思いつき日記
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2002年04月11日(木) 20年前の航空写真

「○○さん!これって借りてもいいんですかねー?」
部下が不意に私に尋ねた。

「△△さんに聞いてみて!」
庶務課のIさん(性格よろし)に伺うよう指示。

無事借りることが出来たらしい…

今日は一日14時間会社に拘束!
なんだかんだ言ってとても忙しい。
昼休みの時間さえ取れない状況。

部下も上司も私も皆、疲弊しきっている。
そろそろ退社の時間という時に部下が何気なく20年前の航空写真を広げた。

「俺の家の周りはどうなっている?」

「あれ?まだこの会社あるよ!」

「俺の家まだ立っていないし…(荒涼とした土地があるだけ)」

「すっげー。小学校まだ旧校舎あるよ!」

「ていうか道路出来てないよ…。」

その写真の周りには笑顔と思い出と封印されていた数々の記憶と。
それぞれ皆、何かしら記憶の片隅に追いやられていたことを
口にして、あの時の自分を懐かしんだり…いい雰囲気だった。
疲れきって眉間にしわを寄せていた面々にも和みの空気が流れた…

ふとしたきっかけでもう一生思い出しそうも無い記憶が蘇ると楽しい。
部下の他愛も無い思いつきに感謝。

あの頃私は…


2002年04月10日(水) 初物

友達から山菜が届いた…
『こごみ』と『たらの芽』。

さぁ東の空を見て笑おう!

しかし節のものを食べれるというのは幸せなことで。
ありがとう。

「この感動を誰に伝えたいですか?」
「えっと…」
「…(誰なんだ?)」






















「ラッキー池田さんに!(この人どこへ消えた?)」
ていうかツマラナイよこれ!ぜんぜん落ちてない!とほほ。疲れているなぁ。


2002年04月09日(火) お疲れモード

クタクタになって帰宅。
小腹がすいたなぁ…
冷凍のたこ焼きを発見!
つい食べてしまう。

お腹が満たされるといつの間にやら夢うつつの世界。

…なにやら私は怒っている。
しかし冷静に何かを伝えている…

今日の出来事に由来する夢であった。
私は部下にお疲れ!の意味をこめて(それ以上の意味は無い)ジュースを奢った。
部下はお金を私に渡そうとしていた。

私は厳しい表情で(気持ちだけ。実際は厳しく出来ない)諭した。
「いいかい。上司の私にそんなことをすることは無いんだよ。」
「君は私にしてもらったことをこの先君の下についた人に返してゆけばいいのさ」

なのに部下は私の机にお金を入れておいた。
これはしてはいけないことだ。
そんなフラストレーションを体現したような夢だった…

ってこんな考え方ってファシストでしょうか?傲慢?いにしえの人?


2002年04月08日(月) 疲れ

憂鬱な人に言いたいことはただ一つ。「遠くをごらんなさい」。
憂鬱な人はほとんどみんな、読みすぎなのだ。
人間の眼はこんな近距離を長く見られるようには出来ていないのだ。
広々とした空間に目を向けてこそ人間の眼は安らぐのである。
夜空の星や水平線を眺めている時、眼はまったくくつろぎを得ている。
眼がくつろぎを得る時、思考は自由となり、歩調は一段と落ち着いてくる。
全身の緊張がほぐれて、腹の底まで柔らかくなる。


今の自分にジャストフィットな言葉。
ホント遠くを見にあの場所へ行こうっと。
疲れているんだよねー。最近。
よし。晴れたら明日は海か、山へ行こう。

でも最近は春霞が強くて遠くまで見渡せないのですよね。
桜はもう咲ききってしまって後は散るばかりの状態だし…
緑萌える山を見ることが出来るようになるのもあとほんの少しばかり。


2002年04月07日(日) 人生はビスケットの缶

「ビスケットの缶にいろんなビスケットがつまってて、好きなのとあまり
好きじゃないのがあるでしょ?それで先に好きなのをどんどん食べちゃうと、
あとあまり好きじゃないのばっかり残っちゃうわよね。私、辛いことがあると
いつもそう思うのよ。今これをやっとくとあとになって楽になるって。
人生はビスケットの缶なんだって」


「若いうちに苦労は買ってでもしなさい」よく言われたことですが、
こんな文章に例えられると納得してしまう…

私はどちらかと言うとある面については自分にとても甘く、ある面については
比叡山の修行僧?ってくらい自分に厳しかった…

これからはある面においては、死ぬほど苦労するのだろう。
またある面においてはウハウハなことが待っているのかもしれない。


2002年04月06日(土) ホクロ

一昨日のとても四月とも思えない温かさから一転昨日今日と肌寒いくらいの
天候!いかがお過ごしでしょう。

雨が降った。折角の満開の桜が散ってしまうのではないかとハラハラドキドキ。
外国産の花のように『ピンク』とはっきりとはしていない、まさしく日本の
奥ゆかしさを体現したような色使い!←最近の人ときたら奥ゆかしいとは…

誕生日ころに満開だなんて今まであっただろうか…とにかくこの28という年は
いい年になりそう!

今日は仕事面において追っかけ引っ掛け問題が続出しまして。
いい経験させてもらってます。

鬱憤を晴らすかのごとく水泳へ。
人も多すぎず少なすぎず。がむしゃらに泳いだ。

夕食。きしめんを食べた。
そしたら自分の肉まで食べてしまい
…つまり口の中を思いっきり噛んでしまった…
これ以上食べる気が無くなって来た。だって昨日噛んだ所をまた噛んでしまった…
これはもしかして肥満の道への生体防御反応か?(考えすぎ)

ゆったりお風呂。そこで今日一のびっくりした事!

なんと左腕の内側にいつのまにかほくろがぁ。

今まで何で気付かなかったのだろう?不思議。
ほくろが出来る瞬間っていったいいつなのだろうか?
とても気になる…

私は顔にホクロがあるのですが、それが何時出来たのかは全く未知の世界、
あなたの知らない世界、未知との遭遇…つまり幼稚園のころは無かったのに
いつの間にか出来ていまして。

顔に出来たのに全く何時出来たのか分からないって(私ときたら。てへ)

ホクロにはいつもビックリさせられる…


2002年04月05日(金) PCを使えば可能か?

ある本を読んでいてこんなことが書いてありまして。

コンピューターミュージック創生期、パソコンにバッハの曲を後ろから
演奏させたりして遊んだ…


ピーンと来た。閃いた。はっちゃけた!これだ。

CDの楽曲提供においての話題作りにもってこいなのでは。
つまり、シングルを出すのに、A面を普通に製作そしてA面の後ろから
演奏したものをB面の曲に使う。(もちろん歌詞は変える)

どうでしょう?この戦略。もちろん製作側からのコメントは一切なし。
誰かが初めて気付き、そして噂が口コミで広がり売上が加速してゆく…
そう上手くはいかないかなぁ?まあ、噂を意図的に流すのもアリでしょう。

天才でもない限りこんな楽曲を作ることは難しいか?
うーん、作ってみたい。無理か?

ていうか話題にはなるだろうけど、曲、詞、アーティストすべてに何か
訴えかけるものが無いならミリオンは無理かなぁ。

…連想力を鍛える!それが今の課題!


2002年04月03日(水) 28

続き

「あーあ、よく寝た。」
背伸び、アクビ。

「どれそろそろ帰ろっかな。」と思った時はそろそろ薄暗くなる6時半くらい?

1人でキコキコ、マイぽるしぇを走らせる私。帰宅途中、何故か父親が
すぐそこまで迎えに来ていました。

「どこ行っていたんだい?」
父はニコニコしながら聞いてくる。

「ブーブ。」「あっち。」
(いや、あっちの車置き場で遊んでてさ)

「何してたの?」
ほっとした表情だ。

「ねんね。」
(だから、車置き場で昼寝してたんだって)

「そうかー。うちに帰ろうね。」

「うん。」

皆と一緒に行ったのが2時過ぎくらい(ちょっとここらはあやふや)で、
6時半までいなかった訳で。周りでは私が行方不明になったということで
大騒ぎだったらしい。父によると私があまりにもニコニコして満足げに
帰って来たので怒るどころか、笑ってしまったそうです。
警察に行くかと言う一歩手前まで話は進んでいて。

私は当時、県営住宅に住んでいたのですが、住人皆で探していたそうで。
O君たちも始めは分からないと言っていた(そりゃそうだわな、だって私が勝手に
ついていって勝手に遊んで勝手に昼寝してたんだもの。O君たちは行方など分かる
わけ無いよね)そうですが、「そういえば俺たちについてきたな」と言ったから
父が私の近くまでやって来ていて会話部分になったらしいのです。

実はこの話は私が2歳3ヶ月の時の話でして。
最後の会話の部分。実は自分ではカッコの中の言葉を言っていた
つもりでした。最近この話になって、聞いてみたら全然会話してなかった
らしい。(そんなはずじゃなかったのに。てへ)
 
初めて自分の意志で外に遊びに行った日。
後で、どこかへ行く時はちゃんと言ってからにしてね。と言われた。

しかし、この話を人にすると信じられないと皆、口をそろえて言います。
こんなに昔のことをはっきり覚えているのと言うのはおかしいのでしょうか?
ていうか、うちの家族は私の話、話半分で聞いていてムカツク。(なんてね)

私も覚えていると言う人、今すぐテレホン、メール、糸電話。よろしく。
イイやあんたは変だと思う人、今すぐ交換日記、伝書鳩、飛脚。よろしく。
感動したよと言う奇特な方、今すぐ…思いつかん。

小さい頃の方が今に比べて断然大人っぽいのはどうしてだろうか?
私はどんどん、悟りきった聖人から子供へ戻ってきている気がする…
イカンイカン。幼児帰りしないように気をつけるくらいなら出来るかな。

……

今日とうとう28才になってしもた。

最近仕事において充実している。
一生懸命全力でぶつかった時の爽快感。
責任を与えられて、それをこなしてゆく充実感。
今は結果は全くと言っていいほど現れていないが、やっと社会に貢献している
気分になれている。今まで誰かの陰に隠れどこか依存していた自分よさようなら。
やっと独り立ちできて辛いが楽しい。

今後の抱負。
子供の頃から自分の未来というものは想像できない人だったけど、
社会でどう評価されようとも、自分の信念は曲げず生きてきた。
とにかく品格を下げるようなことはしたくない。

他人に自然に動物に自分以外のものすべてに誠実でありたい。


2002年04月02日(火) 疲れているけど充実している今日この頃

続き

当然廃車の中へ。
ハンドルを握って運転している妄想をする私。
アクセルを踏んで…届かない。クラッチを切って…届かない。
ギアを動かすふりをして…どうするのかよくは理解していない。

しばらくそんなことをしているうち、眠くなってきました。
初夏の気持ちイイ天候の中、ポカポカとした車内は絶好の昼寝ポイント。
寝ちゃったね。速攻。(もちろんのび太君並スピードで)

続く

……

四月に入ってから忙しすぎる。
せっかく昨日はエイプリルフールだったというのに、ウソ全然つかなかった…
ていうかウソ日記書きたかったなぁ。(といっても抜群の書き込みは無理)

疲れた体を持て余しながらふと目に入った桜はもうほぼ満開。
やけに綺麗で。今日一日の中で受けた他人のやさしさの数々を思い出しながら
ついつい感傷的な気分になってしまった…


2002年03月31日(日) 遠き日の思い出(会話によって思い出したもの)

私はその日、近所のガキ大将O君とともに遊んでいました。
正確にはまざっているふりをして、自分の好き勝手にやっていたのですが。←B型
でも当時は皆にまざって遊ぶのは常識であり、ルールであり、ステイタスであり。
家でゲームとか(無かったけど)なんて情けないもののすることでありました。

近所のガキ大将その他もろもろは自転車。
私は足こぎ車。(それも、高級車ぽるしぇ)

「おう。そっちいくぞー。」号令をかけるO君。
「へい。」と言ったかは忘れましたが、従う皆の衆。←皆の衆って…

私は一人前の振りをして、皆について行きました。
実は私なぞ、そのグループにとってアウト・オブ・眼中でしたけど。←伏線

一生懸命、私はついて行きました。でも橋の途中(急斜面)停まってしまい、
のぼれなくなってしまいました。
「おまえみたいなアブラムシ、ついて来るな」と言っていたO君も
この時は後ろから押して助けてくれたり。
(昔の子供のガキ大将はガサツだったけど優しさもあったなぁ)
でも足手まといな私は途中で置いてきぼりを食いました。
 
まあ、最初からこうなることは薄々気付いていた…仕方がないので
私は一人で大好きな車(当時から好きだった)がある、廃車置場へ向かいました。

続く

……

出会いと別れの季節。
5分咲きの桜がやけに胸に心に響く今日この頃。

……

http://www.recruit.co.jp/chanto/index.html
これ面白そう。


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