごすべきではない」

そう判断した大賢者と白竜は、この世界で最も強い「闇」を持つ者に「同族」の監視を依頼した。

「お前達としては私という『闇』も監視下に置きたいのだろうし、断っても仕方が無いのだろう」

何時の間にか「諦め」という技術を会得していた主は、そう言って依頼を受け……今、こうして此処にいる。


「ガルデン様、」
「煩い!!」

人も通わぬ森林の奥に、怒声が響き渡る。
次いで何かが砕ける音。

「動いてはいけませんガルデン様、怪我をします」
「私に指図するな!!」

監視の為の広大な地下施設を備えているとは誰も思わぬ、ありふれた小屋の一室。
少し前まで厨房だった其処は、散乱する陶器の破片や壊れた家具で、今や見る影も無い。
床は水浸し、壁にはナイフが突き刺さり、どんな粗暴な強盗でも此処まではすまいという有様だ。
その惨状の中央に立つシュテルの主は、強盗など比較にならぬ程の凶暴さを剥き出しにした目で、正面に立つ下僕を睨んだ。

「いちいち私に構うな!」
「そうはいきません」
「私の命令が聞けないのか?!」
「無論絶対服従ですが、聞く事であなた様の身に危険が及ぶ場合はその限りではありません」

淡々と返す。と、理屈を捏ねるなと皿が飛んできた。
僅かに首を傾げて躱す。背後で皿が皿でなくなる甲高い音。

(……頃合か)

今の皿を最後に、凶器となるものが無くなったのを確認したシュテルは、

「失礼します」
「!!?」

次の瞬間主の無防備な背後に現れ、彼を抱き締めて身動きを封じた。

「や、やめろ!!離せ!!」
「無礼非礼は承知しております。後で幾らでも懲罰は受けましょう」

手負いの猫の様に尚暴れる主を、手加減抜きで押さえつける。
腕の内から伝わる荒れ狂う闇の気配。
主はこの世界で最も強い「闇」を持つ者。
故に監視者となり、同時に白竜達から監視される身になったというのに。
それなのにあの男はやってきた。
「闇」を増長させる「光」、ウォルサム家の嫡男―――――聖騎士のリュー使い。


何を思って此処に来るのか、そもそもどうやって此処を突き止めたのかは知らない。
毎回小さな手土産……それは桃色の貝殻であるとか、砕いた半貴石を入れた万華鏡であるとかの、随分子供っぽい贈り物……を持って、実に気軽に、まるで此処が自分の家であるかの様に踏み込んでくるあの男。
あれと接触する度に、主は己の中の闇を濃くしていった。
ひなたの影が濃くなる様に、光に近付けば近付くほど「闇」は増してゆく。
そうやって増え、育ち過ぎた「闇」はどうなるか。
主にとって「闇」は「力」そのもの。持て余された「力」は、ほんの些細な事で爆発する。
それは例えば、苛立ちとか、驚きとか、嘆きとか。
今回の場合は、水を満たしたグラスを、手を滑らせて床に落としたのが原因だった。


(……この方がこうなると、最初から知ってさえいれば)

命無き窓硝子さえ震える程の「力」をゼロ距離で受けながら、シュテルは苦虫を噛み潰した様な顔で思った。

(あの男を一度だってこの領域に入れはしなかったのに)

そして、こうも思った。

(あの男が、この方のこの姿を見てさえいれば。
 お前の所為でこの方が苦しむのだと、見せ付けてやる事が出来れば。
 自戒を促す事も出来るのに)

しかしシュテルの意に反して、主は今まで一度だって、シュテル以外の人物の前で発作を起こした事が無いのだった。



……シュテルがそれに気付いたのは何度目かの訪問の翌々朝。
主を起こす為に入った寝室での事だった。
毛布に包まり寝台に蹲る主の姿が、まるで卵を抱いて眠る鳥の様に見えて。
ふっと魔力探知(サーチ)の目でそれを見直した瞬間、抱いているのは卵ではなく純然たる「闇」だと理解して。

「このままでは、あなた様の心身に悪影響を及ぼすおそれがあります」

あの男との接触は絶つべきです、と言ったら主は、

「彼は、様々なものや話を持ってきてくれる。私は此処から動けないが、それでも彼の冒険譚や海の貝殻で、ひととき自由になる事が出来る。
 そのひとときの自由があるから、私は此処で監視を続ける事が出来るのだ」

だから会うのは止めない、と仰ったのだった。
ああ、確かに彼と短くも楽しい時間を過ごした後の主は、常の何処か虚ろで静かな表情とは打って変わって、生き生きとして瑞々しくあらせられる。
口で言う程容易くは無い「監視」という任務の重さや、同時に「監視されている」事による重圧を真正面から受け止めるのにも、彼が支えとなっている。
……彼は主にとって、即効性を持つ「栄養剤」の様なものなのだろう。





だが、過ぎた栄養は毒になる。





……腕の中の主が、くたりと力を失って身を凭せ掛けてきた。
同時にシュテルも力を緩め、痛みにならない程度の弱さで主を支える。

「ガルデン様……」
「あ……」

呼ぶと、未だ紅潮してはいるものの、既に理性は取り戻した表情が向けられた。

「私……は、また……」

厨房内の惨状を目の当たりにし、声音に後悔の色が滲む。

「済まない……こんなにしてしまって……お前にも」

何時の間にか切れて血が滲んでいたシュテルの頬に、手を伸ばす主。

「構いません。……お怪我はありませんか」
「ん……」

そんな主の前に跪き、伸ばされていた手を取る。
膝の下で皿の破片が更に細かくなったが、そんな事は如何でも良い。
主の白魚の様な指に怪我が無いのを確かめて――少々血の珠を孕んでいたらいたで、舐め癒せるから良かったのだけど――ほっと息をつく。

「良かった」
「…………」
「もう、大丈夫ですか」
「…………」

小さく頷く瞳には、既に狂乱の色は無い。
抱く「闇」も平常時のそれに戻っている。

「良かった」

繰り返してから、シュテルは「数々の無礼」を詫びた。
しかし主は、

「私を止める為にしてくれたのだろう」

そう言って首を振り、

「……済まない、」

呟いた。

「済まない、シュテル」

感謝する事を知らず詫びる事だけを覚えたこどもの精一杯の言葉。
それを「そう」だと知っているからシュテルは、主以外には見せない微かな笑みをもって言葉を返す。

「わたしはガルデン様の隷(しもべ)で御座います故」

主はそれで安堵した様に頷き、シュテルを立たせた。
その際にふと目に入る、夕焼け色の外の景色。

「もう夕飯時ですね」

如何致しますか、と問うシュテルに

「今日は外に食べに行こう」

久し振りに二人で町に出よう、お前も疲れているだろうし、他に買わなければならないものも有るし、皿とか、と矢継ぎ早に提案してから、主は表情を曇らせた。

「いや……監視を休んでは不味いか」

ただでさえ今日は滅茶苦茶だったし。
そう呟いて自分の考えを諦めようとする主に、シュテルは首を振って見せる。

「残念ながら、この厨房では今夜は食事を作れません」
「…………」
「外に行きましょう」
「しかし」

何か言おうとするのを聞き流し、取った手で出来るだけ破片の少ない脱出口をエスコートする。
主は未だ何か言っていたが、やがて逆らう気力が無くなったのか大人しく厨房を出た。


最初からこうしていれば良かった。
主が、あの男でなく、己の前でだけ抑え切れなくなった力を発散する理由に、
もっと早くから気付いていれば良かった。

「シュテル……」
「何でしょう」
「お前は未だ、私が彼と会うのを嫌っているのか?」

常ならぬ下僕の強引さに、主は不安を感じたらしい。
そんな事を唐突に訊かれたシュテルは、「いいえ」と首を振った。

「もう、良いのです」


監視の任務を放り出し、共に薄暮に沈む外に出る。
始めはしきりと任務サボタージュを気にしていた主だったが、下僕に引かれるまま料理店に入り、食事をし、閉まりかけの雑貨店で必要なものを購入し……と半年振りの町に触れている間に、

「……こんな風に歩くのは久し振りで……」
「はい」
「……少し、楽しい」

仕事の事を忘れていった。
その表情は、あの男に見せる様な生き生きとしたものとは違っていたけれど。
どちらかと言えば対極にある、夢見心地の様な、ぼうっとしたそれだったけれど。

「ガルデン様」
「ん……?」
「偶にこうして、仕事を休んで下さいませんか」
「…………」
「ガルデン様に休んで頂かなくては、わたしも休む事は出来ませんから」

頼むと、別に私に構わなくても、と言いながらも主は小さく笑って。

「仕方ないな……」

灯りの消えた店、点く店の先を眺めながら、諾と頷いた。


最初からこうしていれば良かった。
沢山の栄養を得たばかりに、つい力み過ぎてしまう主の負荷を減らす方法。
栄養そのものを絶つ以外の方法。
―――――飽和状態になって爆発するより先に、その栄養を使わせてしまえば良い。
食事に、睡眠に、休息に。
緩慢と怠惰を楽しんで、入りすぎた力を抜けば良い。


「シュテルと居ると……彼と居る時とはまた違った安心感がある」

帰り道、主は少しの酒の所為で夢うつつになりながら、下僕の背で呟いた。

「彼は私に戦う為の力を与えてくれる……
 お前は……私に逃げ道を作ってくれる……」
「…………」
「私はいつもお前に無理を言って、言わせて、甘えてしまうな……」

言葉の最後は、寝息に混じって消えた。

「……もっと、甘えて頂きたいのですが」

微かに苦笑して、シュテルは呟きを返す。

「あなたはひとりで何もかもを背負い込みすぎる」

……自分に出来るのは、その背の重荷を減らす事でも、重さに耐える力を与える事でもなく、重さを忘れさせる事だけで……忘れてみた所で、その「重荷」は依然として其処にあるのだけれど。

けれど、忘却によって主が安らかな状態になるのならば、「重荷」を放置した事による弊害など、自分には何でもないし何とも思わないだろう。

「『闇』の監視を怠った所為で世界が滅ぶのが先か。
 それとも心身が疲れ果て壊れるのが先か―――」

選べるのならば前者のが良い、等と考えながら下僕は、荒れた家に辿り着いた。
主を寝室に寝かせ、放っておいた厨房の片付けをせんとした所でふと笑う。


こんな時に必要なのは、栄養剤とトランキライザーのどちらだろうか、と。



―――――

「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

―――――

シュテルから見た二人。
通い夫と家政夫が激突する話を書きたいです。最初はお料理対決とかだったのが結局殴り合いになっている男二人。そして二人が喧嘩している横で、万華鏡くるくる回して遊んでいるガルデン。(それは越境不可の一線を超えてしまっているのでは)
あと、シュテガルになるとガルデンが急に駄目っ子エルフになるのを何とかしたいです。文章が読み難いのも何とかしたい。

残り90題で改善されるのか。


お題009
2004年06月01日(火)

009:かみなり



ドカーン バリバリーッ

「あれは?!」
「ガルデンのライダースソードだ!誰かと戦ってるのかもしれない」
「行ってみるしかねえか」
「待ってろよガルデン!!」



バチバチバチィッ ズズーン

「あれは?!」
「ガルデンのライダースソードだ!多分家にまたねずみが出たんだな、
 ビックリしてそれで」
「ねずみ程度であんな火柱立てるのかよ」
「あいつ驚かせると制御利かなくなるからな。待ってろよガルデン!!」



カカッ ドーーン

「あれは?!」
「ガルデンのライダースソードだ!あいつのプリン勝手に食ったのが
 バレたのかも」
「そんな事で森を全焼させんなよ」
「こりゃそこらのプリン買って帰っても収まらないな。
 待ってろよガルデン!!」



……ぽつ、ぽつ、ザァァァーーー ゴロゴロゴロ…

「何だ、夕立か」
「いや、ガルデンのライダースソードだ!まずいな、此処暫くの午前様で
 かなり不機嫌になってる」
「……もう良いから早く帰ってやれよ……」
「よーし明日はシーツ洗濯日和だ!待ってろよガルデン!!!」



―――――

「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

―――――

お題008「パチンコ」は以前書いたので省略。
44話やラジオ版で、発生した雷を見ただけでそれがガルデンのライダースソードだと、アデューが悟るシーンが有りましたが。
それはひょっとすると愛ゆえなのかな、と思いました。



お題007
2004年05月31日(月)

007:毀れた弓(こわれたゆみ)


暗く虚ろであったシュテルの眼窩に、常の紅い光が点る。
失っていた意識を回復した機械騎士は、即座に己の状態をチェックし始めた。
数瞬の後、階級転移が解けかなりのダメージを受けているものの、動けぬ程ではない、という結論を出し―――――
そこで、はたと気付く。


己は、あの聖騎士共と邪竜皇帝の攻撃で致命傷を負った筈。
それも自己修復では到底追いつかないレベルのものを。
なのに何故、傷が此処まで回復しているのか。


「気が付いたか」

唐突に傍らから投げられる声。
シュテルは慌てて体勢を立て直し、そちらに向いて跪いた。

『ガルデン様……』
「その分だと、傷はましになった様だな」

言って微かに笑う主は、鎧を脱ぎ、顔や胸、手足に包帯を巻いていた。
痛々しい姿ではあったが、その落ち着いた表情は不思議と見るものを安堵させた。

『ガルデン様、我等は一体……』
「墜落したのだ。大地の剣の頂から、聖騎士の一撃を受けて。
 五体がバラバラにならなかったのは奇跡としか言い様が無いな。
 ……まあ、それもお前が最後の力で私を庇ったからであろうが」
『…………』
「気が付いた時には全く人気の無い森の中に居てな。
 ひとまずお前を札に戻し、休める場所を探す事にした。
 暫くして、お誂え向きの場所……此処を見つけたのでな、とりあえず身を寄せた」
『そう言えば、此処は……』
「既に信じる者が絶えて久しい、六柱神でも剣神でもない名も無き神を奉った神殿だ」

ぐるりと周囲を見渡す主。
天井は高く、それを支える柱は太く、嘗ては壮麗な眺めであった事が容易く判るつくり。
しかし今では荒れ果て、すぐにでも崩潰しそうな危うさを放っている。
其処彼処にあるレリーフや神像の類も、遠い昔に破壊されたのか原形を留めているものは無い。

「ヴァニール教とユール教が和解するより更に昔、精霊の千年紀初期に建造されたものであろう。
 荒廃の所為でやや判別し難いが、この柱やレリーフの意匠の特徴は、丁度その時期のものと合致する。……
 ……お前はそれより遥か古から存在していたと言うのに、判らんのか?」
『剣薄明期以降、ガルデン様に出逢うまでは札に封じられておりましたので……』
「……そうであったな」

主は苦笑し、傍の柱にもたれて座った。

「何にせよ、此処は我等の様な『背信者』にとっては丁度良い休息場所であったと言う訳だ。
 幾ら他人の目が無かろうと、剣神や六柱神の神殿に入る気にはなれまい」

此処の空気は我等の傷にも良い様であるし、と続けられた所で、シュテルは最初の疑問を思い出した。

『ガルデン様、その「傷」なのですが』
「ん?」
『わたしの傷は、自己修復ではとても補いきれないものであった筈。
 なのに何故……』
「ここまで傷が癒えているのか、か?」
『……はい』

沈黙の後、手に何かを召喚する主。
収束した闇はスパークを伴って、ひとつの武具の形となった。
「君主」の力を秘めた魔槍……剣聖界に大きな傷痕を穿った破壊の鉄槌。
しかし、その柄部分に嵌め込まれていた筈の精霊石が無い。

『ガルデン様、もしや……』
「ああ。精霊石を使ってお前の傷を修復した」
『では、その精霊石は』

主はシュテルの足元を指差した。
ひび割れた床を見れば、綺麗な蒼の欠片があちらこちらに散らばっている。

『!!』
「無茶な使い方をしてしまった様だな。
 本来ならばリューかそれ以上の力を持つ機械で使用せねばならん修復魔法を、生身の私が、その石で無理矢理増幅してお前に掛けたのだ。
 それが闇の秘術であった事も災いしたのか、使い終わった瞬間に砕けてしまった」
『な、何と言う事を』

狼狽するシュテル。無理も無い、あの精霊石はこの世にふたつと無い最強の石であったのだ。
それを己の様なガラクタ同然であったものに使用し、失ってしまうなんて。

『この精霊石は、ガルデン様にとって無くてはならぬものであった筈です』
「しかしあのまま放っておけば、お前は遠からず完全に沈黙していたであろう」
『わたしが沈黙した所で、精霊石を失う以上の痛手にはなりませんでしょうに!』
「黙れ」

吹雪の声が、我を忘れていた下僕の背を凍てつかせる。

「何を選び何に価値を見出すか……それを決めるは、全ての所有者たるこのガルデンよ。
 貴様如きがでしゃばる事ではないわ」
『は……はっ、も、申し訳御座いません』

即座に己の分を弁えぬ言動に恥じ入り、膝を着くシュテル。
しかしその心中では、精霊石より己を選んだ主の考えを未だ量りかねていた。
主はそんな下僕の疑問を見透かしているのか、一つ溜息をついた後に囁いた。

「……お前は『道具』だ。そして精霊石も『道具』だ。
 この観点からすれば、ふたつは等価値と言えよう」
『…………』
「しかし、精霊石には意思が無く、お前には意思がある。
 この違いだけが、精霊石を捨てお前を選んだ理由だ」
『……道具には、意思など不要では……』
「そう思っていたのだがな。
 お前が持つ『道具であろうとする意思』だけは、私にとって至極心地の良いものだったのだ」

槍を消し、何かを確かめる様に空の手を握り締める主。

「強い力を持つ道具……それを真に己のものにするには、私が『手に入れたい』と思っているだけでは駄目だ。
 道具もまた、私というモノに『使われたい』と思っていなければ……
 その真の力を引き出し、完全に道具として手に入れ、使いこなす事は出来んのだ」

主の言葉に、道具たる下僕は衝撃を覚えた。
それが、常日頃から己が考えていた事の、正に鏡写しであったから。


己が「ガルデン様の道具」である為には。
「道具でありたい」と願い、傍に侍っているだけでは駄目なのだ。
ガルデン様にも「所有したい」と思って頂かなくては、それはただの自己中心的な独善……


「長い間共に在ったのに、気付くまでに随分掛かってしまった」

笑いながら主は、青玉の右目を眇めて言葉を続けた。

「改めて訊こう。
 お前に、私の『道具』たる意思はあるか?
 今の私は満身創痍、ものを見るも剣を執るも侭ならぬ瀕死の有様。
 しかしそんな事とは関係なく、剣聖・剣邪両世界の者共が、私の命を狙うであろう。
 何故ならこのガルデンは、ふたつの天に弓引いた、最高の愚者にして大罪者であるからだ。 
 既に引いてしまったものは、もう取り返す事は出来ん。
 例えその弓が毀れようと、放たれた矢は二度と戻らん」
 
握り締めていた右手を開き、男は真っ直ぐシュテルを見詰める。

「そう、例え天をも堕とす弓がこの手に無くとも……
 私は『反逆者』の一族として大罪の字(あざな)を背負い、生きてゆかねばならん。
 そんな男に、お前は『道具』として仕える事が出来るのか?」

問われたシュテルは、……この様な形で思いを告白する機会を与えた名も無き神に、密かに感謝しながら……はっきりと告げた。

『あなた様はわたしの主人であり、わたしはあなた様の忠実な下僕で御座います。
 出逢った時から、変わる事はありませぬ。
 背に大罪者の烙印が押されようと、誓いを違えは致しませぬ。
 このシュテルは、永遠にガルデン様の道具で御座います』
「……よくぞ言った」

所有者たる男は、道具の答えにその薄い唇をにいっと吊り上げた。

「私はお前が望む限りの永遠を」
『わたしはあなたが求める限りの永久を』
「ソーディンの聖剣にもメディットの魔剣にも断ち切れぬ禍因の鎖で、我等は互いの腹を繋ごう。
 ……ああ、愉しくて堪らぬ。
 今の私と『天』には、お前程度で丁度良い。
 私は再び立ち上がり、この千切れた腕でお前を引き絞ろう」

呪いにも似た洗礼と誓いの為の言葉を零し、彼はその笑みのままに命を下す。

「私の傍に寄れ、ダークナイト・シュテル。
 槍無き君主、私の毀れた弓よ」

誘う様に差し出された手に、シュテルはぎしりと身を軋ませて寄った。
触れるは、無骨な機械騎士にもそうと判る甘い手。
この手に使われる為、己はこうして此処に在るのだと、そんな真実を教えてくれる唯一絶対のもの。
恐ろしい程よく馴染むその手を取り、砕けた石を更に踏み砕いて、毀れた弓は厳かに応える。


たとえ弦が切れ、この身が元素に還ろうと。
其処に残る魂の一欠けらまで、ガルデン様、あなたの為に。


―――――

「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

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漫画版シュテルとガルデンの「その後」を書くのもこれで三回目くらいだと思うのですが、毎回違った設定になっていますね。(いや、設定がころころ変わるのは漫画主従に限った話ではないのですが)
何にせよ、あのままで終わる二人(二匹?)ではないと思うのですが、如何でしょうか。
「弱者は強者に屈服するのみが真実」というガルデンの言葉を否定出来ていない限りは、いつまたガルデンが復活したり、第二第三のガルデン的存在が出てきてもおかしくないのですし。
それにしても、漫画版ガルデンのこの書き易さは一体なんだろう。

―――――

今朝(?)は風切嵐様とまたもディープな萌え滾るお話を…!(有難う御座います!)
その中で色々な情報を頂き今からドキドキ。
後、凄く気になっているのですが、結局下僕は恋敵もろとも崖から転落、ガル様を手に入れたのはその相談相手の理性と忍耐の男になったのでしょうか…!!

―――――

さて、いよいよ色々企みの季節がやってきますぜ。
なんたって6月はガルデン様TV初登場記念月間だもんね。(6月14日に登場)


土・日はお休み(自分ルール)/あじさい
2004年05月30日(日)

まずは本日の更新。
TOP絵更新。「頭頂高18.5トール」

腕や足を太く、胸を心持ち厚くしただけでこれですよ。
デッサンとかそれ以前の問題。

それでは、また後程。

―――――

先週の話で恐縮なのですが、あじさいが綺麗に咲いているのを見かけました。
もうそんな季節なのですね。
雨に洗われた緑の様に、綺麗なものを見ると想像力も生き生きとします。



「……でさー、近くに引越したのは良いけど、何かこう部屋が殺風景でさ」
「ふむ……
 それでは、花を飾ってみると言うのはどうだ?」
「花?」
「殺風景な部屋でも、花や緑があるだけで印象が変わるものだ」
「そっか……花かあ。
 思いつきもしなかったな。……うん、良いかも」
「なら……丁度今、この屋敷の庭であじさいが盛りになっている。
 好きな色形のものを選んで、少し持っていくと良い。
 ……シュテル」
「はい、ガルデン様」
「アデューを庭まで案内して、花を切ってやってくれ」
「……。はい、承知致しました」



「………えーと、この色のが良いかな。綺麗なブルーで」
「……あじさいの」
「え?」
「あじさいの花言葉は『移り気』」

チョキン

「……いつも落ち着きなくそわそわしている移り気な貴様などさっさと帰ってしまえというガルデン様の思し召しだ!!受け取れ小僧!!!そして失せろ!!!!」
ベシッ!!
「ぶわっ!!て、てめえ、何勝手に話進めてんだ!!
 しかも誰が移り気だ、俺は一穴主義だっつうの!!
 そんな風に思い込みが激しいから、お前いつまで経っても(ピーー)なんだよ!!」
「なっ……き、き、き、キサマァァ!!!」



―――――

無論ガルデンの方には何の意図もないという話。
そしてアデューの主義は「このサイトに於いては」という注釈がつくという話。
更に言うと(ピーー)の部分には最初が「童」の二字熟語が入るという話。

並んで植わっているあじさいの群れの中で、ひとつだけ花の色が違う木があると、その下には死体が埋まっているんじゃないかと根拠も無く妄想してしまいます。


お題006
2004年05月28日(金)

お題006:ポラロイドカメラ


俺の手元に、ひとつの機械がある。
以前野暮用でエルドギアに呼び出されたとき、ホワイトドラゴンからお駄賃代わりに貰ったものだ。
レンズと覗き窓、ボタンを備えた黒い箱。
「ポラロイドカメラ」と言うらしい。舌を噛んじまいそうな名前だ。
ヘンな形をしているけど、ドラゴンに習った通りに構えてみると、不思議と手にしっくりくる。

「……………」

覗き窓から辺りを覗いてみる。何だか銃で標的を狙っているみたいだ。
こうして「標的」を窓の中に納め、ボタンを押すと、その姿を箱の中の紙に焼き付ける事が出来るらしい。まるで生きているかの様に、色も形もそっくりそのまま。これを専門用語で「撮る」「撮影する」と言うんだってさ。
そんな事したら撮られた方は魂とか吸い取られちまうんじゃないのか、と尋ねたら、ドラゴンは無知な俺を哀れむかの様な視線と共に、丁寧に「姿を紙に焼き付ける」技術の原理を教えてくれた。難しくてよく判んなかったけど。

「何をしている?」

あちこちを覗いている俺の背に、訝しげな声が掛かる。
振り向いてみると、覗き窓にガルデンの姿が飛び込んできた。

「!……何だその機械は」

急に変な物を向けられた彼は少しびっくりした様子で、さっと俺の前から体を退けた。
俺は「ごめん」と手を下ろし、件の機械を彼に見せた。

「ポロ……ポロラ、ポラロイドカメラ、って言うんだってさ。
 まるで鏡みたいに、此処から覗いた風景やものを紙に焼き付ける事が出来る機械。
 前にエルドギア行ったろ?その時に貰ったんだ」

少し噛み噛みになりながら、覗き窓やレンズを指して説明する。
ガルデンは何故か「エルドギアブランドの機械」に弱い。
訝しげだった表情も改め、興味しんしんといった様子だ。
……普段は余り見られない、無防備な顔が可愛い。
俺はひょいと機械を構え、ガルデンを視界に収めた。

「今まで何撮ろうかって迷ってたけど、やっぱり一番はお前にする」
「え」

きょとんとこちらを見てくる彼に向かって、ボタンを押す。
ぱしゃ。
水の跳ねる様な、でもそれよりもっと乾いた音がした。

「あっ、……」

呆然としていたガルデンだったけど、すぐに断りも無しに姿を取り込まれたのに気付いて、むっと眉を寄せた。

「いきなり何をする!」
「だってお前が嬉しそうにコレ見てる顔、可愛かったから」
「そういう問題か!しかも嬉しそうになどしていない!!」
「判った、悪かったって。もう不意打ちはしない。
 嬉しそうだったのは本当だから撤回しないけど」
「〜〜〜〜」

そんな事を言い合っている間に、機械からびーー、ぺっと言う感じで紙が吐き出された。
光沢があって少しつるつるしたその紙は、最初は何も「映って」いなかったけれど、やがてぼんやりと影の様なものを浮かび上がらせた。

「あ……」
「へえ……」

影はどんどん鮮明になっていって、最後には俺が覗き窓から見たのと全く同じ光景になる。

「すげえ、本当に俺の見たまんまになってる」
「…………」

どんなもんだろうと思っていたけど、此処まで綺麗な絵になるなんて。
ガルデンは、紙に焼きつけられた自分の表情の無防備さに少し不満そうと言うか、恥ずかしそうにしていたけど。
それでもやっぱり、こんな短い時間で完璧に光景を写し取る技術にいたく好奇心を刺激された様子だった。
俺はその紙を大切に懐に入れてから(やめろと言われたけど譲らなかった)、自分も触ってみたくてうずうずしているのが丸判りのガルデンに、機械を手渡した。

「お前も使ってみたら?こう持って、此処覗いて、このボタン押すだけだし」
「良いのか?」

尋ねてくるのに頷くと、彼は、こっちが驚く程嬉しそうに微笑んだ。
ああ……普段がクールで物静かで理知的で余り感情を出そうとしない分、こういう時の顔がすっげえ可愛いんだよな……。
いや、普段の顔や戦ってる時の凛々しい顔も大好きなんだけどさ。

「…………」

ガルデンは渡されたカメラを観察した後、さっきの俺みたいに、覗き窓から辺りの光景を見てみている。
その姿はやっぱりいつもより何処か明るくて、無防備で、幼い感じにさえ見える。
……あいつのあんな表情、今までに一体どれくらいの奴が見る事が出来たんだろう。
他の仲間だって、あいつが少し恥ずかしそうに笑ったり、目を輝かせたり、むくれたりもするなんて、知らないかもしれない。
勿体無いよなあ。
いつも自分の気持ちを素直に出す事が出来る奴じゃないから、仕方ないけど。
それに、まあ……知っているのが俺しか居ないっていうのも、何だか妙に嬉しかったり。
俺しか知らないあいつの素顔。喜怒哀楽だけじゃない、あんな事やこんな事してる時の顔や声、縋ってくる腕の細さとか乱れた銀の髪の輝きとか潤んだ翠の瞳の綺麗さとか、そう言えば昨日の夜も堪らないもんがあったな、まさか自分から俺に訴えてくるなんて……

パシャ。

「!」

乾いた音に我に返ると、すぐ目の前にガルデンが立っていて、機械を構えていた。

「マヌケ面を晒していたから」

言いながら機械を下ろしたガルデンは、悪戯が成功した子供の様に、少し得意げに笑んでいる。
さっきのお返しという事なんだろう。

「……やられた」

ぼけーっとしている所を、不意打ちされて紙に焼き付けられる……
コレは結構恥ずかしいかも知れない。

「何を考えていたか知らんが、中々笑えるだらしのない顔だったぞ。
 これに懲りたら、先程の様な不躾な真似は止めるのだな」
「……スミマセン」

言いたい放題言われている間に、ぺっと吐き出された紙を取る。
ぼんやりとした影が浮かび、やがてそれは鮮明な―――――

「……………なっ」
「えっ…………」

―――――硬直する俺達。
紙に焼き付けられていたのは俺のマヌケ面ではなく―――――

……凍っていた時間が動き出した瞬間、俺は真っ赤になったガルデンにぶん殴られた。

「ぐわっ!!ちょ、ちょっと待て、待てって!」
「貴様ーーー!!最初からこんな愚行の為に機械を!!!」
「ち、違う違う、誤解だ!!本当だって、俺は何も……」
「問答無用!!!」
「ぎゃぁぁああああ!!!」





……気が付くと、俺は一人で地面に這い蹲っていた。
全身を殴打された上に回し蹴りを入れられた所までは覚えてるんだけど。
……俺以外だったら死んでたぞ、あんなの。

「いてて……、……!」

何とか立ち上がろうとしたところで、手の中に何かを握りこんでいたのに気付く。
広げてみると、それはさっきガルデンが撮った紙だった。
無意識の状態でも、これだけは何とか死守したらしい。

「……………」

握っていた所為でついた折り目を伸ばし、まじまじと見てみる。
其処に浮かんでいるのは俺ではなく、あいつ。
しかも、俺が撮られた時に思い出してにやけていた、昨日の夜の……
そんな鼻血モノのしどけない姿がくっきりと焼き付けられてたのだ。
……そりゃキレるよな。
しかし……何だってこんな事に。
あの機械、やっぱりどこかおかしいんじゃないのか?
そう言えば、あの機械はどうなったんだろう。
ガルデンに捨てられてしまったんだろうか。

「……ゼファー」

俺は低い声でリューを召喚し、今すぐエルドギアに向かう様頼んだ。
とにかく、一刻も早くこのアクシデントの原因を追求して、ガルデンに説明しないと。

「頼んだぜ、ゼファー」

手の紙を密かに懐にしまいこみながら呼びかける。
……ゼファーは物凄く呆れている様子だった。




……で、ホワイトドラゴンから聞いた話によると。
ああいう風にモノを映し出すアイテム(例えば『ポラロイドカメラ』や『鏡』、『映像記録球』)は、それを使う奴の魔力や感受性の強さによって、たまに「使った奴の思い描いているもの」や「映される側の考えていること」なんかの「目に見えない筈の何か」が映ってしまう事が在るらしい。
これを「念写」と言うんだと。
ガルデンの場合、期せずして俺の考えていた事を撮ってしまった訳だ。
早速飛んで帰って、宿でむくれていたガルデンに一生懸命詫びながら説明する。

「わざとじゃないんだ、お前を恥ずかしがらせてやろうとか、そんな気持ちは全然無かった」
「……しかし、いつもあんな破廉恥な事ばかり考えているのは事実だろう」
「違う違う、考えてないって。あれはたまたま、本当に偶然なんだって。
 お前が生き生きしてるの見て、ああ可愛いなあ、そう言えば昨日の夜のお前も…って考えたとこでパシャって。
 本当なんだよ。いつもあんなやらしい事考えてる訳じゃない」

必死で訴えていると、ぷいと顔を背けていたガルデンが、ゆっくりと此方に向き直った。

「だったら、証明して貰おうか」

その手にはあのポラロイドカメラ。
再び俺を念写して、心を見てやろうって事か。

「ああ、良いぜ。証明してやるよ」

俺は自信満々に言い切った。
いつもお前の事ばかり考えてる俺だけど、別にそれはやましい気持ちからじゃない。
お前をこんなにも愛してるからなんだ。
それが証明されるなら、幾らでも撮ってくれて構わない。

「……………」

俺の迫力にちょっと気圧されて動揺したのか、ガルデンは機械を構えようとして……
手を滑らせた。

「あっ」

つい二人とも慌てて、床に落ちたそれを拾う。幸い壊れた所は無かったみたいだったけど、そんな事より。


ガルデンが屈んだ瞬間、さらりと銀髪が流れて、グッとくるくらい色っぽいうなじが俺の目の前に、しかも爽やかな石鹸の匂いがふんわりと……






どんな絵が撮れたかは、今は訊かないで欲しい。
ただ、その後一週間、口さえきいて貰えなかった事を此処に記しておく。


―――――

「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F 様





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