せきねしんいちの観劇&稽古日記
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| 2005年10月02日(日) |
風琴工房『ゼロの棺』 |
千穐楽の舞台。トラムのステージ上に十字に組んだ舞台と宙に浮いた小道具たちが美しい。 とても抽象的なセリフと、まったく具体的なセリフが共存する難しい舞台。俳優のみなさんは、それぞれ、言葉をどう肉体化するか苦労しているように見えた。 死刑制度を題材として扱いながら、人物の内面に決して踏み込んでいかない作劇が独特。 明樹由佳さんが殺される愛人役。「金で磨いて男で洗った」孔雀のようなカラダが、活き活きとしていた。殺されたあと、死体になってからも。 会場で、平田さんとばったり会う。富士見丘のいろいろを立ち話。6年生以外のワークショップの予定を確認する。来週が楽しみだ。
| 2005年10月01日(土) |
土浦全国花火競技大会 |
友人に誘われて、土浦市の「全国花火競技大会」に出かけた。ドライブも花火もひさしぶり。わくわく楽しい。 東京の花火のような、殺伐としたかんじ(?)はなく、どこまでものどかな風景。 通行止めになった道路にビニールシートを敷いて、おにぎりやおいなりさんを広げて、花火見物。 先に言われていたとおり、これまで見た花火はなんだったんだろうと思わせるような「超大作」が惜しげもなく、打ち上げられる。 地元のラジオで中継をしていて、、それぞれの「玉名(ぎょくめい)」をアナウンサーが解説してくれる。 おもしろかったのは、僕がすごいと思ったものは、みんながすごいと思ってるし、いまいちだなあと思ったものは、会場全体に今いち感がただようこと。 僕が特別なんでなく、この一体感はなんだろう? アナウンサー(男性)は、今いちなものが上がるたび、言葉につまり(?)「なるほど……」というセリフを連発していた。 まわりに座っているのは、ほんとに老若男女、カメラを構えているプロっぽい人もいっぱい。 子どもたちは、ほんとに素直に「すっげえ!」とか、「でっけえ」とか、思ったことを口にしてにぎやかだ。「ほんとに子どもって……」と思ったのだけれど、僕も友人(女子)と一緒に、思ったことをすぐ言葉にして盛り上がっていることに気がついた。 音楽の展開にぴったり沿って打ち上げられるスターマイン、「マツケンサンバ」や「お祭りマンボ」、「ハンガリアン舞曲」まで、それはそれは見事だった。「ゆかいなサザエさん一家」では、サザエさんのテーマ曲に合わせて、似顔絵を「模した」花火がどんどん打ち上がる。もう終わりかと思ったら、エンディングの曲までいっぱいに使ったのはすごかった。 創造花火という「一発もの」ジャンルでは、「北海道海産物フェア」(△が二つ重なって、足が最後に出てくるイカや、○の下に足が出るタコなど)が、おかしかった。 「寒いから」と言われて冬物の上着をもっていって、ほんとに正解だった。トイレは遠いし、寒いのでビールを片手にということでもなく、ほんとに花火だけを楽しんだ二時間。これで一年分の花火はもう見た、そんなかんじ。 帰りは渋滞でどうなるかと思ったものの、裏道を抜けて、11時前には家に送り届けてもらった。 快適なドライブも満喫。誘ってくれてどうもありがとう。
室井滋が「着物を味方にしよう」と決心して、着物を着て、「着物名人」と会うという写真エッセイ。 都はるみ、フジコ・ヘミング、加藤治子といっためんめんとの着物にまつわるあれこれがじつにいきいきと語られる。 なかでも、都はるみが、舞台衣装=仕事着と割り切って着物とつきあっているスタンスが、とってもかっこいい。 自分では着たいと思わないのに、着物がらみの本を読むのは、とってもおもしろい。 かっこいいといえば、たぶん40代の男性をターゲットにした月刊誌「straight,」のグラビアに玉三郎が登場している。世界の一流品を身につけるという特集で、これがじつにかっこいい。 舞台姿でないプライベートの玉三郎の写真というのは、何年かにいちど見かけるような気がするけれど、今回は、そのなかでも特にすばらしい。 3枚だけ掲載されている、篠山紀信による舞台衣装を付けた姿の艶やかさも圧倒的だ。「天守物語」の富姫と、阿国の扮装のその写真は、それだけでもう驚くほどのオーラを発している。 玉三郎の衣装に対するこだわりは有名だけれど、鬘に対しての気の配り方もすごいと思った。玉三郎という人と役柄にぴったり合って、今まで見たことがない女性像がそこにある。歌舞伎という伝統の世界で、いつまでも「オリジナル」であることを忘れない姿勢にも、改めて感動。
友人からベビー誕生のメールをもらう。 彼と彼女は、TOGETHERというコミュニティで知り合い、結婚した。年齢は、二人の間に僕がいるような頃合い。 一番最近、出席した結婚式で、一番最近、連絡をもらったベビー誕生。こないだの舞台も見に来てくれたのだけれど、やっぱり高齢出産だよね?ということで、心配していた。母子ともに健康ということで、ほんとうによかった。 この頃、当たり前だが、親の世代の年齢になっている。子どもたちとどう接していくかということは、いつも考えてしまうことだ。 今日生まれた彼と話が出来るようになったとき、僕は、どんな人として彼に向き合うんだろう。きちんと向き合える自分でいないとなと思う。
あちこちに請求書を送る。手元の請求書を使い切ってしまって、新しく買わないと思いながら、うっかり買い忘れていた。 ずっと使っていたのと同じ「普通の」請求書を探すが、なかなか見つからない。見つかるのは、「合計請求書」や、こんな大きいのいらないというものばかり。結局、北千住の東急ハンズでようやく発見。はじめからここに来ればよかった。 季節はすっかり秋に変わった。芝居が終わると季節が変わるという話を千穐楽の青木十三雄さんとしたけど、ほんとにそのとおりだ。 半袖はもうおしまい。長袖の秋だ。 猫は秋のさかり(?)がついているのか、夜な夜な外に出かけては、朝方ぐったりして帰ってくる。 あちこちに傷をつくったり毛が剥げていたりと痛々しいが、負け犬(猫)にはなっていないよう。いつもなら、家中うろうろしている時間に、ゆすっても起きないくらい熟睡している。冬の仕度か、けづくろいにも余念がない。 僕も冬の仕度。アロハシャツをしまい、長袖のシャツを取り出す。しまいこんでいた毛布を出してベランダに干した。
芝居が終わると、急に読書欲がわき上がる。何度も読んでる本を中心に、原稿を書く合間や電車のなかで、がつがつ読んでいる。 有吉佐和子の「悪女について」「芝桜」「真砂屋お峰」、モームの「劇場」、中井英夫の「虚無への供物」、結局見に行けなかった矢代静一の「写楽考」、ずいぶん前に演じた「宮城野」も。ブックオフで見つけた推理小説を何冊も斜め読みする。 毎日しゃべるセリフがなくなってしまって口さびしいので、戯曲のセリフや新聞記事を声に出して読んでみる。 きまったセリフだけを毎日しゃべるということは、その他の言葉に対しての感覚をどこか甘くするような気がする。さびしさ解消とささやかなリハビリを兼ねての真夜中の読書。
夜、樺澤良氏と高市氏と打ち合わせ。僕の今後のことについての相談。 思ったままを話し、いろいろな意見を聞く。 とりあえず、いまやっていること、これからやろうとしていることを伝える。 来年は今年以上に、バリバリやっていこうと改めて思う。
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