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2002年10月12日(土)
第二、第四土曜日は読み聞かせの日。
まだ1年にも満たないこの習慣が、此処まで私の中で重要な位置付けを得るとは自分でも思わなかった。
しかし、思い返してみれば。 読み聞かせやストーリーテリングの面白さの体験は、私が小学生の時まで溯る事が出来る。
あれは趣味だったのか、それとも学校の方針だったのか、今となっては分からないけれども、私の学校では先生達が授業中にその授業とは関係無いお話を、私達に語って聞かせてくれた時期があった。
特に覚えているのは書道の先生のストーリーテリングと、理科の先生の児童書の読み聞かせ。
書道の先生は、授業が終わる少し前に日本の恐い話(笑い話もあったが大体恐い話が主だった)を、その静かな深いバリトンで語ってくれた。
タイトルは覚えてないけれど、化け猫の仇討ち話だとか、肝試しに行ったお母さんが幽霊と間違えて自分の赤ん坊の手を切り落としてしまう話。 「飴買い幽霊」と云う昔話も、この先生から初めて聞いた。
ストーリーテリングの授業で、「子どもは恐い話が好き」と云う話を聞いたが、確かにあの時、「恐い話と面白い話、どちらが良いか」と問う先生に、大半の生徒が毎回、「恐い話!」と叫んでいたのを覚えている。 「聞きたくない子は耳を塞いでなさい」 なんて言いながら、その先生は話し始め、私達は息を潜めながらそれに聞き入っていた。
理科の先生は、一年かけて児童書を一冊読んでくれた。 授業が早く終わったときしか話してくれなくて、結局最後まで読み終える前に、学年が変わってしまった。
タイトルも、ストーリーも殆ど覚えていないけれど、それを愉しみにしていたのだけは今でもおぼえている。
私は、どちらかと言えば「子ども嫌い」なタイプに属する方だ。
幼い頃は、6歳下の三女の面倒を次女に押し付けて、自分は一人で黙々と遊んでいたし、今でも小学生なんかの生意気な発言を聞く度に、眉根を寄せてムッとしたり、内心鼻で嘲笑って馬鹿にしてしまったりする事の方が多い。
そんな自分が、読み聞かせと云う子どもと接する事に熱中するのは、その小学生の時の記憶が強く残っているからだと思う。
聞き手から読み手へと、その立場は変わっても、同じひとつの物語を共有するあの感覚が好きだからこそ、今の自分がいるのだ。
今日の読み聞かせは私を入れて四人が参加するハズだったのに、その内の二人がドタキャンし(しかも一人は欠席の連絡すらくれなかった)そのいい加減さに無用に腹を立てたり、紙芝居をやってる時にその裏側に遊びに来てしまうやんちゃなお子様を非常に邪魔に思ったりと、なかなか思う通りに行かない事があるにはある。
けれどもそんな不都合も鼻で嘲笑ってやりながら、私はノロノロと走る世田谷線の景色を眺めて図書館へと行き来するのが、結構気に入っていたりするのだ。
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