昨日テレビで、アニメソングの歌番組がありました。(BS) ビデオに撮っていたので、時間があった時に見たのですが。 なぜに泣くか?自分よ? しかも 『アンパンマンマーチ』で!! 『魔女っ子メグちゃん』で!!!(笑) 懐かしかったのかな。 でも、懐かしさのあまり泣くような年寄りではないと(笑)思うんだがのう。 それとも単に、歌声で感動できるような、普通の感受性を取り戻したか? 自分でも謎。 特にいま落ち込んでいるとか、悩みがあるわけでもないが。 しかも、『アンパンマン』の前向きな歌詞に、ぐっと来た!てのは分かるとして、『魔女っ子メグちゃん』はなぁ(笑)。
ちなみに、初めて歌を聴いて感動したのは、テレビの特集で5秒ほど流れた、ミュージカル「レ・ミゼラブル」斉藤由貴コゼット版合唱。 その次は「アニー」のトゥモローかな。 ミュージカルものには弱いらしいです。私の涙腺。
日本がどうしても常任理事国になりたいらしい機関。 加盟国2位の出資国なのに、意見の一つも聞いてもらえないらしい。 ちょっと気になって調べてみたら、国連は世界平和のために会議し、必要とあらば制裁を加える、というお仕事の場所。 なんだか、結局は力を以て統括する場所なのかと。 加盟国は一律平等だと書かれていたけれど、常任理事国なんて物がある以上、平等じゃないし。 結局は「自称世界の警察」さんが好き勝手するところでしょ? いったん日本は国連から手を引いて(好戦的な意味でなく)、国内の地震被害やいろんな事にその出資金を使ってみたらどうだろう。 そうすれば中国だって満足するし、いちいち反感買わなくてすむ。 国連がお金が足りないと言うなら、発言権のある国が出せば良いじゃん。 で、日本の出資金は国連ではなく、ユニセフや、赤十字へ出したらどうか。 その方がまだ、本当に困っている人たちへ使ってもらえそうな物なのに。 いちいちこびを売らなければいけないほど、この国は弱いのか? 財力や能力は、国力ではないの?
日本はどこへ向かっていくんだろうね。
全く話を変えて。 今日はお天気が良かったので、農家の皆さんが一斉に田圃をひっくり返しておられました。 田圃の土の独特な甘いにおいが広がっております。 肥やしの、花粉のような甘いにおいと入り交じって、初夏の香りです。 と、ここまで書いて「花粉のような甘いにおい」とか「田圃独特の臭い」が分かる人って、どれくらいいるのかな、と思ってみたり。 ふと周りを見れば、私が幼かった頃のいわゆる「田舎の風景」、田圃や畑や土手のある小川なんかはもう、ずいぶん前に姿を消しているし、田圃をつぶして立てたマンションに住む人たちが増えたために、交通の便を図ろうと道路を拡張しようとして、いろいろ埋め立てたりしている。 鎮守の木は切られてしまったし、私の経験したことは、今の子達は知ることすら出来そうにない。 因果は巡るらしい。 いま必死になって自分たちの便利のために、昔からある物を削り、壊しているけれど、その報いはいつ、誰に向かうのか。 きっと私たちには関係のない話。 その報いは、自分たちの子供や孫に向かうはずだから。 あぁ、今生きていて良かった。
そんな風に思うなら、今のままで良いんじゃないかな。
私は出来れば自分の子供には、蓮華の密の吸い方や、雀の鉄砲笛や、タンポポの水車や、草相撲のしかたや、オオバコの筋抜き合戦や、数珠玉でのお手玉作りや、蓑虫の蓑の中身を、見せてあげたいと思うんだけれど。 そんなことを一番経験したであろう、おじいさま、おじさまの年代の人たちが、そういう場所をなくしていこうとするのか。 切ないお話し。
ところで。 WWF商品購入や、募金に参加することは、何もしないよりは遙かにマシだと思うがどうか?(見てないだろうけどK.H氏?)
アルバムに都貴姫子以外のページが、やっとふえました。 こないだの出雲旅行の時に撮った物の中から。 ちなみに、下三枚の撮影場所は、都貴姫子の「鏡の中の〜」と同じホテル。 愛用させて頂いております。 また旅行に行きたいなぁ。 特設アルバムは今月いっぱいまで。 風凪を動かし始めたので、ファイル数を何とかしないとね。
寝ても寝ても二度寝三度寝が出来てしまいました。 これじゃいかんと、ワンピースの仮縫いをしてみたら、変な事になっちゃっていたので、明日また改めてやり直し。
久々に買ったミスタードーナツがうまくて悶絶中。 ポンデライオンの折りたたみテーブルゲット。 また買いに行っていすをゲットするべきか?(<やめとけ)
二ヶ月ぶりに体重を量ったら、大台からおりておりましたよ。 筋肉が落ちた証拠なので、微妙…。 何か考えねば。 って、ドーナツ喰ってたらやせねー(笑)。
テトリス中毒中。 ブロックを積んで消す幻覚が見えます。 しゃれになりません。
絵を描き終わってから、腑抜け状態が続いていたのですが、そろそろまた何かしたくなってきましたよ。 そんなわけで、明日からはまたエステの続き。 来週にはコーティングに入りたいと思っておりますが。 お天気崩れてるっぽいなぁ。 お裁縫もしたいのに。
以前枯れかけてハラハラしていたミリオンハートが、新芽をはき出しつつありますよ! いやっほう! でも最近水をやってなくてしわしわになりかけていたので、あわてて水やり(苦笑)。 新しい仲間の斑入りホヤも危うく枯らしそうになっておりました。 あやうい、あやうい。 霧吹き買ってこなきゃ〜。
新しい仕事も探し始めているのですが、自分が出来る仕事がなんなのか、すごく迷っております。 基本的には働きたくないんだけど(<本音)、やりたいことをするためには必要な物なので。 自分には何が出来るのか、これだけ職を転々としてもわからないです。 とほほ。
昨日読み終わったハードカバーを売りに行ったら、48冊で5000円。 なかなか。 でも、それは新刊とお菓子に消えました。 駄目じゃん(苦笑)。
絵のお話しではありません。(笑)
昨日神戸へ出かけたのですが、その行きの電車はJRでした。 2分遅れて来ました。 尼崎で乗り換えて神戸へ。 15分遅れてきました。 車掌さんは謝り通しでした。 安全運転から来た遅れなのでしょう。 でも、15分遅れの原因は、置き石らしいと言うことでした。 置き石! なんのために? 嫌がらせなのか、愉快犯なのか。 とりあえず、私は助かったわけですが、訳の分からないことはやめてほしいもんです。 馬鹿なことをする日本人が増えましたね。
昨日描いたと言っていたイラストを、イベントのイラストコンテストに出展してきました。 というよりも、出展するために描いていた、と言うのが正しいところなのですが。 会場に入ってまず思ったことといったら「もう時代はデジタルなのねぇ」ということで、それはさらに『いまさら』な感想な訳ですが、鉛筆と生協カラー(子供向け透明水彩:でもちょっと不透明風味)の地味な自分の絵は、華やかなデジタルなイラスト達の中に沈み込む勢い。 いったんそのイベントや、絵を描くことから退いた自分としては、場違いなものを出しちゃったかなぁと、ちょっと後悔したのも事実。 絵を描くことをずっと続けてきた人たちと、そうでない自分を比べてもしかたがないのに、何となくニガワライ的な気まずさが。
でも、自分にはその絵はとても愛おしい一枚。 今年の初めに参加を決定してから、色々構図を考えたりしながら、出雲旅行で見つけたモチーフ「夫婦杉」。 これを描こうと決めてからは、ほとんど迷いがなく構図が決まり、構図どころか描く絵にもほとんど迷わずに下書きまで出来た、めずらしさ。 後は好きな色を混色もほとんどせずに塗って(確かにそれがあだになって背景で苦悩したけれど)出来た一枚。 神社の境内にあったモチーフだから、なるべく突飛なことはしないようにして。 久々に描いた一枚だからか、もともとの『自分の絵好き』が出てきているのか(ナルシス的?)ずっと見ていても飽きない。 自分の好きな色で塗っているのが良いのかも知れないけれど。 自分にとって心地良いい一枚になりました。
描き続けていた時より、腕は数段落ちていただろうし、とても人目を引くような物ではないと思ったのに。 なんと、一位をいただいてしまいました。 投票は会場にいる皆さん。
どこが良かったんですか?(笑)
デジタル慣れした方々には、目新しく映ったのかも知れませんね。 温故知新?(笑) 何でも良いんですが、上にもあるように、自分が場違いなのではないかと思っていた作品が認めてもらえて、受賞を知った時は我が目を疑いました。 もし連れがいたら、へたり込んで泣き出しそうなくらいでした。 (イベント会場で一人泣いてるやつがいたらへんでしょ?我慢しましたよ) こんなに激しく嬉しかったのはいつぶりでしょう。(笑) 誰も見てないと思うけれど、投票してくださった方、ありがとうございました。 貴方の行動は、私を勇気づけてくれました! この結果にはホントにびっくりなのですが、もしかすると夫婦杉があった神社の神様のご加護と、下されたお恵みなのかも知れません(笑)。 幸せな一日でございました。
さて、そのコンテスト。 投票用紙の裏に作者に対するコメントを書き込めるのです。 私にいただいたコメント3件のうち、こんな物がありました。
「絵とは見る人に想像力を与える物…(以下略続く)」
実は私は全く逆の考えをずっと持っていました。 絵とは見る人の想像する楽しみを限定させる物なんじゃないか。 絵は一枚で全て説明し、メッセージを伝えなければならない物。 そう思っていたのです。 そして、そう思うからこそ、自分で自分の首を絞める結果になって「自分には描けない」、そう思って絵から距離を置きました。 このメッセージをいただいて、一生懸命絞めていた首をゆるめることが出来たような気がしました。 ありがたい一言でした。 「…技術力ではなく表現に一票」 と、続いてメッセージは終わったのですが…。 技術力ではなく… (笑泣)。 精進します…。(笑)
某スピリチュアルカウンセラー師によりますと、人間には天職と適職の2つあって、生活のために必要な仕事が適職。人生に必要な物を天職というらしいのですが。 私の天職はこれなのかな、と、少し遠回りをしたけれど思いました。 これで稼ぎたいわけではない。 これで生活したいわけでも、地位や名声を得たいわけでもない。 ただ充実した人生を送るのに、これは欠かせない一つなんだな、と。 たった一枚の絵で、いろいろ思うことや気づくことが沢山あって、自分にとってとても重要な一枚になったようです。 おめでとうって言ってくれたあなた方にも、本当に感謝します。 ありがとーーーーーーー!!!!(感謝の気持ち炸裂!)
追記。 上にあるモチーフの「夫婦杉」。 松の間違いでした。(笑) ついでに、夫婦松というのは正確ではない呼称なのですが、どの神社であるかを特定できないようにするために、あえてこう呼んでおります。 しかも、今現在その木は存在しません。(笑) 見ようと思っても見れないものですので。 ご了承くださいませ。
絵を描いておりました。 描くことは楽しい。 けれど、彩色は苦手だ(笑)。 色彩のセンスないんだよな。
明日は神戸行き。 イベントと、お買い物ですよ。
先日、私が魅了される物として、熊野古道を上げた矢先。 その土地の所有者の方々による、抗議の落書きがされているというニュースを見る。 正直な話。 熊野古道って熊野大社に行くための参道だと思っていたよ。 みんなが使うことが普通の道だと思ってた。 私が惹かれたのは写真だけで、どのような経緯でこの道があって、なんのための道なのか、と言うようなことには興味がなかったから、苔むした岩とか、倒れて朽ち始めている樹木とか、大木にまとわりつくツタとか、そんな参道によく見られる私の大好きな光景を見られる!それだけに目がいっていたのですが。 この場所が私有地で、植林されて山のお仕事をしている方々のものである、と言う認識が私にはありませんでした。 だって、この名前を聞くたびに、そこはすでに観光地(というか、私には参道)として紹介されていたと思うので。 現地の人が、観光客を迷惑しているなんて、思いもしなかった。
ところで。 山林というのは基本的に人の手が入ることが前提かと思っております。 青木ヶ原樹海みたいに、木を植えることで生活しないならともかく。 下枝を払って、光を足下に届くようにしないと、木材に節が出来て使い物にならなくなるとか、若い樹が育たないとかっていうのを何かで見たことがあります。(テレビだろうけれど) 熊野古道がそんな木材を取るための山林なら、世界遺産になったからといって、手を入れることをゆるさんといわれたら、それは財産を放棄しろと言うこととともに、今まで保たれてきた山林を駄目にすることなんじゃないのかな。 そもそもの世界遺産の意味と、熊野古道の存在意味と、世界遺産に選ばれた理由が分からないと、このニュースを理解しようがないですが。
ただ、山が側にあるのが普通な環境にある私にとって、樹や、岩にラッカーで抗議をするというのは、とても辛い光景。 抗議をする方にはそれなりの意志がおありなのだろうと思うのですが。 ラッカーで書いてしまえば、それはもう落ちないじゃないですか。 樹は樹皮をはがせば、木材として使えるかも知れない。 でも、岩は? 元には戻せないことを覚悟してされた行動だとしても。 抗議文が読みとれないラッカーでの樹木などへの書き込みでは、意志を読みとれないのではないかな。 自分の財産を傷つけることが、抗議の意志であるってことなのかな。 どっちにしても。 すごく切ない一件。 行政と所有者さんとの間で話し合いがされるそうなのだけど。 みんなにとって、良い結果に近づければいいですよね。 もう、元には戻らないんだけど…。
出雲、伊勢、熊野古道、縄文杉、姫路城、四国88カ所巡り そして 佐世保バーガー…(<まだいうか)。
時間はあるから行きたいのは山々だけれど、元手がねぇ。
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