せきねしんいちの観劇&稽古日記
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| 2005年10月23日(日) |
アムネスティ朗読ワークショップ |
アムネスティ・インターナショナル日本主催朗読ワークショップ「ストップ!女性への暴力〜聞こえますか?彼女たちの声」@文京区男女平等センター 2月に構成演出したリーディングで使った世界の女性たちが書いた詩を、「とにかく読んでみよう」というワークショップ。 講師は僕と伊藤馨さん。20名弱の参加者と一緒に、まずはウォームアップ。それから「まずは声を出してみよう」というところから、選んでおいた詩を読んでみる。 詩の書かれた背景を知って、その上で「書き手の気持ちを考えて」読むということはしない。 テーマは「とにかく読む」だ。カラダを通して、声にして、誰かに伝えようとする。そのことを徹底してやってみる。 全員で読んだあと、2つのグループに別れて、僕と伊藤さんがそれぞれリードしながら作り上げていく。15分ほど練習して、発表。なかなか感動的なものができあがった。 伊藤さんは、伊藤さんのやり方で、僕は僕のやり方でやっているかんじがおもしろい。僕が「とにかく出していく」アプローチなのに対して、伊藤さんは「緻密につくりあげていく」やりかた。 途中でグループを変えて、また別の2つの詩に取り組む。両方の進め方を体験した人は「全然違う」という感想をもったよう。 最後に、全員でトレーシー・チャップマンの詩を、一人一行ずつ担当して読む。というか、一行ずつなので「覚えて」しゃべってもらう。 テキストを目の前にして読みながら、声を前に出していくというのは、どこかテクニックとしてのウソがあるような気がしてならない。そのへんを、わかりやすくカラダで感じていくには、覚えた言葉を自分のものとしてしゃべってもらうのがいいと僕は思う。テキストを読むときとの「全然違うかんじ」をみんなに体験してもらいたかった。 最後に、フィードバックで感想を言い合って、おしまい。 どうなることかと思っていたのだけれど、とってもおもしろいワークショップになったと思う。 なんだかわくわくしてしまい、解散した後、ドトールに移動して、なおも朗読のこと、芝居のことをわいわいしゃべってしまう。 みなさん、お疲れさまでした。
夕方、近くのホームセンターに買い物にいく。食品館で夕飯の買い物をして、園芸館で切り花を買う。 仏壇用の花を選んだのだけれど、街の花屋さんの作り方より、少しだけ派手なかんじ。定番の白菊、黄菊、スプレー菊、小菊、カーネーションにリンドウ、それに白ユリ。 自転車のかごに軽い気持ちで入れたら、まっさかさまに落ちてしまった。拾い上げると、白い菊の首がもげてしまっている。がっかり。 家に帰って、小鉢に水を張って、花だけを浮かべ、玄関に置いてみた。 以前は、辛気くさい気がしてあまり好きでなかった菊だけれど、こうしてちゃんと見てみるとなかなかいいもんだと思う。 花をいじった指先に菊の凛とした香りがうつるのもうれしい。秋の匂いだ。
眠れない夜や電車の中でやたらミステリーを読んでいた。大体、ブックオフで買っては放っておいた本。綾辻行人やアガサ・クリスティやピーター・ラブゼイ。おもしろいものもあれば、よまなきゃよかったと思って、そのまま電車に置いてきたものもあった。 その中で、うわ、やられたと思うくらいすごかったのが、昨日読み終えた東野圭吾の「白夜行」。これはもうほんとにすばらしかった。 どうして上下巻に分けないんだろうと思うくらいの厚さの文庫本。でも、よくわかった。一気に読めてしまうんだもの。 印象としては、宮部みゆきの「火車」に近いのだけれど、もっと「ノワール」なかんじは深い。 スタジオライフが、第一部、第二部に分けて上演中のこの作品。いったいどうやって舞台化してるんだろうと、むちゃくちゃ興味がわいた。しかも、オール男性キャストで。第一部を見に行けなかったことが悔やまれる。第二部だけでも行ってみようかな。
10時から、藤野節子さんによるマイズナーのワークショップ@芸能花伝舎。 教室の机と椅子を片付けて、自己紹介もなしに、さらっと始まる。 マイズナーさんについての簡単な商会のあと、リピテーションゲーム。二人で向き合って、相手が自分についていった「あなたは指輪をしている」という言葉を、ただただ繰り返す。ルールは、相手に集中する、観察する、反応するの3つ。 言葉の意味はどんどんどうでもよくなって、言葉じゃないところでのコミュニケーションが成立していくのがとってもおもしろい。 僕が一緒になった初めの二人は、ほんとに初対面の人なのだけれど、どんどんやりとりが発展していって、とってもおもしろかった。 藤野さんに感想を求められて、とにかく「楽しかった」と答える。自分が何かしたことが相手にとどいて、それが帰ってくるのはなんてうれしいんだろう。2人目のあとには、最初の相手とはたまたま相性が良かったのかもしれないと思ったのだけれど、これは誰とやってもおもしろいんだと気がついたと話す。 3人目はスタッフもしている明樹さん。感想は、それまでの2人に比べて、表情の小さな変化に集中しないで、なんだか丸ごと全部を受け止めていて、ずるしてるような気持ちになったと話す。一緒に芝居をしたことはないのだけれど、知ってる人というだけで、どこか緊張のしかたが変わってくるのがおもしろかった。 今日は、このゲームだけでおしまい。それでも、とっても充実した時間だった。これから年内いっぱい、週に一回のペースで続くこのワークショップ。マイズナーさんいわく、「このリピテーションゲームは、バレエダンサーにとってのバーレッスンのようなものだ」とのこと。 たしかにそうかもしれない。どうやろうかと企むよりも、相手の反応にどう応えていくかということに敏感なカラダを維持することは、とっても大事なことだろうと思う。 まだまだいろんなことをやっていきそうなこのワークショップ。リハビリをかねて楽しみながら、いろんなことを体験していきたいと思う。
午後から、富士見丘小学校で卒業公演の打ち合わせ。開校記念日でお休みのところを、わざわざ先生方が出てきてくださっての話し合い。 演劇授業全般についての意見を交換して、卒業公演についての話をすすめる。 これまで、こんなにちゃんと思ったことを言い合えた機会はなかったような気がする。貴重な意見をいっぱいいただいた。もっともっと、教育の現場のことを知らなくてはいけないとあらためて思った。 後半、校長室に移動して、具体的なスケジュールの確認。いよいよ動き出した。 いい舞台をつくることももちろん大事だけれど、つくりあげていく過程もいい授業の積み重ねになっていくよう、頑張りたいと思う。
下高井戸から世田谷線にまるまる乗って、宇宙堂公演「風回廊」@世田谷パブリックシアターを見に行く。 渡辺えり子さんの新作。アコーディオニストのCOBAさんと川原亜矢子さん、それに大駱駝艦のみなさんが客演。 たばこ工場を中心に栄えていた町がすっかり廃墟になってしまっていて、そこに身代わり見舞い人のえり子さんがやってくる。 タバコが吸いにくい昨今の状況に、小泉政権のことやら、テロや、誤爆による死など、とっても「今」なお話が、次から次へとくり広がる。 大駱駝艦のみなさんが演じる「老人」のカラダの見事さに圧倒される。ほんとうに老人のカラダなんだもの。 アコーディオンにギターに津軽三味線という音楽も、とってもすばらしかった。 終幕、もう大人になった少年=COBAさんと少年(加藤記生さん)が二人で登場したところで、ほろほろと泣けてきた。終幕の川原亜矢子さんは、ほんとにきれいなヒロインだったなあ。ほろ苦い、とてもせつない舞台を堪能した。 終演後、野中さん、平田さん親子と一緒に楽屋にうかがい、えり子さんにご挨拶。感想をわいわいしゃべってしまう。 帰りの電車は、盛りだくさんな一日のせいか、なんだか目がさえたような気分。台本のアイデアをいくつも思いつく。
| 2005年10月19日(水) |
富士見丘小学校演劇授業 |
富士見丘小学校の演劇授業。前回、参加できなかったので、二学期初だ。 朝、早く家を出たら、外はまるで冬のようだった。 前回は、真夏だった印象があるので、ずいぶん間があいてしまったような気が余計にしてくる。 授業は、山本健翔さんによる「言葉から発想する即興劇」。1クラス2時間ずつ、計4時間。 谷川俊太郎さんの「すいっち」「生きる」という2つの詩を使って、朗読ではない「即興劇」をつくりあげる。 まずは「すいっち」を2人組で。上手にしゃべることよりも、その言葉が言える気持ちになるにはどうしたらいいんだろうねということを、即興のやりとりをしながら考える。 詩のなかで、これを言いたいという1行から3行のフレーズを、オリジナルの詩の意味とは全然違った「解釈」で、カラダを通していく。思いもよらない楽しい発想がいくつもあって、大人は感心してしまった。 後半は「生きる」を。生きる元気を失った大人を「励ます」という気持ちで、1行ずつ呼びかけていく。僕は大人として、彼らの声を聞きながら、連の頭の「生きるということ いま生きているということ」というフレーズを繰り返す。はじめはごろんと床に横になって。 プリントを持ちながらなので、まっすぐには声はなかなか届いてこないのだけれど、ときどき、びっくりするような強さで届く言葉があって、びっくりする。その「届いたよ」と思える瞬間を積み上げて、最後は起きあがることができた。 久しぶりの子どもたちに「金髪やめたの?」などと、いろいろ質問される。「金髪の方が絶対にいいよ」とかなり真顔で言われてしまい、ちょっと真剣に受け止めたりする。また戻そうかな?
夕方、高円寺にCDを受け取りに行き、久しぶりにマミーと話し込む。わいわいと楽しい。 帰ったら、風邪を引いている母親がキッチンでテレビを見ていた。テレビ東京の「山村美紗サスペンス」。「この人誰かしら」というので見てみたら、脇役っぽい年配のおじさん。「梅津栄? 志賀勝?」とよく見ないで言っているうちに「丹古母鬼馬二」だと気がついた。「丹古母鬼馬二じゃない?」「そう、丹古母鬼馬二」と母親もすっきりしたようす。僕は、母親が「丹古母鬼馬二」を知ってたってことが妙におどろき。キッチンのテーブルごしに「たんこぼきばじ」が何度も行ったり来たりして、なんだかおかしかった。
夜、NHKの「ようこそ先輩」。装丁家の菊池信義さんが、谷川さんの「生きる」の装丁をするという授業をしていた。 今日やったばかりの授業の発展形を見るような気分。 子ども達への向き合い方を見ながら、今日の授業のことをいろいろ思い出す。
樺澤氏と電話で打ち合わせ。これからのこと、いろいろ。 受け取ったCDを聞いてみる。やっぱり音質というか、演奏のレベルはどちらもいまいち。それでも「コーラスライン」の方は、これとこれは使おうというめどが立った。「プロデューサーズ」の方は、「ヒットラーの春」に合わせて、劇中劇「ミュージカル『Wの悲劇』」をやってしまおうかと思っていたのだけれど、もう少し考える。
僕の風邪はどうやらやりすごせたようなのだけれど、母親がダウン。鼻水と咳の風邪を引いてしまったようだ。 仕事がえりの池袋の駅前は、雑司ヶ谷鬼子母神の御会式(おえしき)の山車と太鼓の音でにぎわっていた。リヤカーや小さな車の荷台に、運動会によく使う紙の花を「傘」のように飾り付けてて、とってもおしゃれ。雑踏のにぎわいの中でも、太鼓の音は、しっかりおなかに響いてきて、気持ちが良かった。 先週の自分のつらさを思いだして、果物を買い込んで帰る。ミカンとバナナ。けっこうな荷物になった。 バスを乗り継いで帰り、みかんを食べる。結局、自分が食べたかったんだなあと思いながら食べた。 痛くなったら飲みなさいと言われたクスリを、ひさしぶりに1錠飲んだ。
やっぱり別な風邪を引いたんだろうか。ちょっと熱が上がってきたので、用心して一日休むことにする。 外は今日も雨。体調が悪いのも天気のせいじゃないかと思えてくる。 高市氏から、お願いしていた「贋作・Wの悲劇」用のミュージカルのカラオケが届いたとの連絡をもらう。 「Wの悲劇」は日本が誇る「バックステージもの」なので、拝借する曲も「コーラスライン」と「プロデューサーズ」でいこうと思っている。曲目は未定。
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