金色の夢を、ずっと見てる

2011年01月03日(月) 正月休みの話。

ていうか私、喪中だから『あけましておめでとうございます』とか言っちゃいけないんですよね。義実家の親戚とか会った時は、相手が
「あけまして〜」
って言ってくれてから
「どうも〜。今年もよろしくお願いします〜」
と笑顔で挨拶して言わずにごまかしてたんだけど、1日の日記のタイトルで思いっきり書いちゃってるじゃん(苦笑)


まぁ本当は別居の祖父母の時は喪に服さなくていい…という人もいるぐらいだし、そこまで細かく気にしなくていいのか。自主的に喪中って事で年賀状は出さなかったんだけど、初詣とか普通に行っちゃったよ。



それはさておき。


とりあえず、年末年始の休みの話を覚え書きって事で。



12月28日(火)
仕事納め。そして夜は、化粧品関係でいつもお世話になってるマツモトさんと、注文した化粧品の受け渡しも兼ねて久々の食事。

マツモトさんはフリーでヘアメイクのお仕事をしてる人で、一般には販売してないエステメイドの化粧品の販売代行もしてくれてます。結婚式でもエステも含めたヘアメイク全般をお世話になったんですが、同じくマツモトさんと付き合いのあるリナも先日から帰省してるので、声をかけて一緒に会う事になりました。一度帰宅して次郎君とユウの夕飯を準備して、次郎君が仕事から帰ったら入れ替わりでお出かけ。


まずはリナを迎えに行って、移動しながら『どこで何を食べる?』と相談。結局マツモトさんも家まで迎えに行って、そこからほど近い洋食屋さんに行く事にしました。


マツモトさん、実は新婚さん。夏に会った時に
「年内に結婚するかも」
という話は聞いてたのですが、先日メールが来て
『事後報告になっちゃったけど、バリで2人で挙式してきました♪』
と報告されていや〜ビックリした(笑)彼氏さん…つーか旦那さんになった人がすごく忙しい人で、披露宴とかもできるかどうか…てな話は聞いてたので、あれこれ準備が必要な披露宴はナシにして新婚旅行も兼ねて挙式だけしてきた!という話に納得。

もちろん、その時の写真を持って来てもらって、リナと2人で
「いいな〜いいな〜」
を連発しながら見せてもらいました(笑)


で、挙式したと聞いた時から気になってた事があって、それはどうやらリナも同じ事が気になってたようで、せっかくなので聞いてみました。




「挙式の時のメイクはやっぱり自分でしたの?」




……自分でしたそうです(笑)本人がプロなんだもんなぁ。今さら人にあれこれイメージ伝えてやってもらうよりも、自分でやっちゃった方がそりゃ早いわ。

私とリナも含めて、数多くの花嫁さんを手掛けてきたマツモトさん。仕事でそんだけやってると自分の時は逆に盛り上がらないそうで(苦笑)ドレスも飾りの少ないごくごくシンプルなAラインのウェディングドレス1着のみ。ヘアセットだけは現地でプロにお願いしたそうですが、それもシンプルにまとめただけ。
「年齢的にも、そんなブリブリに飾り立てる年でもないしね〜」
と笑ってましたが、ん〜でも逆に、若いお嬢さんではあのシンプルさは実現できなかったと思うよ。

自分の周囲を見ても、20代前半とかで結婚した友達ってやっぱり『かわいい花嫁さん』になってるんだよね。30前後だとそういうかわいらしさはもう無理なんだけど、逆に若くてかわいい時期に『落ち着いたおとなっぽい花嫁』にもなれないじゃないですか。年齢相応の良さというか、30代も半ばの今だからこそできる、ステキな花嫁さんだったと思います。


今後は新居を関西に置いて熊本・福岡と関西を行き来しながらの生活になるだろう…との事で、もともと忙しい人なので今後はますます会いにくくなるんだろうなぁ。ちょっと寂しいけど、友人が良き伴侶を得て、仕事でもプライベートでも充実して輝いた日々を送ってくれるのは嬉しい事ですね。たま〜にでいいから、またこうして会えるといいな。



12月29日(水)
両親が義実家へお歳暮を持って行くというので、私とユウも同行。先日の祖母のお葬式に義母からもお香典を頂いてて、おばちゃんから香典返しを預かってたんだよね。それを届けに行きました。

もし誰もいなかったら玄関に置いてくればいいや〜…という事で予告せずに行ったのですが、ちょうど義母は仕事に出るところでした。慌ただしく玄関先で挨拶して渡しただけで帰ってきたんですが、むしろ、下手に時間があって
「あがってお茶でも」
なんて事になっちゃう方が、帰るタイミングが難しくてお互い気を使うので(苦笑)とりあえず直接渡せたからよかったねと。

それから、母は恒例の掃除。いや、うちもちょっと前から地味に大掃除に手を付けてたので、普段に比べたらマシだったんですが…(汗)うちに来たら何かしら片付けたくなるらしい。母はこんなにキレイ好きで掃除好きなのに、なんで私にはそれが遺伝してないんだろうなぁ(←他人事か)

両親が
「お昼ご飯にうどんでも食べて帰ろうかな」
と言ったので、ユウが
「ユウちゃんもうどん食べに行く!」
とすっかり出かける気になってしまい、結局一緒に食べに行きました。そのくせ、いざ注文しようとしたら
「おそばがいい」
…いいんだけどさ、そばでもうどんでも。大人サイズのかけそばをほぼ完食したうえに、私と父の定食の唐揚げを計3個奪って食べました。どんだけ麺類好きなんだ。

その後、ユウはそのまま父の車で実家に遊びに行き、私は1人帰宅して大掃除の続き。そしてようやく次郎君の年賀状を刷り終える。夕方、実家へユウを迎えに行ったらそのまま福岡から帰省してるカツミを迎えに行き、近くの居酒屋へ。久々にミヅキ・マキと4人で集まるのです。


年末にそれぞれの旦那も含めて家族ぐるみで集まる予定はあるのですが、マキは『旦那さんの実家で年越し』が恒例になるらしく来れない。でも先日の“重大ニュース”にも書いてますが、マキは春から渡米が決定してるんです。その前に久しぶりに4人で集まりたいねという話になり、じゃぁ大晦日と近いけど、カツミが帰省してるこの機会に会おうよ!という事になったんです。ま、うちのユウとマキんとこのリリちゃんもいたので、厳密には『4人』じゃないんですけどね。


集合が17時と早かったので
「大体2時間ぐらいで出なきゃいけないのかな〜。でもそれだと早いよね。それからどうするのかな?誰かの家に集まるか?」
なんて考えてたんですが、どれだけ時間が経とうとお店からは何も言われる事無く……むしろ年末過ぎてお客さん少ないのか?こんな年末ギリギリになって忘年会する人もいないのかもね(苦笑)結局、22時ぐらいまで盛り上がってました。


お盆とお正月には家族ぐるみで集まってるんだけど、旦那抜きで会ったのって久しぶりだったな。やっぱ楽しい。春にマキが出産してから渡米するまでにもう1度会おうねと話して、解散しました。




12月30日(木)
朝から頭痛で動けず。ちなみに二日酔いではありません(飲んでないし)。

頭痛薬を飲んだんだけどまったく効かず、ユウには申し訳ないけどひたすらDVD見せて1人で遊んでもらってました(次郎君は仕事)。夜は次郎君が忘年会で私とユウは実家に行くつもりだったんだけど、この状態で運転なんて絶対無理。結局母にSOSして、ユウだけ迎えに来てもらいました。

「ユウはうちに泊めるつもりで(パジャマとか)適当に用意して持って行くからね。咲良は動けるようになったら来なさい」
と両親がユウを連れて行き、夕方になって次郎君が帰宅。私がまったく動けないのを見てちょっと心配そうでしたが、仕事関係の忘年会だし大丈夫だから行ってこいと送り出しました。

うん、正直なところ、いてもらってもどうしようもないしね(苦笑)これで熱があるとかなら、誰かいてくれた方が気分的に安心…って事もあるんだろうけど、頭痛が酷い時ってとにかく人の気配が辛い。自分で
「ちょっとラクになってきたかなー」
とテレビを付けるのは平気だけど、人がいてテレビを見ていられるとうるさくて辛い、って感じ。なので私は、本気で辛い時は1人にしてもらった方がラクなんです。

まったく食欲はないながらも、何かお腹に入れてから頭痛薬飲まなきゃ…とどうにかカップスープだけ飲んで、頭痛薬を飲んで9時には撃沈。


……実はこの日は、リナと2人で福岡のトモエの家に泊りに行く予定だったんです。久しぶりに会いたいし、ちょうどこの日がトモエの旦那さんが夜勤でいない予定だったので、じゃぁ子連れで泊りに行くぜ!と。しかしこの年末の寒波はハンパなく、熊本から福岡への高速道路は軒並み交通規制。下手したら行きは良くても帰れなくなるかも…という事で中止になったんです。でもこの調子じゃ、無理して行っても私はまったく動けなかった可能性が高いな(--;




12月31日(金)
朝起きたら、頭痛はどうにか治まってました。でもそれも完治ではなく、『昨日に比べたら動けるだけマシ』というレベル。

夜はカツミ夫婦とミヅキ一家が来て恒例の年越し宴会の予定だったんですが、やはり寒波の影響で
「夜中に道が凍って帰れなくなったらまずいから」
と中止に。うち、山の上だからねぇ…まぁそれぞれの旦那さんはともかく、自分達だけは先日会ってるのでまぁいいか、と。カツミの旦那さんのキュウさんが事のほか残念がってたそうですが(苦笑)翌日の予定を考えると『帰れなくなったら泊ればいいじゃん☆』てわけにもいかなかったようで。

午後から、次郎君に買い物のついでに頭痛薬を買って来てもらいました。私はずっとバファリンだったんだけど、たまたまちょっと前に
「たまには違うのにしたら効くかも」
とセ○スを買ってたんだよね。そしたら昨日全然効かなくて死ぬ思いをしたので、やはりバファリンがいいのかも。

ていうか、最近頭痛薬飲んでも効かないぐらい頭痛が酷い事が増えてきた気がする。やっぱり一度頭痛外来行くとか、MRI撮るとかしてみた方がいいのかもしれないな。


そんなわけで、夜は数年ぶりに家族だけでまったり年越し。紅白見て、途中で寝落ちしたユウをベッドに運んで2人で年越しそば食べて、紅白終わったらジャニーズのカウントダウンで新年を迎えました。



1月1日(土)
義実家へ。この日の様子は1日の日記をどうぞ。



1月2日(日)
家でのんびり。昼前ぐらいに
「温泉行きたいな〜」
と呟いたら、次郎君が
「じゃぁ久しぶりに家族風呂でも行く?」
と乗ってきてくれました。お、いいねぇ。

というわけで、3時過ぎに準備して出発。家から小1時間かかる家族湯に行きました。露天風呂にゆったり浸かってぽかぽかに。帰りにスーパーでちょっとだけ買い物して、大晦日に続いて鍋。いくら鍋大好きとはいえ、この年末年始、外食か鍋しか食べてない気がします…(汗)



1月3日(月)
昼間は、母と妹とショッピング。次郎君は仕事のお付き合いで新年早々ゴルフへ。

珍しくユウも買い物に連れて行ったんですが、ん〜、やっぱり子連れだとなんか落ち着いて見れないよねぇ(^^; でも途中で派手にグズる事もなく、1人でうろうろしちゃって迷子になったりもせず一緒に行動できたので、手は掛からない方なのかしら。

落ち着かないながらも、初売りバーゲンでちょびっと買い物できました。本当は冬物のバッグも欲しかったんだけど、ピンとくるものが見つからず。バーゲン中にもう1回ぐらい行けるといいなぁ。

夜は、ゴルフが終わった次郎君も実家に来て一緒に夕飯。やはりお正月なので1回ぐらい全員で集まろうかと。私が義実家に行くとそれなりに気を遣うように、次郎君も私の実家に行けば多少は気疲れすると思うんだよね。でもうちの父と楽しそうに飲んでくれるし、たまの事だからか少しも嫌がらずに来てくれるので嬉しいです。


散々街を歩き回ってお昼寝もせずに遊んでたユウは、予想通り帰りの車で寝落ち。


とんでもない寒波で多少予定は狂いましたが、友人にも会えたし、それぞれの実家でものんびりできて楽しい年末年始でした。



2011年01月01日(土) あけましておめでとうございます。

あけましたね、2011年。

ちょいと更新頻度が落ちてますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。



さて、今年のお正月は昨年からの懸案であった『義母にもらった大島紬を義母の前で着てみせる』をようやく実行できました。

もらったのはもう一昨年なんですよね。もらって早々にその紬に合わせて名古屋帯も誂えて、本当は去年のお正月に義実家に着て行くつもりだったんです。なのに、前夜から友達夫婦と大騒ぎで年越しして少々寝不足で頭痛がしてた事と、予想以上の寒さにあっさりと挫けちゃって(苦笑)


その後友達と会う時に着たりして、その時の写真は見せてたんですが、やっぱりせっかくもらったんだから実際に着て見せたいじゃないですか。安くはない物をくれたんだしさ〜。で、今年こそ!と意気込んでたんですが……



朝起きたら、去年に負けないぐらい(ていうか下手すりゃ去年以上に)寒いさ。しかも年末から続く寒波のせいでずっと体調が微妙で、軽〜くだけどやっぱり頭痛もするさ。

あぁどうしようかなぁ…この寒さでこの体調で、1日着物で過ごして体力持つかしら……と朝からちょっと迷ったんですが、いや、ここでまた挫けたら次回なんていつになるか判らない。寒いったって1日中屋外で過ごすわけじゃないし、頭痛がするったって一昨日よりはマシ(←一昨日は本当にほとんど物が食べられないほどの頭痛が丸1日続いて死ぬかと思った)。今日はやるぞ。今日はやるんだ!!

……と、どうにか自分に喝を入れ、予定通り大島で出かけました。帯揚げはクリーム色に松竹梅のお目出度い柄で、帯締めは着物の柄に合わせて赤。そして今年の干支であるウサギと南天の実を組み合わせた銀細工の帯留め。お正月だから干支の小物を使いたいと11月ぐらいからずっと探してて、つい最近ネットショップで見つけてギリギリ29日に届いたのだ。せっかく間に合ったんだから使うんだ。


寒いので足元はぬくぬくのサボでいいかしら…とちょっと妥協しようかと思いましたが、でも義実家だけならまだしも神社に初詣に行くしなぁ。やっぱりちゃんと草履で。



でも、着るまではそうやってちょっと迷いもしましたが、やっぱり着て行って良かったよ。義実家に着いてすぐに義母がいる台所に顔を出したら、すごく喜んでくれました。後から来た親戚の人には
「え、着物!?」
と驚かれたりもしましたが(笑)
「お義母さんにもらったんで着てきたんです〜」
と言えばすんなり納得してもらえたし。それに結果から言うと、午後1時過ぎぐらいから着物でお墓参り→初詣で→義実家と夜10時近くまで着物で過ごしたんですが、思ったほど疲れなかったの。

まぁ座る時に気をつけてないと裾が割れて襦袢が見える!と多少の気は使いましたが、だからってずっと正座じゃなきゃってほどでもなかったし。むしろ今までは友達と食事とか椅子席での着物が多かったんだけど、普通に家の中で着物で過ごすとこんな感じなんだな〜っていう体験ができたというか。



今月中に大学時代の友人達とまた新年会でもしたいね〜と話があるので、その時も着物で行けると良いな。思えば、去年の初めにそうやってそのメンバーでのランチ新年会に着て行ったのが、私の『普段着着物デビュー』だったんだっけ。せいぜい月に1回ぐらいしか着れてないけど、それでも昔よりずっと気軽に着物を楽しめるようになった。


今年の目標は、近場に1泊でいいから着物で旅行をする事。


そんな感じで(どんなんや)今年もどうぞよろしくお願いします(^^)




2010年12月29日(水) 咲良的今年の重大ニュース。

こないだ気づいたんですが、去年はこれやってないんですね。


てなわけで(どんなわけだ)超個人的ニュースランキングです。
まずは5位。

・白大島、買っちゃった☆


え〜、着物好きな方には言わずもがなな事ですが、『白大島』とは着物の種類です。

大島紬と言えば泥染めが一般的。ゆえにほとんどの大島紬は黒っぽいです。それが、泥は泥でもちょっと特殊な泥で染められた白い大島紬が『白大島』。私が買ったのはその中でもちょっと珍しい、竹炭の粉で染められた物です。

何度かここでも書きましたが、黒大島は義母にもらったんですね。で、紬って正絹とはいえ着物の中ではあくまでも普段着の扱いなので、自分で買うには贅沢すぎる…と『高嶺の花』だと思っていたら、思いがけずもらっちゃったの。んで、某呉服屋さんの展示会で『黒大島は持ってる』という話をしたら
「じゃぁ白大島見てみる?」
と見せてくれて、これがまた素晴らしく好みだったんですよ……。

真っ白だと着た時に逆に肌の色が黒く見えてしまうんだけど、これは竹炭の粉で染めてあるので真っ白じゃなくてわずかにグレーがかってて、それがいい感じに肌になじむんですね。それでもやはり『正装には使えない』事を考えると高いので相当悩んだんですが、こんなにツボに入るものにこの値段で出会えるチャンスがまたあるとは思えない…という事で、ベタな表現ですが、清水の舞台から飛び降りました。

分不相応な贅沢だよな〜と思いつつ、買った事に後悔はありません。頑張って働きます(苦笑)



そして4位。
・親友の渡米が決定。


小学校からの親友マキが、旦那さんの仕事に伴い来年の春から渡米する事が決まりました。

1〜2年の期間限定と判ってるので、単身赴任もちょっとだけ考えたそうですが、2人の間には2歳の愛娘リリちゃんが。ただでさえ旦那さんは忙しくてリリちゃんと過ごせる時間が少なく、マキ抜きでは1〜2時間が限度。この状態で今2年も離れたら、旦那さんが帰国する頃にはリリちゃんはパパの事を忘れてしまうんじゃないか…と、あながち冗談では済まされない不安に襲われ、マキもついて行く事にしたんだそうです。

ところが、決まった直後にマキの第二子妊娠がわかり、しかも予定日が5月(笑)結局、産んで落ち着いてから追いかけて行く事になりました。期間限定とはいえ、周囲に頼れる人がいない環境で乳児を含む2人の育児…想像するだけで私なら『ごめんなさい、単身赴任してください』と頭を下げますが、マキは覚悟を決めたようです。

正直、今までだってそう頻繁に会ってたわけじゃないけど、いざそう簡単には会えない距離に行かれちゃうと思うと、すごく寂しいです。何かあっても
「じゃぁちょっと今から行くから!」
ってわけにはいかないし。寂しいし、心配でもあるけど、応援するしかないですね。心配なのでブログでも始めろと勧めてみます(苦笑)



3位。
・nishi-kenさんにハマる。


いや〜もう何年かぶりに、こんなにハマるミュージシャンに出会いました。

つーかnishi-kenさんてミュージシャンなのか?コンポーザー?プロデューサー?私は出会いが『ウツのライブのサポートミュージシャン』だったので、どうしてもミュージシャンとして見てしまうんですが。

そして今回ほど、ネット社会のすごさを実感した事はありません。今までもウツのHPぐらいは見てましたが、nishi-kenさんを好きになってからはブログのチェックやらツイッターのフォローやら、ネットのおかげでこんなにも身近に感じられてしまう事に驚くやら怖くなるやら。

だってさ、私はnishi-kenさんのツイートだけ携帯に転送されるように設定してるんですが、これって『○○さんがツイートしました』みたいなお知らせじゃなくて、ツイートの内容がそのままメールで来るんですよね。これってうっかりすると、直接メールが来てるような錯覚に陥るんですよ。しかも、ツイートにリプライをすると、ごくたまにではあるけど本人から更にレスが来たりする。“ミュージシャンと1ファン”という間柄でしかないのに、何度かそういう事があるうちに直接の知り合いになったような気さえしてくるじゃないですか。

……これは危険ですよ(笑)なんか勘違いしてストーカーになっちゃったりする人の心境が判る気がするもん(苦笑)実際の距離以上に親近感持っちゃうんだよね。


まぁそこは気をつけながら、当分は続きそうなこのトキメキを楽しみたいと思います(笑)



そして2位。
・ウツ、16年ぶりに来熊。


94年のファーストソロツアー以来の熊本ライブ。しかもライブハウス。これは行くしかない!とウキウキで行ってきました。

………そしてあまりのカッコよさと楽しさに撃墜され、思わず予定外の福岡公演まで行ってしまったのは11月の日記にも書いた通り。(そしてそこで上記のnishi-kenさんとも出会うわけですが)

いっや〜、カッコよかった。少し痩せてたのもカッコよかったし、nishi-kenさんが作った新曲もがっちりファンのツボを突く出来で素晴らしかったし、ライブハウスという今までにはない空間でリラックスしてメンバーをいじりまくるトークも楽しかったし、狭いハコだから尚更近くで感じられたウツの熱と色気。

去年のF.O.Dをサポメンに従えてTMの曲で楽しませてくれたライブも素晴らしかったんだけど、正直、今年のjjsツアーはそれを上回る楽しさでした。なかなか映像が見つからないnishi-kenさんのプレイも含めて(笑)こんなにもDVD化が待ち遠しいライブは久しぶりです。









で、1位。

・祖母の逝去。


5位からトントントンと比較的明るい話題が続いて、ここでいきなり重い話題で申し訳ないのですが。

11月7日、母方の祖母が彼岸へと旅立ちました。80歳でした。


父方の祖父母と、母方の祖父はもうみんな10年以上前にそれぞれ見送っていて。今回の祖母で最後でした。だからというわけでもないのですが、正直、今までで一番辛かったです。


一番かわいがってもらった祖母でした。もっとも、10年以上前に脳卒中で倒れて以降はずっと施設や病院を行ったり来たりで、あまり会えずにいました。いえ、会おうと思えば会えたんです。私が会いに行きさえすればいつでも。



でも、行きませんでした。行けませんでした。



私の記憶の中の祖母はいつでも元気で、一緒に畑に連れて行ってくれたり、夏休みに泊まりに行けばご飯を用意してくれて、岩がごろごろする近くの小川で一緒に水遊びをしてくれる人でした。

入院して、施設に入って、少しずつ弱って小さくなっていく祖母を見るのが辛かった。段々自分の事ができなくなり、徐々に寝たきりになり、食事も自分で摂れなくなって、会いに行ってもほとんど眠ってる事が多くて、たまに起きてても会話もままならない。そんな祖母を見るのが辛くて怖くて、私は会いに行けませんでした。



それでも結婚が決まった時、結婚式に出てもらうのはもうどう頑張っても無理だけど、せめて花嫁姿だけでも見せたい。そう思ってプランナーさんや写真屋さんに相談して、施設の相談員さんにも協力してもらって、前撮りの時に入所してる施設に行く事ができました。

その日は祖母も調子が良くて、白無垢姿の私を見て
「きれいかよー」
と笑顔で言ってくれました。



11月7日の夜、祖母がかなり危ないらしいという話をイトコから電話で知らされ、状況を確かめようと母に電話しました。

「あぁもう聞いたの?お母さん達も今から行くのよ。あ、でも咲良は来なくて良いよ。ユウもいるんだし。明日のお通夜には来れるでしょ?」


……お通夜?誰の?

「え?聞いたんじゃないの?」

私は、まだ『おばあちゃんが危ない』って聞いただけだよ?

「あぁ、じゃぁその後が伝わってないのね。危ないんじゃなくて、もうダメだったの。お母さんも間に合わなかったの」


その瞬間、自分でも驚くほど一瞬で涙があふれました。精一杯頑張って
「私も行く」
と言ったけど
「いいわよ。次郎さんもユウもご飯まだでしょ?来たからって何をするわけでもないし、明日でいいから」
と言われました。電話を切ってその場に座り込み号泣する私を見て、お風呂から上がってきたユウがビックリして、わけも判らないまま一緒に大泣きしてくれました。その日は、堪え切れずに私が泣き出すとユウも心配して一緒に泣いてしまう…という事を何度も繰り返し、『母親が不安定だと子供にも伝わっちゃうんだなぁ…』なんて事をぼんやりと思ったのを覚えています。


通夜と葬儀は自宅でした。私も含めた9人の孫が数年ぶりに全員揃いました。大半はもう結婚していて、ひ孫もユウを含めて11人もいました。そんな席でも仲良くなって楽しそうに走り回る子供達を見て
「これだけの孫やひ孫に囲まれて旅立てるばあちゃんは、幸せなのかもしれないな」
と思えました。



あまりに突然の別れで、正直言うと、今でも辛いです。もう四十九日も終えて納骨も済んだのに、今でも思い出せば涙が出ます。もっと会いに行けばよかったと後悔ばかりで、結果的に最後の写真になってしまった前撮りの時の写真は、今はまだ見れません。


弱っていく祖母を見るのが辛かった。でも、今は、どんな姿でも祖母をきちんと見ておかなかった事がこんなにも辛い。


だったらせめて、自分の親の時にはこんな思いをしないようにしなきゃ、と。もう自分達もそんな事を考えなければいけない年齢になってしまったんだなぁ、と。イトコ達とそんな話をしました。






それでも、2010年は概ね良い年だったと思います。祖母との別れは辛かったけど、それ以外は大きな事故やトラブルもなく過ごせました。2011年も平和に過ごせますように。

そして、彼岸に渡った祖母が、17年前に先に向こうへ行った祖父と無事に会えて心安らかにいてくれるようにと、願うばかりです。


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咲良 [MAIL]

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