思いつき日記
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私の興味の対象っていうのは、周期がある(前に書いたかな)
現在はまた車へ興味が向かいつつあり。 また、仕事が面白いことになっていて。
すると日記がおろそかになる。 沈黙している間に、どんどん本を読んで情報を蓄えてそのうちたくさん発すること が出来るようになるのだろうとは思うのですが。(ってネタ不足かい!三村氏)
★車
車高をいじってから、車の運転が楽しくて仕方が無いです。 意のままに操る瞬間というのを実感する瞬間があります。
速く走れたとか、危険と紙一重っていうのも確かに脳内に麻薬物質が 大量発生して、快感の中に身を置くことが出来るのですが、最近発見した事で、 コーナーを曲がる時、ブレーキとアクセル、ステアリング操作が三位一体となって つまり減速、旋回、加速という過程において、文字通りテキストに書いてある ことを実行できた瞬間、僥倖を得られるのであります。
詳しく説明しますと、コーナーの入り口で文字通りフルブレーキング、 コーナーのRの頂点までブレーキを残しつつ、ステアリングを切り込み、 頂点でステアの切角が最大になって、そして車体は行き先が決まって、 フル加速へ…
と言う行程が寸分の狂いも無く、挙動が安定しながら出来るとこれはもう どうにも表現できないほどの嬉しさというか気持ちよさでして。
それがいつも出来ているのならいいのですが、まだまだ出来ないのが実情です。 だから止められない。とまらない。カルビーカッパえびせん♪(寒)
もう、これで頭がいっぱいいっぱい。だもの他のものが手付かずになるのも道理 って訳ですね。
サガンの本を読んでいたらこんな文に出会った。
考える自由、常識はずれなことを考える自由、少なく考えることの自由、 自分の人生を選ぶ自由、自分自身を選ぶ自由。私は『自分自身で在る』と 言うことはできない。なぜなら私はこねることの出来る粘土でしかなかったが、 鋳型を拒否する粘土だった。
私はどちらかといえば自由きままに生きたいタイプ。 しかし、いいなぁ。こういう風に自分というものを表現出来るなんて。
私はこの日記でもそうですが、実際において自分の気持ちをうまく表現できない ことが多々ある。
色々な事を伝えたいのに、うまく言語化出来ないもどかしさ。
日記ではまだ、ましなのかもしれない。 推敲したり間違いを訂正する猶予があるため。
その瞬間ごとに最善の方法を取捨選択し発言するAB型が羨ましい。
今日の日記駄目だなぁ。色々な発想はあったのですが、まとまりに欠けている。 構成が、その発想がうまくまとまらなかった好例(いや駄目例) 疲れているなぁ。ボソッ
昨日、母親が妹にたまっていた鬱憤をぶつけた。
自分勝手なところもある主張だったけど、妹のこれから生きてゆく上でのことを 思い遣った、愛情あふれるものだった。
私はそれを見て、親離れ、子離れの儀式とみなした。
私はバルザックの『ゴリオ爺さん』のゴリオ氏やモーパッサンの『女の一生』に でてくるジャーヌ氏みたいに、一口に言えば、親ばかになる気がする。 母親が妹にしたように私が出来るかといえば…今は分からない。
人生を生きてゆく上で、必ず子供を独り立ちすべく準備を親がするのは当然で、 その場面に私が立ち会えたのはとても勉強になった。
もちろん私にもその状況はあったと思うのだが、自身が携わっているといまいち 分からかった。第三者として客観的にその事象を見る事によって、はっきり見えて くる。
話は飛んで兄貴を見ていると親には何が必要なのかということが少し見えてくる ような気がする。ちなみに兄は勉強はできない(というかしなかった)けれども、 生きてゆく上で何が大切なのかということを、ありのまま、空気が存在する のがあたりまえだというのと同様、感覚的に知っている。
兄が自分の娘に接しているのを見ると、私から見ると、厳しすぎるのかな? と思う気がするのですが、娘(姪)にとってはそれが本当の意味で生きてゆく 上で必要なことなのは明白なのであり。
私がもし子供を持つようなことになるのだとしたら、ゴリオ氏やジャーヌ氏 みたいになるのは避けなくてはならない。兄貴や母を見習わないといけない。
…私は人を育てる上で『厳しくする』という事が出来ない人間であると 思い込んでいたので、先生になるのを(大学時代、教職をとるのを)取りやめに したのかもしれない。いまだに先生という職業は憧れるが、自分には不適格だと 思っている。
とにかく、いつも笑顔で鞭を用いることなく人を育てるなんて事は出来ない。 それが今回よく身に染みて分かった事である。 それを実行できるかというのはまた別問題ですが。
★車
私の車は180SX。 足回り、ブレーキ、ボディ剛性アップ(軽め)と色々いじってある。
さて、先日どうにも乗りにくい車だと言うことで、車屋さんに行って来た。
足回りを自分で(いや殆ど先輩たちが)交換したので、全く狂っているのであります。 そこで少し見てもらうことに。
車高を上げる(アホみたいに低い車だった…)。 アライメントを調整。 ついでにオイル交換とか。
かなり良い感じ。今までのはなんだったのだろう?と言う思いがこみ上げて… あまりの変わりように(いい方向での)ステアリングを握る手にも力が入るって ものでありまして。
乗り心地は良くなって、車の動きがシャープ→扱いやすいへ。 セッティングでこれほどに動きが変わってくるのは驚きだった。 普通の車好きはここで整備とか自分でいじる楽しみを見出すのでしょうが。
私はどうもそういう泥臭いといっては語弊がありますが、運転技術以外の 事はプロに任せよう系でありまして。
まあ何はともあれ、一段と運転しやすくなって僥倖(大袈裟)を感じています。
あ、そうそう無事88888.8 888.8を見ることが出来まして。 『一キロ』は進んでいなかったみたいで実は見ることが出来たのでした。 やれやれ。
今日。帰り道、調子が上がったこの相棒と共にストレスを発散するがごとく疾駆する私。
携帯が鳴った。「うん。そうそう。それでいいよ。」「あと風呂沸かしといて」 さっきまでの慟哭とは程遠い、息を潜めた相棒。そして私はステアリングを握り締め、 車内を見回した。
自分がこれまでの人生の過程で失ってきた多くのもののことを考えた。 失われた時間、死にあるいは去っていった人々、もう戻ることのない想い。
おっと、無い頭を稼動させてしまうと、知恵熱出しちゃうので(マジで?) そろそろ終わりにしておきましょうか。
| 2002年03月09日(土) |
今日の日記はつまらないです。 |
★今日の日記は読んでもつまらないです。自己内省文なので。
今日、家族間で色々話をする機会がありまして。 家族、妹ですが、の人生におけるターニングポイントということもあり、 色々と普段は何気なく過ごしてきてしまった我が家族ですが、こういう時にやはり ほかの人同様摩擦がおきます。(って決め付け?) ていうかこういう時でないと話せない事、家族会議ってあると思う。
いつもは丸く治めるべく母親が厳しいことを言う時(本当はこれって父親の役割 なのですが、いまいちうちの父親はそこらへん甘い…)、 仕方がないので(ていうか逃げ道を作らないと人間は壊れてしまうから)私は フォローの役割になる。もちろん父親もだけど、ピント外れなことをいってしまう ことがある父親なだけに、私も一緒にその役割を担う。
だけど。私にはその役割は重すぎるのだろうか。 結果として、いつも私の一人勝ちっていうのもおかしいけど、うまく話をまとめて 私がただ一人高みから物事を見ているという状況だけが生まれる。
こうして今書いている時点で、私に話し掛けてくる人がいないことがその証拠だ。
何でもわかったことをいうのは簡単だ。 私にその人の立場にたってその人に合った事を言えるようになることなんて 出来るのだろうか?
いつも後悔する。 こうして人を傷つけて私には何が残るのだろう。 いつになったら私の言動がその場その場にあったものになるのだろう? 答えは出ない。 何がよくて何が悪いのかさえ分からない。
分からないということは簡単だ。 後悔だけではダメだ。反省して次につなげなければならない。
こんな日記つまらない。 でも自戒のためにぜひ残さなければならないこと。 読み返すときがあるとするならこの今の思いを思い出さなくてはならないから。
★スピードスイング
という商品が今までに無く安売りをしていまして。(コ○マ電気)
とても感動してます。初めて電動歯ブラシを使った時もつるつる感にキラメキって 感じ(意味不明)だったのですが。それに匹敵するくらい。
私は先代が家に来た当初、電動歯ブラシは歯磨きを楽するためにある物、とばかり 思い込んでました。
出会いは偶然だったのです。結婚式の引き出物に“カタログで選べるもの”という 物をもらったことに端を発していまして。
カタログをぼんやり眺めていた当時の私に一瞬のキラメキ(またか)が よぎったのです。つまり電動歯ブラシのところがひときわ輝いていたのですよ? (調子いい)まあ、選ぶモノが殆ど無かったためにこれに行き着いたと言うのが 多分現実。てへ。
初めて使ったときは“楽する…”ということ、意味を履き違えていたのですが、 つまり労力を使わずに歯磨きが出来る、と思い込んでいましたので、歯におしあて ただけの状態でしばし呆然としたものでした。だって一向に歯垢が落ちないから。
しかしこれが普通に歯ブラシで磨くみたいにやると(重いのですが)とても 調子がいいのです。つまり歯垢がバリバリ落ちて“つるつる”感が気持ちいい。 これで私は電動歯ブラシの虜になったのです。
ところで『スピードスイング』は素晴らしい。 何でも技術関係ではリニアモーターの原理を利用しているのだとか。 これにて超高速の振動を起こして歯垢を落とす…というのが薀蓄らしいのですが、 そんなのどうでも良いくらい気持ちよく落ちる。
歯磨きが楽しくなること請け合い。 是非松下電工『スピードスイング』を。(広告塔)
というか、親に虫歯がある場合、ほぼ子供も虫歯になると言う。 何でも虫歯菌というのは移ってしまうのであるそうで。
例えば
父親『はいあーんして』 息子『パクリ』 という日常茶飯事的光景が意味するものは、虫歯菌のやり取りだった…
まてよ、ベーゼも実は恐ろしいことを意味していることになる。
彼氏『ねえねえ、いいでしょ』 彼女『いいわよ』 『(^3^)チュ』
という非日常的光景(今ではそんなに珍しいものでもないか…) の意味するものも、虫歯菌のやり取り…
怖い。虫歯を移してしまうことが!←虫歯菌保持者 この罪作り!ろくでなし!人でなし!鈴木○男!(今日は毒舌君)
今日、とても清々しい気分になった。
例えどんな仕事だとしても、一生懸命、精一杯汗水たらして働く人発見。 嫌々仕事をするもいいだろう。適当に手を抜いて仕事をするもいいだろう。 内心のドロドロしたものを垣間見せるのはやめて欲しい。
とまあ、嫌な人間ばかり見てきた私としては、今日久しぶりにいい気分になった。
とにかく動作が機敏。受け答えも気持ちいい。 なんと言っても汗が似合って「かっこいい」。 久しぶりに目を奪われるような人に出会った。強調しすぎ? いやいや、ホントマジカッコえぇー。
仕事をしている時の凛とした空気。 仕事が終わった後のすばらしい笑顔。
そして、小さいことだけどすばらしいこと発見。 その人は仕事で出たゴミをちゃんと片付けていた。 モラルを持って行動しているのであった。
この時点で私の評価うなぎのぼり。 とてもいい気分。
それにしてもこの人、素敵だなぁ。見習いたいものです。 こういう人もいるからまだ世の中捨てたものではない!
庭の梅がとうとう一輪だけ“ポッ”と白ともピンク色ともいえる花を咲かせた。 家の庭は昔は前の家が二階建てだったので、日当たりが余り良くなかった。
しかし庭に朗報が入ったのは一昨年だったか。 前の家が建て直しを図りまして。
子供が皆出て行ってしまった前の家は大きくする必要が無いとのことで、平屋に。 でも屋根裏を物置にしたので正確には中二階。
ということで梅の木に陽があたるようになりまして。 太陽の光を求めるように曲がって伸びて行った幹も少しは真っ直ぐになってきた かな?
いつもよりも速い開花だった気がする。
今日は空気がからっとしている日だった。 春は近づいているものの、春霞にはまだ遠いらしく。
ちょっとしたフラストレーションが溜まっていたのを口実に帰宅途中つい峠へ。
若者が無茶をしたような痕跡を横目に見つつ、ペースアップ。 ??!!白と黒だ。クールダウン。やべー。(って何も悪い事していないから。) いや、してたさ、スピ違反を。
どうも近視の私は近くのものばかりを見る癖がついているのが、30近くの 今でもなお視力悪化の原因の一つだと思われるのですけど、眼精疲労が激しいため 遠くをボーっと見ようと言うのもここへ足を運ばせた動機なのでした。
今日の視界はオールクリアで眼下の町並みがはっきり見える。 ただ、海の上の空はぼーっとしていてはっきり見えない。
空気が乾燥していて、この時期特有の見え方なのかなぁと感慨ひとしおで、 疲れた目をいやすようにボーっとしてた。 風が強く、外に出て、とまでには至らなかったけど十分目の保養になったと思う。
| 2002年03月05日(火) |
他愛も無い考え(体重編) |
私の職場と言うのは人員がぎりぎりでゆとりが無い体制で働いています。 ということで、責任を与えられれば与えられるほど、休めません。
ところで私は子供の頃から風邪をひきやすく、高熱を出しては、2日とか3日とか 平気で休むタイプの人間でした。最長一週間くらい休んだこともあります。
そうそう現在。会社勤めしてから3回休んだことがありまして。 39度の熱、インフルエンザ、インフルエンザ、のために。
しかしここ二年くらいは休んでいません。 体力がついたものです。
話は変わって。
前にも日記で書いていましたが、私の体脂肪率は当時8.6%(過去日記参照) です。そんなこともあり、私の体も会社の形態同様ゆとりが無い状態で過ごして きました。
ここで、最近聞いた話。 “寒風の元、痩せている人と、太っている人を立たせておく”と…
『痩せている人は風邪をひきやすいがそんなに悪くならない』 『太っている人はなかなかひかないけど、いったんひくと悪化する』らしい。
つまり、体に“脂肪”という余裕があると体力があるのではないのだろうか? と最近思いだしていまして。
私自身、確かに脂肪という体力的余裕が無い時は動き自体、活発に究極の速さを もって動けるのですが、何をするにもすぐ疲れてしまった気がします。
時はさかのぼり、幼稚園の時、私は結構ふくよかだった (自分の中でですが&写真では太っているということは別に見て取れません) と他人と比べて思い込んでしまいまして。そこから太っているということは 自分の中でタブー視される傾向がありました。
だから知らず知らず自分で脂肪をコントロールしていたのかもしれません。 太ってきたなと思ったら、食事の量をいつの間にか自己制限していたと思います。
話は最初に戻りまして。最近体力ついたよなぁホント。 食べ物も何を食べても美味しくて仕方が無いし。 つまり…
太ったって事じゃん(ちなみに2キロてへ)
“思考の瞬発力” 「如何に対処するか」をすばやく 幾通りにも考え取捨選択し 適切な対処法を実行に 移すまでの刹那!! まずは考えることに慣れ それを限りなく反射へと 近付ける!!
“頭の回転の速さ”で敵わない人がいる。 その人に対抗するにはこの方法を積み重ねていって 経験値を増やさなくてはならない。
何事も凡才の私は努力してやってゆく他に無い。
漫画にも良い事は書いてあるものだ。
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