思いつき日記
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今晩の食卓は方言話で盛り上がりまして。
祖母と母親の会話の端々に出て来る方言の数々。 面白い。
とそんな中、母親がこんなことを言い出した。 小さい頃、作文を書く時にどうにもこうにも書けなくなる時があったらしく。
それはこんな言葉です。 「おどっつぁ(父親のこと)」 これは確かな表記なのかは実は分かりません。 どうにも表記するのが難しい発音なのです。
そんなことを話しているうちに私も小さい頃、作文を書く時に違和感が あったことを思い出しました。
そこから私は標準語と私の話している言葉の違いというものを理解していった のかもしれません。いやむしろ余計分からなくなっていったのかもしれない…
ほんとに、その昔、自分の日常使っている言葉を作文に書こうとすると変に なってしまいまして。標準語の表記と実際の言葉との乖離。
ここから導かれたのはわが地方の人達は小さい頃から頭の中で自動翻訳が なされていたのでは?ということであります。
例えばこんな会話文。 「遊びにいぐべっつったんだけどもー、いっきあえなくってよー…」 という方言丸出しの会話文を文章にする時に、 「遊びに行こうと言ったのですが、(偶然)会うことが出来なくてさー…」 と自動的に頭の中で翻訳していた…
よく考えると凄い。英語の同時通訳並み!
そういうことが自動的に為されてしまっている現実!
自分で「標準語との違いを分からない」というわが地方の人にありがちな状態は こういう小さい頃からの自動翻訳の積み重ねが頭の中であまりにも自然に なされるので何が標準語か分からなくなってしまっているのではないのだろうか?
これが今日気づいたことであります。これがわが地方に蔓延している方言を 方言とも感じない脳内麻痺症状の元凶なのではないのだろうか!
♪ちゃちゃらちゃんちゃんちゃちゃららら ららーんらん♪ キンモクセイ「二人のアカボシ」
職場で着メロにしている人がいまして。 それが、周りを気にしない人で音が大きい。 まあ、そんなことはどうでもいいことですが。
ちなみに歌詞
夜明けの街 今はこんなに 静かなのにまたこれから始まるんだね 眠る埋立地(うみべ)と 化学工場の 煙突に星が一つ二つ吸い込まれ 沢山並んだ 街の蛍達も 始まる今日に負けて見えなくなってゆく 君とも離れることになる
あの高速道路の橋を 駆け抜けて君つれたまま 二人ここから 遠くへと逃げ去ってしまおう“か”
消えそうに欠けてゆく月と 被さる雲はそのままに 二人のアカボシ 遠くへと連れ去ってしまおうか
橋の継ぎ目と 二人に届く 電波には懐かしいあのメロディーが 聞こえてるかい? みだれ髪に しみるようにミヤウジヤウ ハルカカナタへ 見渡せば青く続く信号機が 二人の想いを照らせばいいのにな 明日の僕らは何処にいる?
また今日も汚れていく街は 蝕む煙を吐き出す 君の知らない遠くへと連れ去ってしまおうか 瞬かない星が一つ 夜明けの街に消えてゆく 二人ここから 宛てのない明日を探そうか
僕の決意と伝えきれない 想いが街の音に消えないうちに 朝焼けの水蒸気が 隣の空を彩る 懐かしいメロディーは 風と共に終わる 君の髪の毛が震えてる
あの高速道路の橋を 駆け抜けて君つれたまま 二人ここから 遠くへと逃げ去ってしまおうか
さようなら街の灯りと 月夜と二人のアカボシ 最後の想いは 君が振り向く前に話そうか
夜明けの街…
その着メロ音のうちの上記太字のところなんですが、どうしても気になって…。 その作成音が半音下なのでありまして。 とても気持ち悪いのです。彼の携帯が鳴る度に気になる…
話はちょっと変わりまして。 “絶対音感” 最相葉月 著 この本を読んで、その中より“そう、そう”と思えた部分を書き出してみます。
NHK交響楽団の首席フルート奏者の小出信也さんより
「(音楽が)ほかの調子にアレンジしてあるならかまわないのですが、 レコードの回転数が狂っていると、もうお腹がよじれそうになります。 細かいことは気になりませんが、知っている曲の場合は頭の中に 何調ということがインプットされているわけですから、調が狂うと ものすごく気持ち悪い。………」 これ、ものすごく良く分かります。私もそうです。私の場合は調が変わっている のも気持ち悪いのですが。分かりやすく例えを挙げると、 “咲いた咲いたチュウリップの花が…” という曲ありますよね。これはドレミドレミソミレドレミレ… という音なのですが、これがソラシソラシレシラソラシラ… と調が変わっていて曲的にはオッケイなのですが私はダメ。違和感ばりばり。 ホント気持ち悪くなります。
ましてやレコードの回転数が狂っているだなんて、信じられません。 昔、よくこういう嫌な音に出会った場合「気持ち悪ーい。」 と私は主張するのですが、周りの人は全然平気みたいで「何いってるの」 みたいな顔つきで私を見ているだけでした。 ほんと何故耐えられるのか私には全く理解できませんでした。 変かなぁ。良かった。同じ感覚の人がいて。
ちょっとでも違う音だと違和感が発生してしまうこの耳って…
たくさん寝た。びっくりするくらい。 調子悪い時は何はなくとも睡眠。
起きたら12時過ぎてた。寝すぎ。 今日は休みだったので、祖母も来た事だしご飯につれて行くつもりだった… 時計を見て正直焦った。12時を過ぎている!もう祖母はご飯を食べてしまった だろうか?
飛び起きて(と思ったけど少しフラフラしている)現実にはのそのそと起き出し、 下へ。
「おはよう〜」 「あら起きたのかい?体はどうなんだい。」 「うん、大丈夫。」
自分より他人。そんな思いやりのある発言。心の琴線に触れる。
「飯は食ったの?」白々しく。 「まだだよ」
ラッキー!心の中でガッツポーズ。 ということで早速お昼ご飯へ。
「どうする?ジャガイモの店と蕎麦とどっちがいい?」
祖母とはジャガイモの店に二回行っている。 そして今日はこの前に私が見つけた蕎麦の店を勧めてみることにした。
「蕎麦にしようかね」 私の強い勧めもあったからか、蕎麦にすることに決めた。 というか多分私の連れて行きたい方を見抜かれてそちらに決めたのだろうと 今になって思っている…
おいしそうに食べる祖母。 この笑顔を見れただけでもう満足。
「あの人も蕎麦が好きでねえ」 亡き祖父もどうやら蕎麦が大好きだったらしい。 私は自分でも他人にもよく言われることだが祖父に似ていると思う。
「よく『ばあさん打ってくれや』といっていたもんだよ」 祖母は昔、蕎麦を打てたらしい。もう最近は体力が落ちて辛いらしいが…
「ねえねえ、じいやは嫌いな食べ物あったの?」 「なかったよー。」 やはり似ている。
想像以上に喜んでもらえた。 たくさんお世話になった祖母。 こんな笑顔を見れたのはとても嬉しい。かけがえの無い笑顔。
どうにもこうにもまこっちゃん。 今回のインフルエンザ君は強力!
のどがまだ痛いなとは感じていたのですが…また熱が出まして。 だましだまし仕事をこなしていたのですが、部下が出来ると大変であり。
つくづく一番下で働いていたころの気楽さを思い知っている今日この頃。
祖母が家にきまして。 せっかく歓迎会をするために予約まで入れていたのに、私のおかげでお流れ。 まったくもって申し訳ない。
祖母は今年88歳。久しぶりに会ったのですが、心なしか小さく見えた。 でもまだまだ元気みたいで安心しまして。
……
うーん調子悪い。もっと書くべきことがあるのに。
この頃、色々人生において大切なポイントに差し掛かり、自分がその中に いるのだと自覚出来るようになって、さらにそこから自分の意見を言ったり、 人の意見を聞いたりと勉強になることばかりで。
摩擦が起きたり、ぶつかり合ったり、問題としている所が表面化したり。 人生あはは、おほほ、出来る事なら楽しく暮らしたい。 しかしそうばかりはいかないのであり。
問題が発生した時。その時こそいろいろな人の知恵を借りたり、 一番良いと思われる所を求めて。いつかは切実に慎重に決定しなければならない。
そういう時の対処の仕方を見ているだけでも違う。 また実際問題にあたった人は一番より良い解決法を見つけることが出来る。
もしそれが間違ったものであったとしても、修正できるようなフレキシビリティー は持っていなくてはならない。
……
★S
彼女とプラネタリウム行けなくて終わったと思っていたら、 ちゃんと繋がっていたらしい。流石だ。
久しぶりに飯を食べた。 …とそれが原因というのは当たらずも遠からずで彼女とトラブってしまった。
私との約束のほうが先で、彼女からその後誘われた。午後からにしようと 提案したにもかかわらず怒ってしまった…
A型の女の人の典型例だなぁと思った。 取るに足りないことで怒ってしまう。
私はSに諭した。私との約束は後回しでもいいんだと。 ドタキャンしたからってそんなことで怒るような私ではないんだよと。 付き合い始めて大切な時期なんだから…
しかし、私としてはこういう女の人はパスかなぁ。 こういうことが私からA型の女の人を遠ざける大きな理由のうちの一つである。
でも“天才”AB型を作るのなら必要な血だけど…やはりパスかなぁ。
なんてこんなこと考えているうちは本気で人を愛していない証拠なのかも しれない。
★手紙
手紙を送った。返事はこなかった。 体の中の何かが欠落して、そのあとを埋めるものもないまま、それは純粋な 空洞として放置されていた。体は不自然に軽く、音はうつろに響いた。 前にもまして読書に励むようになり、仕事の役割が増えた。ますます他人とは 深いかかわりを避けて、家族に安らぎを求めた。
なんだか遠い自分を見ているような文章…
あれからどれくらいたったのだろう。 あの人は順調に着実に一歩ずつ歩いている。 そんなあの人の生きてく証みたいなものを見ることができた。
もう関わらないと誓ったからにはもう二本の線は一生平行線のままだけど、 陰ながら応援している今日この頃。
元気になってきているみたいでうれしい。
……
声が出なくなってもうた。言い過ぎ。変な声になってもうた。 人のことを言っている場合では無かった。 こんなことは初めて。しかしだいぶ元気。
仕事が楽しくて仕方が無い。 『営業は普通職よりもやりがいが二倍』 人生の先輩の言葉。
そのことを実感するまでは絶対に辞められない!例え辛くとも!
昨日は一日中寝ていた。墓参りもせず‥
にもかかわらず。 まだ絶不調。痛い目を見ないと分からない人間の悲しい性。
欠かさずお茶を飲むべきだった‥
明日一日仕事に耐えれば休み!
携帯から書き込むのはやはり面藤テくさい‥。
早く寝よう!
熱が出た。前日まで予兆と言うべきものは全くなかった。 大体調子が悪くなってくるのが分かるようになってきたはずなのですが、 今回はいきなりだった。
今考えると確かにのどがちょっと変かな?という違和感があったような 無かったような…とちょっと曖昧だった。
そう言えば、ここしばらく仕事的に大変で無理をしつづけてきていて、 気を張り詰め過ぎていたので自分の体調にまで気が回らなかったと言うのが 本当なのかもしれない。
また仕事関係で少しホッとしたことがあった。 ピーンと張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだろうか。
昨日、朝起きたらとてもだるかった。 この時点で調子が悪いことに実はまだ気が付いていない。
仕事をしているうちに、だんだんおかしいぞ?と思い始めまして。 やはりダル過ぎる。さらに寒気がする。 あれ?これ風邪かな?なんてのんきに考えて仕事をこなす。
あまりにも頭が痛く、背中やら、腰やらが痛い。 体温計で熱を測ってみた。37.9度!あれ熱あるや…
仕方が無いので早帰りして、病院へ行った。
もうインフルエンザは下火らしくすぐに診察してもらえた。 というかこの病院、院長先生はいいのですが、下で働いている医師がダメ医者で。 また不運にもこの医者に見てもらうことになった。
カルテを見た。病院へ来たのは昨年の同じ時期だった。 私はかなり健康になったものだなぁと実感した瞬間。 というのは昔は季節の変わり目に一回くらいはお世話になっていた気がするので。
熱を測った。38.5度だった。なんだかフラフラすると思った。
「だいぶ高い熱ですねー」 「明日も(今日)仕事なんですよー(泣)」 「じゃあ、注射打っていくかい?」 「お願いします」
ここでこの病院には恐ろしい看護婦がいまして。Sの。 患者のことを患者とも思ってなさそうな、まるで機械にでも接しているような 冷酷人間が!
頼むからこの人だけには注射を打って欲しくない…
大丈夫だった。おカマっぽい男の人だった。 でも下手で痛かったりしたのですが。
とにかく調子が悪いです。現在も抗生物質を飲んでいるのでこんなことを 書き連ることが出来ているのですが、何時再発してもおかしくない状況です。
| 2002年03月18日(月) |
思いつきとは我ながら的を得たタイトルだ。 |
★山田太一氏のエッセイを読んで
言語化して整理出来るような作品は…没。そしてなんだか分からない けれどある魅力があり、自分の世界が伝わるのが一番。 『多面的で、自分が全然思っていないところで何かを読み取って下さるような』 球体としての作品が書けたら素敵。
彼の発言に興味をもった。こんな考え方いいな。 自分の思惑外、または知らないところで、何かに影響が及ぼされる。 面白い考え方だなぁ。
この感動を知ってか知らずか、家に山田太一氏の本があった。 読んでみようかな。(って未読の本がまだまだありまくりだけど)
★雷
夕方雨が降った。 それに付随するように雷もなった。 春の嵐。
こんな時期に雷って発生するんだっけ? 梅の花が散ってしまった。
儚くも素敵なこの一瞬(いや数日間)イメージとして焼き付けておけて、 好きな季節が始まる。花粉はうざいけど。
自分の生まれた季節が嫌いな人っているのだろうか? ふと思い立ったこと。
今日のBGM ビートルズ「ザ ビートルズ1」レンタル。速攻焼きの一枚!
一日が暖かい日差しとともに始まって(つまり寝坊)気持ちのよい目覚め。 すっかり春めいている今日この頃いかがお過ごしですか。
何はともあれ、今日はやるべき事がというかやらなくてはどうにも仕方がない ことがあったので、たくさん動きそうな一日。
そして、今日のメインイベントと結果的になったお昼ご飯。 最初はラーメン(小池さんか?私は)にしようと思ったのですが、駐車場が満車 だったために諦めて、他の所へ向かう。
運転している横目に蕎麦屋の看板が見えた。「う〜ん蕎麦も悪くないな」と 探しに入る。今日は新規開拓の意欲が満々。今日は“えねるぎっしゅ”だなぁ。
二・三ほど目に入った中で、100%そば粉使用の文字に惹かれてある店に決めた。
とにかく異様というかちょっと変わっている雰囲気だ。 何せ入店しても“いらっしゃいませー”でもないし。 ペットボトルの水がたくさん並んでいるし。 とにかく変わっている。
店員らしき人が(後ほどそれはお客さんだということが判明)蕎麦湯(梅干入り) を勧めてくれる。で、メニューが盛り蕎麦の中と小しかないということを告げる。 とにかく店内にいたお客さんも?な顔。しきりにメニューは?とかひそひそ話して いる。
ここだけ時間がゆったり流れているみたいだ。 ほかのお客さんも年を召した方ばかりで。 こんな時間をかけた食事。贅沢な時間の使い方。 蕎麦茶をすすりながら読書したくなるような素敵な空間。
にんにくたっぷりのそばがきが出てきた。 とにかく辛い。しかし美味しい。美味しすぎ。
ついにきました。蕎麦中盛り。 結論から言いましょう。今まで食べた中で一番美味しかった。 ちょっと変わっている店だったけど、ここは気に入った。 ところで、蕎麦が好きだなんてやはり私って爺くさいなぁ。
のど越し香り食感。すべて素敵。こんな美味しいのは初めて。 まあ、このレベルに似たのは食べたのあったけど、やはり一番だなぁ。
ご馳走様をありったけの笑顔で言って店を後にした…。
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