ちむたんのつぶやき
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2011年05月26日(木) お誕生日おめでとう

相棒かっしーのお誕生日です。
ずっと日記書いてませんが、少し前にツイッター始めてます。オタクなつぶやきを連発中(笑)

せっかくのお誕生日なのですが、今日は会社の飲み会だそうです。
週末にひさびさの温泉に行くので、そこでお祝いする予定。
これからも元気で仲良く暮らしたいものでございます。


2011年05月24日(火) 近況など

この間の土日は久し振りにお友達に会ってご飯を食べました。
話題がどうしても震災以降の出来事や雑感になるのはやむを得ぬことで。
こうやって真面目なこともくだらないことも語らえる方々を大切にして、日々を大事に生きるべし。(つい雑に暮らしがちな毎日の反省をこめて言ってみた…)

そういえば、土曜に会った人も日曜に会った人も、震災後に神社仏閣へ詣でていたのは興味深かったです。
かく申す私達も今週末は日光東照宮へ行ってきます。東日本ちゃんと守ってる?気抜いてなかった?って家康問い詰めてくる!(バチ当たり)(ウソですよ)

あとは…
1月に抜いた歯のところにインプラントの土台を立てる手術を20日に受けてきました。傷自体は順調に回復を見せていると思うのですが、傷口を縫ってある固い糸が舌に刺さって痛いです(涙)

そんな感じでぼちぼち暮らしています、というお話でした。


2011年05月10日(火) いってきますと書いたきりで

更新止まっていてすみませんでした。
とっくに帰ってきております…。

全体的な印象としては、予想していたよりずっと復旧は進んでいたんですけれども、大きな災害に遭った街を目の当たりにして湧き上がる感情というのは、つくづく言葉にできないものがありました。

車で走るとひどく揺れることで傷み具合がわかる道路、崩れて形が変わってしまった崖や、ブルーシートで覆われた家々の屋根、瓦礫と化した塀。一見なんともないのに近寄ってみると室内がめちゃくちゃになっている建物、砂浜に転がるたくさんのごみ(それらは、津波の前まではごみなどではなかったのですが)。
景色が一変したというほどの場所はないものの、喩えて言うなら間違い探しをずっと続けているような気分でした。
本当に途方もない災害が起こったのだということ、そしてそれを日々意識せずに過ごせるようになるにはまだまだ長い時間がかかるのだろうと、あらためて痛感させられました。


でも、相棒の身内のみなさんは全員元気で、いつものようにみんなでご飯を食べてお酒を飲んで、私たちが帰るときにはいつもどおりお土産を持たせてくれて。
海も山も変わりなくきれいで、五月のまだ少し冷たい、やさしい風が吹いていました。

誰にも、どこにも、もうこれ以上大変なことが起こりませんようにと祈りながら帰路につきました。


2011年04月28日(木) いってきます

明日からの三連休、相棒の実家に行ってきます。

震災発生から7週間、ずっと行きたくて行けませんでした。
電話で様子を聞いたり、ネットで写真を見たりはしてきましたが、この目で実際の状況を見るのは初めてです。

離れた場所で得ていた情報と、実情。
どう違うんでしょうか。それとも、それほど大きな隔たりはないのでしょうか。
私はなにを思うのでしょうか。

ちょっとドキドキしながら、いってきます。


2011年04月26日(火) びっくりーびっくりーびっくりー

カナリア、再演するんですね!
「あの作品だけは絶対に再演はない」ってどこぞのどなたかが言い切ってた覚えがあるんですけど………。
この前スカイステージで放送されたって聞いたのですが、それでさえけっこう驚いたのになあ。

えー。
えー。
い、いいの?(汗)

っていうか、髪型どうするのでしょう(そこに注目するのか)


2011年04月16日(土) 粋なセリフ

相棒の実家がある街(そして私の両親が眠っている街)は、茨城県北部の沿岸にありますので今回の震災でかなりの被害を受けました。
当然ながら現地とはなかなか連絡が取れず、ご両親が無事であることはお兄さんが災害用伝言板に入れてくれたメッセージやお義姉さんからの携帯メールで確認できていたのですが、電話で声を聞けたのは2日後の夜になってからでした。

その、地震後最初の電話で相棒のお父様がのたもうたという、世にもキザな、もとい粋なセリフ。
「停電だから街が真っ暗で、星がすごく綺麗だぞ」

…相棒から聞かされて、ちょっと絶句しました。この状況でなかなか言えないセリフだと思う次第。


相棒のお父様は昭和9年生まれ、太平洋戦争の記憶がある世代です。
あの戦争に比べれば、食べる物が洗いざらいなくなったわけではないだけ今度のはまだマシだとおっしゃっていたそうです。

埼玉で一人暮らしをしている私の叔母(父の妹)は昭和4年生まれです。
心配して電話したら「余震で夜中に何度も飛び起きるから、まるで戦争中の空襲のときみたいね」と言っていました。
80年以上生きて、そんな経験を再びしなければならないとは、なんともやるせないことですが…。

ただ、決して美化するわけではないですが、戦争を経験してる方々の胆の据わり方、腹の括り方というのは、なにかこう一段高い次元にあるような気がしている今日この頃です。
私もへたれてないで、今の経験を自分の中に残して、これからに生かしていかねばならないなと思うのです。


2011年04月11日(月) ずっと暖かくなって

東京は桜も満開になって。
春がふたたび巡ってくるということは、それだけで心を慰めてくれます。

でも覚えていたいと思います。
あの日からずっと続いている寒さを、怖さを、そして悲しみを。
自分のつたなさと弱さが情けなくてたまらないことを。



拍手ありがとうございました!

>M子さま

ご指摘のかた、わたくし残念ながら知らないんですよー。(ふだんテレビ見ないので相棒も間違いなく知らないはず)
音楽番組見れば出てくるかしら?興味ありますので、今度チェックしてみますね!


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