せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2005年08月10日(水) 台本!

 東京芸術劇場に花伝公演、野田秀樹作「パンドラの鐘」を見に行く。元劇団員のフチヤくんとお友達のオノサカくんが出演している。
 久しぶりな芸術劇場の小ホール2。「オープニングナイト」を上演して、もう6年になる。あんなにきれいで大きいと思ったこのホールが、あれ、こんなだったっけ?と思えてしまうのはなんでだろう。小屋入りしたとき、ホールのあちこちをじっくり見て、指さしながら、話したエチュードを思いだした。
 今日の「パンドラの鐘」は、大きく組んだイントレを縦横に使った、シンプルな装置。ムーブメントを多用したみやすい演出だった。反面、セリフがあまり届いてこなくて、難解な野田秀樹のロジックが伝わりにくかったと思う。
 ミズオを演じる構成・演出の方は、みごとな身体能力ですばらしかったけれど、やや前面に出過ぎだったかもしれない。座長の芝居としてのひっぱりかたが、役をおいこしてしまっていたような気がする。
 フチヤくんとオノサカくんは、それぞれ健闘。ひさしぶりに二人の芝居を見ることができてうれしかった。
 帰りに、メールで絶対王様の「猫のヒゲのしくみ」の台本を受け取る。池袋から西新井までのバスの中で、じっくり読む。おお、こういう役だったのねと、にんまり。さて、これからどんな準備をしていこうか。まずは来週の顔合わせが楽しみ。


2005年08月09日(火) カサとサギ

 雨が降るという予想だったので一日傘を持ち歩いた昨日。それでも、一度も降られることなく、傘も開かないまま。
 今日も朝からいい天気、傘はいらないと出かけたら、まんまとにわか雨にやられた。しかたなく傘を買う。帰る頃には、きれいに上がり、出先の置き傘にしてきた。
 今日行く予定だった「WE WILL ROCK YOU」は、明後日に変更。そのかわりといってはなんだけれど、クニオさんと新宿で待ち合わせ、食事しながら、芝居の話をいろいろする。「Four Seasons 四季」の感想も。どうもありがとうございました。
 読むものがなくなって買った「散歩の達人」。特集は「ミュージアム」。ほお、なるほどねえというところがいろいろ紹介されているのだけれど、よし、行くぞ!という気にはなかなかならない。
 そんななか、一度見てみたいと思ったのは、吉川の「サギ・ロード」として紹介されていた、吉川市の中川沿いに棲息する鷺たち。吉川は越谷のとなり。家の近くのいいかげんなドブ川にも、きれいな白鷺がきりっとした姿で立っているのを見たことがあるけれど、そうか、ここから来てたのかもしれない。
 自転車はちょっときびしそうだけど、電車とバスを乗り継げばなんとかなるかも。夏休み中の目標にしたいイベント発見。


2005年08月08日(月) 読書とテレビ

 仕事の行き帰りに読書三昧。森村泰昌「時を賭ける美術 〜芸術家Mの空想ギャラリー」。古今東西の名画を、彼の独自の視点でぶった切る評論、というか、読み物。取り上げられている名画について考えるというより、森村泰昌という人の言葉とセンスがとにかく爽快だ。岡本太郎の項の「『太陽の塔』は埴輪になったウルトラマンだ」という言い切り方に感動。
 井上ひさし「もとの黙阿弥」。今月、新橋演舞場で上演中の戯曲。大竹しのぶ、片岡孝夫(現、仁左右衛門)だから成り立っていた部分は、今回どうなってるんだろう? なんとか見に行きたいなと思う、大好きな芝居。名セリフの数々、作者独特の「演劇論」の展開もうれしい。
 昼間、越谷は雨が降って、涼しい夜。さすが立秋をすぎただけのことはある。ほんとにあてにならないよねと思う旧暦だけど、なんだかんだと季節感にはフィットしているのかもしれない。 参議院の解散のニュース、ヒロシマ・ナガサキのドキュメンタリーを見てしまう。こんなにじっくりテレビを見ているのもひさしぶりかもしれない。


2005年08月07日(日) 「Four Seasons 四季」報告会

 高円寺にて「Four Seasons 四季」の報告会。キャスト全員プラス、高市氏と水月アキラ。制作関係の数字の確認のあと、ひとことずつコメント。
 たまにつける日記だと、公演が終わったことのご挨拶というのも、きっかけとしてありなのだけれど、毎日書いている日記だと、なかなかどかんとしたことが書きにくい。なので、あえて書いてみるとすると……
 今回の「Four Seasons 四季」を終えての僕の感想は、初演の一昨年と今で「こんなに変わった」ということに気がついたということだろうか。演出も演技も、僕も、他のキャストのみんなも。
 初演の時に半ばいきおいでやってしまったことを、今回、勢いでなくつくりあげていくなかで、そんなことを何度思っただろう。前はこんなじゃなかったよなあと。
 僕は変わり続けていくし、昔のことをなぞろうとはこれっぽっちも思わない。あのときはよしだったことも、今は絶対に許せないということもある。その変化を確認する稽古と本番だったと思う。
 今、この時期に、そんな芝居ができてよかったと心から思っている。
 来年の8月の新作についてのプランを高市氏に話す。はたしてこれができるんだろうか? キャスティングはともかく、戯曲としては、成立可能なはすだと思う。どんどんつめて、書き始めていこうと思う。
 お疲れさまの乾杯のあと、いただきもののお酒をとにかく飲む。テレビでやっていた「特命課長 只野仁」の高橋克典を見ながら、わいわいしゃべる。あと、サッカーの日本vs韓国も。
 いろいろあったけど、こうしておいしいお酒を飲める今日があってよかった。
 ご来場いただいたみなさん、ほんとうにありがとうございました。
 僕の次の舞台は、絶対王様への客演、そして、年末のgaku-GAY-kai、それから先は、まだわかりません。
 役者としての出演がしばらくないあいだには、作家として、はやばやと新作にとりくんでいこうと思っています。
 フライングステージの公演としては、来年の8月までずいぶん間があきますが、楽しみにお待ちいただけたらと思います。ではでは……


2005年08月06日(土) 「かもめ」とネズミ

 ワカさんが出演している「かもめ」を見に、中野新橋まで行く。会場はマンションの一室。1時間40分に構成された台本。訳もほとんどおぼえている神西清版なので、なつかしい芝居に会いに行くような感覚。
 芝居は、なんだか微妙だった。「なんでこんなになっちゃったんだよお!」というかんじ。終演後、ワカさんにご挨拶して、そそくさと帰ってくる。飲みに行ったら、全部しゃべらないとおさまらないような気がして。演出家にきいてみたいというか、問いただしたいことがヤマほどある。
 むかし、銀座のみゆき館で同じ「かもめ」を見て、終演後、感想というか文句を大声でしゃべりながら歩いていたら、後から靴が飛んできた。芝居とは関係ない酔っぱらいが投げたものだったのだけれど(たぶん)、目の前の壁にバシンとぶつかって落ちた革靴のことは今も忘れない。今日の芝居は、もし靴を投げられたら、拾ってそのまま投げ返したくなりそうなもんだった。なんであんなになっちゃったんだろう?

 帰り道丸の内線霞ヶ関の駅のホームで、小さなネズミがホームを歩いていた。
 体長5センチほどの子ネズミ。長いしっぽの先には、アスファルトのようなかたまりがへばりついていて、両方の後ろ足もいやな黒いもので覆われている。
 黄色い点字ブロックをなぞるようにまっすぐ歩いているネズミは、耳が聞こえないのか、近づいても逃げない。ただ、まっすぐ歩いている。どこにいくんだろう? こんなカラダでだいじょぶなんだろうか? こんな時に限って何も入ってないバッグに、それでも干し梅があったので、食べるかな?と前に置いたのだけれど、見向きもしないで歩いていく。
 なんだか、参った。声をあげて泣きそうになってしまった。でも、ネズミはまっすぐ歩いていく。ホームのはしまで行ったらどうするんだろう?と思いながら、背を向けて、歩き出して、乗り換えの電車に乗った。
 


2005年08月05日(金) 盆踊り

 稽古のない夜、仕事のあと、まっすぐに帰ってくる。ひさしぶりに乗るバス。冷房の風をもろに受けながら、のんびりと景色をみながら帰ってくる。
 どんどん夜になっていく街が、みょうに身近に感じられる。ふと降りてふらふら歩いてしまいたくなるのを我慢する。
 西新井近くの交差点、大きなやぐらを組んで、盆踊りがにぎやかに。町内会ののどかなノリ。ゆったりとおどるおばちゃんたちが夢のようだ。
 お盆を境に、夏の暑さもひとだんらく。むしむしした暑さの合間にふとふく風がどこか涼しくなっているのを感じる。早く、そんなふうにならないかなと、蒸し暑い夜に思う。


2005年08月04日(木) 猫とセミ

 朝方、窓の外で猫が鳴いている。網戸を開けてカラダをのりだしたら、物置の上にいるのが見えたので、下に降りて、抱きかかえて、部屋に入れてやる。
 と、何かが網戸に当たる音。この音はセミか? 網戸を開けても何もいない。でも、まだ音がするので、まさかと思ったら、窓際のソファベッドの枕のそばにセミが正座していた。というのは、おかしな言い方だけど、一瞬そんな気がした。5センチほどのこぶりなアブラゼミ。つまんで外に出そうとしても、タオルのループに足がひっかかってなかなかとれない。セミはあばれるでもなく、じたじた足を動かしている。ようやくつまんだセミは、とてもかろがろとしていて、その軽さがとても新鮮だった。窓の外に話してやったら、短く鳴いて飛んでいった。「Four Seasons 四季」であゆみちゃんが作ってくれた音とそっくりで、思わず笑ってしまった。
 猫は、夏の暑さのせいか、すっかりおとなしく、「いい猫」になってしまっている。母親は、「前はあんなにきかなかったのに」と不思議がっている。人二人との生活に慣れたということだろうか? あまり鳴かない猫だったのが、この頃は、顔を見上げてニャアとよく鳴く。意思表示か?
 これだけ、家族の一員となっている彼だが、実は、裏の家には毎日のように上がり込んで、ご主人の膝の上で丸くなって寝ているらしい。ひとなつこくなったのは、もしかするとそのせいかもしれないと、ちょっと淋しい気持ち。


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