| 2008年01月26日(土) |
通院のために早起き。 |
まだ続いてます、皮膚科通院。
今月になってから土曜のたびに通ってますが・・・・・・そのおかげで、ずいぶん治ってきました。分かってる人が見れば 「まだちょっと赤いね〜」 ぐらいで、ちょっと離れて見たらほとんどわからないぐらいまでに回復。
本来この病気の人は何ヶ月単位で薬を続けるらしいですが、私は比較的症状が軽かったので後1ヶ月ぐらいで終わりそうです。飲み薬は引き続き同じ物を、塗り薬は今回からかゆみ止めがなくなって抗真菌剤のみ。それでよほど痒みが復活したりして辛くなければ、次の通院は2週間後でいいですよ、と。やった〜♪
・・・あ、でも2週間後の土曜日は会社の男の子の結婚式が入ってるんだけど・・・・・と思ったら、何やら先生の都合でその日は休診の予定。じゃぁその前後に来ればいいか。
病院が済んだら、ユウは実家に預けたままでちょっと帰宅。昨夜、大学からの友人・サヤカがうちに来て、次郎君と3人で鍋やったんですよ。今月のゆうパック商品のきりたんぽ鍋。きりたんぽと、同じくうるち米で作ったお米のお団子、比内地鶏と鳥つくね、だし汁のセット。4人分だったので、分けられる分は半分実家に置いてきたんですが、たまたまその材料セットを実家からもらって帰る途中にサヤカから 『久々に遊びに行ってもいい?』 とかメール来るんだもん。なんてタイミングのいい奴だ(笑)
野菜や白滝を足して、おいしく頂きました。でも、なんせきりたんぽと米団子が元々はお米。結構お腹に溜まって、締めは雑炊とか全然必要なかったですね。だって煮崩れたきりたんぽがもう既に雑炊みたいになってるんだもん(^^; あれって秋田の人は最後は何で締めるんだろう?鍋だけでおしまい?
んで、食べた後も私はサヤカとちょっと遅くまでしゃべってたので、後片付けをしないまま寝てしまって(というか、ユウが次郎君の寝かしつけでは寝てくれず一緒に寝る羽目になったので)、その片付けのために一旦帰宅したわけです。
ついでにちょっとネットして家の掃除などもして、昼過ぎに実家に戻る。ユウはお昼寝してました。
ユウが起きたら一緒にちょっと買い物に行こうか、なんて母と話してたんですが、一度起きたもののまたすぐにおっぱいを飲みながら寝てしまい、しかも私も授乳しながら一緒に寝てしまって(苦笑)結局最終的に起きたのが夕方5時。買い物どころじゃないっす。
次郎君は今日も仕事関係の人と新年会(という名目の単なる飲み)で街に出てたので、実家で夕飯食べて帰りました。ってか次郎君、今月2週目から土曜のたびに飲みに出てますけど(-_-)
| 2008年01月25日(金) |
「中型」って言うと二輪みたいだな。 |
今日は休暇を取って免許の更新に行ってきました。
朝からいつものようにユウを保育園に預けて、免許センターへ。ちょうど受付からそう待たずに講習が始まるタイミングで、ぽんぽんと手続きもスムーズに。
3年弱前に結婚した時に免許証の名義変更も一応したんですが、その時は新しい住所や名前を裏書されただけだったんですよね。で、今回の更新でようやく表の名前が今の名前になりました。変更した時は 「次の更新まで2年半ぐらい、免許証(の表)は旧姓なのか〜」 と思ったんですが、過ぎてみると早かったなぁ。
・・・・あ、だからって免許証が旧姓なのがイヤだったわけじゃないんですけどね。わざわざ住民票とか用意して変更に行ったのに裏に手書きされるだけかい!というのがひっかかっただけで。
なんか、今回の更新から私の免許証は『中型免許』になるんだそうです。今までは車の免許って『普通免許』と『大型免許』の2種類だったのが、運転できる車の大きさや乗員数などももうちょっと細かく分かれて『普通』と『中型』と『大型』の3種類になるんだって。
ちなみにこうやって更新によって無条件に『普通免許』から『中型』になった人は、本来なら11t車まで運転できる中型免許でも8t車までの制限付き。試験を受けて通れば、本当に11t車まで運転できる中型の免許証がもらえるらしい・・・・・いや、8tで充分です。乗る機会ないけど(苦笑)
ちゃんとした中型免許だと、29人まで乗れる車を運転できるそうですよ。それって小型のバスじゃない?
免許更新が済んだら、もう1つの大事な用事。
実は、以前うちの会社のよその営業所に勤めてたパートさんが先月亡くなられてた事を、ついこの前知ったんです。
もう辞めて何年か経ってる人だし、そのお父さんもうちの職員だったんだけどもう定年してる人だし、接触はほとんどないんですが・・・・・・そのパートさんとは個人的にも親しくしてて、何度か食事に行ったりもしたんですよ。私が結婚してからも 「また会いましょうよー」 なんてメールのやり取りはしてたんだけどなかなか都合がつかず、そうこうしてるうちに私が妊娠してますます予定が立てにくくなっちゃって、結局もう2年以上会ってなかった人。
その人が先月亡くなったって聞いて。
え?でもまだ40代だよね!?と思ったのですが、私にその話を伝えてくれた人の説明ではどうにも要領を得なかったので、せっかく休みを取ってて時間があるのだからと、直接弔問に行かせてもらう事にしました。
前日に連絡を入れておいたので、元職員であるお父さんとお母さん、お父さんのお姉さんであるらしいおばさんの3人で出迎えてくれました。
そのパートさんは元々足が不自由な人で、定期的に手術を受けなきゃいけなかったんです。先月もその手術をして、その後のリハビリに入ってからの急逝だったそうです。死因は、『肺塞栓症』・・・・いわゆる『エコノミークラス症候群』です。
術後の経過が悪く、体のどこかで出来た血栓が肺に詰まったのが原因との事ですが、いろいろ話を聞いてみるとなんだか微妙な状況になっていました。
どうも、病院側の管理ミスがあったようなんです。
手術後、本人が痛みを訴えてるのに 「そんなに痛いはずはない、痛みが残るような手術じゃなかったんだから」 「この手術をしてそんなに痛がるのはあなただけだ。甘えないで」 という内容の事を言われて取り合ってもらえなかったとか、血栓が出来たのは本人が痛がって動くのを嫌がったからだと、まるで本人が悪かったと言わんばかりの事も言われたそうで。
しかも、ある数値が異様に高くて、普通の人なら10ちょっとのはずが術後の彼女の場合は40を超えてたんだそうです。そして普通の病院ならその数値が30を超えたらすぐにでも血栓が出来た可能性を考えて治療したり検査したりするはずなのに、その病院では 「○○(他の検査)で異常がないから大丈夫です」 と何もしなかった、と。
たまたま、身内に医療関係の仕事をしてる人がいて詳しい事がわかるので病院側を問い詰めたところ、そういう「普通ならする検査や治療をしなかった」って事を認めたらしく、病院と遺族で揉めてるのだそうです。
その他にも、彼女が急変した時にちょうど家族が病院に来てたのに 「治療してますから」 と言うだけで詳しい症状や治療の内容を何も説明してもらえず、数時間後にいきなり 「亡くなられました」 と言われて驚愕したとか、手術前の説明の段階で医療費補助の申請をしようとしたら 「この程度のお金も出せないのか」 というような事を言われて酷く傷ついたりもしらしく・・・・・
でもご両親も別に裁判沙汰やマスコミ騒ぎにしたいわけではなく、ただ自分達の娘に何が起こったのかを明らかにして欲しい、そのうえで、病院の治療や体勢に問題があったのならきちんと認めて謝罪して、今後同じような犠牲者を出さないようにしてほしい・・・と思ってるだけで。
今までにも同じ手術は何度もしてて、それは毎回福岡の病院まで出向いてたんだそうです。でもそれだとその度に交通費やなんやと余分なお金もかかるので、両親にあまり負担をかけたくないからと本人から熊本での手術を希望し、福岡のいつもの執刀医の先生が熊本まで来てくれることになったので、熊本でかかりつけの病院で手術をしてそのままそこに入院してリハビリする予定だった、と。
ご両親の気持ちも複雑そうでした。手術をしてもらう以外はずっとその病院にかかってて信頼もしてたのに、今回も福岡で手術をしていれば死なずに済んだかもしれないのに、って。
私と何度か食事に行ったりした事は家でも話してたそうで、でも 「支社の咲良さんと」 ではなく 「咲良ちゃんと」 と普通に話してたから、ご家族は最初はどこの友達かと思ったぐらいだったらしいです。 「よく話してましたよ。仕事以外でも仲良くなれて嬉しいって言ってました」 とお母さんが言ってくださったので泣いてしまいました。
いつでも会えると思ってたのに。足が不自由といっても命に関わるような病気ではないんだから、これからもずっと仲良くしていけると思ってたのに。
離婚して子供2人を引き取って実家で暮してた彼女は、松葉杖なしでは歩けない状態だったけど、それでもちゃんと働いて子供のために少しずつ貯金もしてる人でした。営業所の職員にも好かれてて、今回の訃報を聞いて遠方に転勤してた若手の子がわざわざ弔問に来たりもしたそうです。お葬式が終わって、念のためにと余った香典返し50個ぐらいを家に持ち帰っていたら、後から知って来てくれる人が絶えず、ほんの数日で無くなってしまったんだそうです。
「会社の奴らだけじゃなくて、私達が知らない友達も本当にたくさん来てくれました。咲良さんもこうして家まで来てくれて・・・・・足が不自由だったり離婚したりと幸せ薄い子だと思ってたけど、良い友達には恵まれてたんだなぁ」 とお父さんがしみじみと言ってました。
高校生と中学生の子供2人を残して、自分に何が起こったのかもわからないままこの世を去らなければいけなかった彼女の無念を思うと、辛いです。日々の忙しさに紛れて会う時間を積極的に作ろうとしなかった自分が悔しくてたまりません。その気になれば時間なんていつでも作れたのに。こんな風に会えなくなるなんて思わなかったから。
残された孫2人を私達が育て上げないといけないから・・・と寂しそうに笑うご両親。病院側との話し合いは納得するまで続けるんだそうです。ちゃんとした書類も作ってしかるべき機関に提出して、満足いく説明も治療も受けられなかったという思いをきちんと解消できるまで 「諦めませんよ。がんばります」 と仰っていました。 「同じような治療をしてるのなら、同じように亡くなった人がいるかもしれない、これから亡くなる人が出るかもしれない。そういう事がないようにきちんとしてもわらないと。娘の死を無駄にしたくないじゃないですか」
病院には病院の言い分があるんだろうけど、患者や遺族が納得も満足もしてない以上、対応はしてほしいと思います。
こんなカタチで会いたくはなかったけど、最後にきちんとご挨拶に行けて良かったです。
さよなら、ちかさん。
| 2008年01月22日(火) |
愛と勇気だけがとーもだっちさー♪ |
日に日に我が家に増える物。
それはアンパンマン。
最初は、友達にもらったおもちゃ1つだったのが、ユウがアンパンマンを認識して 「あんまんまん!」 と喜ぶようになってからは次々に増えてます・・・・・・
まずはオムツがメリーズからアンパンマンの「GENKI!」へ。だってその方が嫌がらずに替えさせてくれるんだもん・・・・・。
お正月に義妹のマミさんからもらった高さ30cmぐらいのアンパンマン。中にはお菓子が入ってたんですが、食べてしまった後もユウのお気に入り。
その時一緒にもらった、昔ゲーセンでGETしたというクッション。後ろにファスナーがついてて、開けると中から肌布団が出てきます。ただし、素材がポリエステルかなんかで保温性はまったく期待できないので、夏場のお昼寝用って感じでしょうか。
ガチャガチャ(1回200円)でGETしたチョロQ・・・っていうのか、これ。車にキャラクターが乗ってて、軽く後ろに引いてやるとテーブルの上をガーッと走ります。どういう仕組みなのか途中で曲がるようになってるので、どこに行くか予想がつかない所がユウはおもしろいらしい。ちなみにカレーパンマンとショクパンマンとドキンちゃんとバイキンマンがいます。あとはアンパンマンとチーズが揃えばコンプリート(苦笑)でもこれ、やったからって持ってないのが出てくるとは限らないんだよね・・・・。
スティックの先にアンパンマンがついてて、スイッチを押すと 「ぼく、アンパンマン!元気100倍!アーンパーンチ!!」 とアンパンマンが叫ぶおもちゃ。次郎君の親戚の双子ちゃんがいるお宅から頂きました。
これは大物、ブランコ。次郎君がクリスマスプレゼントにと買ってきました。でかい・・・・・でもユウはものすごくお気に入り。ちゃんと自分で1回後ろに引いてから漕ぐという事ができるのですよ。ビックリしました。保育園で覚えたの?問題は、ブランコに座った時に目に入る所にはアンパンマンが1つも描かれていないってとこですかね(苦笑)
そしてここに今日新たに仲間入りしたのが、ついに来た、絵本。ストーリー性はなくて、キャラクター紹介みたいなシンプルな奴。まぁまだストーリーあってもわかんないか?アンパンマンに次いでドキンちゃんが好きなようで、指差しては 「○※▲ちゃん!」(←まだ発音が不明瞭なので文字にできないけど、ドキンちゃんと言ってるらしい) と楽しそうです。
次郎君が 「お土産だよ〜♪」 と買ってきたのですが・・・・・それ、私も前に本屋で見たわ(^^; でも買ったらキリがないか?と思って敢えて買わなかったんだけど・・・・・っていうか、わざわざ買いに行ったのか。いや、あの本屋の隣にラーメン屋があるから、そこでお昼ご飯を食べた後に昼休みが余ったので本屋を覗いて探してみたってとこだろうなー。
そのうちテレビのアンパンマンを録画して見せてみる?なんて次郎君は言ってますが、一度それをやると延々と 「アンパンマンを見せろ」 と訴えるようになりそうでイヤです(--; ←今、しまじろうのDVDがその状態。
頼むからアンパンマンの柄の服とか買ってくるなよ〜。喜ぶかもしれないけど、キャラクター物の服は極力着せたくないのだ。靴下とか靴とかの小物ならギリでOK・・・って感じ。
ここに、近々友達の所からアンパンマンのすべり台ももらう予定なんだよね・・・・・それはさすがに部屋の中に置くスペースはないと思うんだけど。このままだと、我が家がアンパンマンランドになる日も近いです。
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