広島と札幌の歩き方。 : : 目次 : 手紙

  2003年08月07日(木)  
  僕らは離ればなれ 

■ 8月6日のオレ(キムタクにオマエのせいだってどいうこと?)

たまの来広に合わせ、岡山−兵庫→大坂の関空までを走破。
吹田ICの大渋滞と、帰り道で迷ったことを除けば、予定通り。

兵庫の竜野西SAに立ち寄って、方言の違いを楽しみ、
関西空港へと渡る橋の上で、中国放送のラジオを受信し
中日相手に大敗しているので、悲しむ。
周波数は1350。

関空は綺麗だが、商業施設としては(利用目的が違うのだろうが)、
新千歳のほうが熟成されていた。
広島?広島はダメだよ。アクセスが最悪。

そして、復路。

六甲アイランドに行ったり、神明高速を途中で下りたりだとか、
もう少し(早めに)分かり易く表示しろよな(←田舎者)。
山陽道を諦め、2号線を下り、明石海峡大橋を見上げ、
すったもんだし、優秀なナビ(実話)のおかげで、山陽道に合流。

皆の高速道路なのが理解できないトラックを尻目に、無事故で広島入り。
抜けることが出来るようになったら煽れ。

と、ブツブツ言いながら、
今夜の宿に到着した頃には、就業時間の1時間前。
徹夜なんて久しぶり。

  2003年08月06日(水)  
  それぞれ二人忙しく汗かいて。 

そうやって頑張ったから逢える。すばらしい日々だ。

キッチリと定時で退勤、空港までまっしぐら。
無事関空行きの飛行機に乗り込み、定刻通り離陸。

修学旅行以来の大阪の地を踏みしめた時、
しおんはちゃんと迎えに来てくれていました。

6時間かけて迎えに来てくれて、
6時間かけて帰るわけなんだけれども。

ここまでしてくれた事に感謝、
ここまでさせてしまった事に反省。

神戸あたりで見た、デカくてキラキラした観覧車の謎は解けないし、
隣を走る『ムーンライト号』はやられそうなオーラを発していたし、
しおんが睡魔に襲われないように助手席でひたすら熱唱していたし。

そうやって広島に着いたのは深夜3時。

寝ないで仕事に行くしおんを見送って、
10時間後には『我馬』が待っているのだった。

  2003年08月05日(火)  
  今にして思ふ 

只今、8月10日の13時。
5日前のことが分からない。

履歴に記憶する日数は5日と少なめ。

  2003年08月04日(月)  
  旅立ちは明後日。 

留守中のスケジュールを組んだり、
来月度の勤務計画を組んだり、
秋にある試験の資料を確認したり、
新規で始まるシステムを落としこむ作業があったり。

出来るところまでやる。ので只今テンパリ中。

: 筆 : しおんとゆき  
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