TOHGA嬢の生活



君を永遠に…

2002年02月07日(木)

 今日は、我がマブダチの70チャンと久しぶりに会って、カラオケなどをして時を過ごしました。アタシはマイナーな歌しか歌わないので、気の置けない(置かな過ぎと云う説もあるが)人とのカラオケは非常に楽で好きです。
 初めて宇多田ヒカルの「travelling」を歌ってもみましたが、サビのブレスがキツかったです。歌手の肺活量、侮り難し…。

 その後はゲーセンに行って太鼓ゲームとDDRをプレイ。やはりDDRにはパンツルックが必須条件です。て、云うか。なんでゲーセンってああも蒸し暑いんでしょうね? ゲーマーには寒がりが多いのか? 

 更にその後はウィンドウショッピング(スカートをひとつ買いましたが)→コムサの隣にある喫茶店でケーキとホットミルクを味わいながら御歓談…。

 小一時間、其処でねばって解散と相成ったのですが…。

 しばらくして、無性にお酒が飲みたくなりました…珍しい事も或るモノです。

 しかし、イキナリのアタシの我が侭に、某氏は明朝に控えたテストを理由に断り、イケタニ氏は静岡に帰省中を理由に断り(就職、頑張ってくれ そして東京に帰ってきてくれ いや、マジで)さて、それでは…(しばしの思考)第三希望として最近BARに入り浸っていると云うD氏に相手をしてもらおうか…。と、考えた処で諦めました。思えばD氏とサシで飲んだ事もなければ、そういやここ三ヶ月メールすらしてないじゃん、などと思い出しましたので…。

 でもやっぱりお酒は飲みたかったので。アパートの本棚に以前購入したカクテルの本の存在を頼りに、自宅で飲む事にしました。

 ニコラシカとディタ・グレープを作るために、ブランデーとパライソを購入。
あ、今カクテルに知識にある貴方が思った事、分かります。
「そのふたつなら、別にレシピあってもなくても同じじゃないの?」
 まったくもって、その通り。

 しかし二十歳になって早や半年も経つくせに、何故酒瓶二本をレジに持ち込む自分に、後ろめたさを感じるのでしょうか?
 乙女心とは複雑ですね☆(←これはあまり関係無い)


十二国記アニメ化

2002年02月06日(水)

 どうやら小野不由美の「十二国記シリーズ」が四月からBSTVでアニメ化されるらしいと云う情報を耳にした。

 「十二国記」は、ホワイトハートと講談社から発行されている、異世界ファンタジー物語の事。これを知ったのは中学生時代で、山田章博の細やかな絵に惹かれつつも無駄に小難しい文章(主に使用漢字)に四苦八苦したのを覚えている。

 にしても、アニメ化ねぇ…。

 何か感慨深いモノを感じてしまう。

 まぁしかし、最近は原作とアニメ、もしくは映画など。オリジナルとコピーは似て非なる別物として捉える事にしたので気にしない事にしてみる。

 原作と○○化(映画・アニメ・ドラマ・漫画・小説・etc)された作品は比較される運命にあるのが避け難い事であることは重々承知しているが、最近はそれにある程度以上の価値と意味を見出せない今日この頃を過ごしている。

 何故か、「昔は良かった」とか無意味な愚痴をこぼす懐古主義者と、それら(主にコピーの方)を否定(批判)する者の姿がダブって見えるからだ。

 以前、とある音楽教師が良い事を言っていた。すなわち、
「音楽とはその場所・その時限りの、一時性の芸術である」

 つまり、「楽譜」「楽器」「言葉」の状態である、音楽では無い物を、演奏する事によって初めて、それが音楽足りうる、と云う事。そしてそれら自体は同じであっても演奏する人や、場所や、状況によって変化し、まったく同じなモノは存在しない。と、云う意味らしい。

 しかし、これは音楽以外の対象でも云えるだろう。
 例えば、原作が「楽譜」であり、○○化が「演奏」
 例えば、原作も○○化もひとつのテキストとして捉えれば両者が「楽譜」となり、それを鑑賞する私が己の中で自分なりに見聞したものを解釈する事を「演奏」と捉える事が出来る。

 うーんちょっと展開が強引過ぎるような気がしてきた…。
 以上の戯言に、だから何なのだと問うなら、取り敢えずこう答えよう。

「要はそれを楽しめれば良いのよ」

 < あの時、ああしていれば…  …見る?  この時は知る術もなかった… >


TOHGA [はい、もしもし?] ここで逢ったが
人目!!