眠
眠る事は許される事に似ている。 目を閉じてリセット、と迄は行かないし望んでもいないからそうはならないが、何かを止め何かを切り何かを捨てることまでは恐らく出来る。仮令再び目を開いたその瞬間に全てが揺らぎなく変わりなく元通りであるとしても、目を閉じるその瞬間は自由意志による開放であり束縛である。 耳が痛くなるほどの静寂ではなく、歌詞の無い音楽か風の音可能ならば雨交じり、それに誰かが頁を捲る音(それとも最近はキーボードを叩く音とでも言うべきだろうか?表現としてはあまり文学的ではないが、音としては文学的かもしれない。視覚的には好みとしか言いようの無いタイプライターは恐らく聴覚的にうるさすぎるだろうから。)を聴きながら、眠りに落ち続けることを夢見て目を閉じる。私が誰かに望むことなどそれだけのもので、そして今の私にはどこに手を伸ばせばいいかわからず、何より贅沢なものに見えるのだ。 まどろみは幸福、夢は醒めることを前提に軽く優しい、そしてだからこそ覚醒は強く寂しいものである。春の夜一人で目を瞑り、夢うつつの中で祈れば君に聞こえなくていいだろう。 --- 会社にフリーのグループウェア導入開始。責任者自分。既に仕様変更・追加要求が数点。私のJavaレベルはHelloWorldだと知らない人と知っている人両方から。…自分がユーザ側だったら同じ事をするだろう、と思う。嗚呼人って我侭だ。
2004年04月12日(月)
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歌
DA PUMP。 ファンクラブイベント、と言うのに初めて行って参り候。ライブ等もそうそう行く方ではないが、本日は母親のお供で候。…確実に親子年齢がどこか一部逆転している気がするがまあいい。本日のポイントは「胸元〜♪」ですかやっぱり。DA PUMPの中ではSHINOBUが好きです。←これ自体も自分としては結構珍しい気がする。 舞台だのライブだの行くのは、行くまでが大変な自分。行ったら行ったで楽しいのだが、行こうと決めるまでに時間がかかる(しかも大抵の場合やめてしまう)。自分が立つほうになるのはもうなさそうと言うよりも無理そうだ。今思うとやっぱり立つより照明が楽しいよなー(それもどうか)。相変らず会場行くとゼラだの機材を見てる自分がいます。未練がましいのだかなんなんだか。
2004年04月11日(日)
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茶
最近は色々出ていて楽しい。 が、味は大してよくわからない。なんとなくデザインとかなんとなく雰囲気とかなんとなく体によさそうとかで選択。 -- 書く事が無いので、掲示板と同様日記の方も作りかけでお茶を濁そうかと。 恐らく私は1990年代ではなく、2000年代を我らが時代と言うべきなのだろう。だが、そこにある響きは雲泥の差である。我らが2000年代にあらず、我らが1990年代にあるその郷愁の切なさと懐古の甘さは、今や得がたいものとなり、その希少価値がために私は1990年代を偲ぶ道を選択する。閉じた世紀は始まった世紀よりも、鮮やかに近い。我らが時代と声高に叫べ、失われたものに栄光を。 -- …これで何を書こうとしてたんだろうか私は。
2004年04月10日(土)
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