|
2003年01月09日(木)
数年前、私は私の友人の中で一番の読書家であるユリカ嬢に尋ねた。
「最近のオススメの本って、何?」
「ん〜、森絵都って人の『カラフル』かな?」
だがその時は、結局別の本を購入した。
そして昨日、たまたま出かけた本屋で、たまたまその本を見つけた。
財布は淋しいが、此処で買わなかったら、きっとこの本を読む事は無いんだろうな。と、云う予感めいたモノを感じた私は、それを手にしてレジへと向かった。
それから一日経った今日、学校から帰ってやる気の無い夕食で腹を満たした後、その本を読み始めた。
読んで、良かったと思う。
私は、「時が満ちる」と云う表現が好きだ。
今、この時にこの本を読んだ事には意味があると思っている。
今より早くても、逆に遅くてもいけないと云う、絶対的な時間の一致性、一期一会。そう、もっとありふれた言葉を使うなら、運命でもいい。
いつもなら、そう考える。
けれど今回は珍しく、「勿体無い」と思った。
ユリカ嬢から紹介してもらってから、この本を手に取るまでの、その時間を。
別の友人から紹介された小説に、『キノの旅』と云うライトノベルがある。
そしてその本の1巻に「世界は美しくなんかない、そしてそれ故に美しい」と、云う言葉が綴られている。
『キノの旅』もなかなかだったとは思うが、私はこの『カラフル』の描く醜さと美しさの方が、印象深く、色鮮やかに感じた。
対比でしか本を批評できないのが、文学部の学生として甚だ口惜しくは感じるけれど。
私の知っている『キノ』ファンへの挑発も込めてこう書こう。
『カラフル』 なんて美しい物語だろう。
ユリカ嬢、これを教えてくれてホントにありがとう。
|
|
|