金色の夢を、ずっと見てる

2006年01月07日(土) 予約した意味がないだろう、それじゃ。

昨日の事なんですが。

仕事中、突然支社長が私の所にやってきて言いました。
「そういえば、年末調整の結果はどうなったの?」


・・・・・・・・は?

え、年末調整の結果って・・・・・結局いくら返ってきたのかとかそういう事?だったら先月の給与明細に書いてあったじゃん?と思ったのでそのまま
「先月の明細書に還付金がいくらって載ってましたけど・・・」
と言ったら
「いや、そうじゃなくて。個人個人のもっと詳しく載ってる奴があったでしょ?」

・・・・・えーと、源泉徴収書の事でしょうか。それなら
「先月の給与明細と一緒にクリップで留めてお配りしましたが」
「いや、私はもらってない」

はい!?

そんなはずはない。だって給与明細と源泉徴収書と医療費のお知らせのハガキをちゃんと1人分づつクリップで留めて配ったもん。支社長には私が直接手渡したよ?


総務部長まで巻き込んであーだこーだと話した結果、支社長が言ってたのは源泉徴収書の事ではなくて
「1人1人の還付金や不足額が一覧表になったもの」
だという事は判りましたが・・・・・そんな書類なかったよ?でもいくらそう言っても
「いや、毎年あったはずだ。それを社内で回覧して、全員金額を確認して印鑑を押してから本社に送り返してただろう。その一覧表は?」
としつこく主張する支社長。


だからないっつーの、そんな書類。



本社にまで電話で問い合わせて、今年はもちろん過去にもそんな書類は作った事はないという回答をもらい、それを報告してもまだ
「いや、毎年その一覧表を回覧してたはずだ」
と譲らない。なんかちょっとうんざりしてきちゃって
「いやぁでも毎年源泉徴収書を配布してますけど、私はそういう一覧表は見た事ないですけど」
とか言ってたら、しばらく経ってから支社長がまた来ました。




・・・・・・・・・・・・・・・・どうやら、前の会社とごっちゃになってたようです。

この支社長、いわゆる『天下り組』なんですよね。うちの会社の親会社っつーか、関連の大手企業を1回定年退職してうちの支社長になった人。で、その以前お勤めだった某大手企業時代と勘違いしてたようです。
「前の会社では毎年そうだったから、年末調整っていうとどうもそのイメージが残ってててね。そうか、ここではやってなかったんだったね」




確かに、年末調整の結果、不足が出た人に関しては、一覧表が作られます。でもその一覧表を基にちゃんと
『あなたはこれだけ税金が不足してました。つきましてはひとまず会社が立て替えて払っておきますので、今月から○ヶ月に渡って、毎月の給与からこれだけの金額づつ天引きで精算しますけどいいですね?』
っていう1人1枚の通達文書が作られて、それを該当者に配布して、了解したら押印してもらって本社へ送り返す事になってるんです。つまり、文書をもらった本人には、自分がどれだけ不足額があったのかって事しか判らない。支社内でその全容を把握してるのは総務だけだし、全社大で把握してるのは本社の総務だけ。


支社長が言ったような『1人1人の還付金や不足額が一覧表になったもの』なんかを回覧したら、誰にいくら返ってきたとか、誰はいくら払わなきゃいけなかったとかが全員に丸判りになるわけでしょ?


・・・・・・・・・・・・・・・個人情報の保護がこれだけ厳しく言われる時代に、そんな事していいわけないだろう。

ちょっと考えたら判りそうな事なのに、なんかまるで私が書類を隠したような言い方までされてさぁ。かなりイヤ〜な気分になりましたよ。新年早々勘弁してくれよ。



まぁそんな話はさておき。(すいません、思い出したらなんかムカついたので書きたかったの ^^;)


今日は4週間ぶりの検診でした。しかしこれがまたえらい大変で。

何が大変って、待ち疲れた。

予約は11時。ちゃんとその時間に行きました。受付に診察券と母子手帳を出して、採尿も済ませて待つ。その時点で、
「なんか今日は人が多いな〜」
とは思ってたのですが、なんとそこから待つこと1時間。

ようやく呼ばれて中へ入り、まずは看護師さんによって血圧と体重測定。それから赤ちゃんの心音を聞きます。そして隣の部屋で助産婦さんとちょっとお話して次の診察日の予約。それが済んで出ようとした時、その助産婦さんが言いました。
「あ、タイツはいてるのね。診察の時に先生が足のむくみも見られるから、脱いでおいた方がいいわよ?」

え、そうなんだ。えーと、でもまだ中待合室(待合室から中に入って、もう1つ診察室に入る前に待つ所があるんだよね)に2人ぐらい待ってる人がいたよ?と思って
「どうせ内診の時に脱ぐから、その時じゃダメですか?」
と言ったら
「ん〜でもここ出たらすぐ内診に呼ばれるでしょ」
と言われ、ついでだからここで脱いで行けと言われたのよ。

ちょっと寒くないかなぁ・・・でもまぁ暖房も効いてるし、足にコートかけとけばちょっとの間なら大丈夫だろう。

と思い、素直にタイツを脱ぐ。う、やっぱりちょっと寒い。中待合室の椅子に座り、膝から下にコートをかけて待つ。


待つ。


・・・・・さらに待つ。


私の前に座ってた2人は、しばらくしたら呼ばれて内診室に入りました。(←この時点で既に30分は経っていた)あ、やっと次は私ね・・・と思っていたら!


なぜか、外の待合室から2人呼ばれ、その人達は私の前を素通りして先に内診室に入っていくじゃないですか!!



え、どういう事!?

動揺しつつも、おとなしく待つ私。さらにもう1人、同じように私の前を素通りしてコチラは診察室に入っていった人も。


なんで?なんで私よりあっちが先にされるの?っていうか、私の順番は?





これはもしかして、っつーかもしかしなくても、私、忘れられてるんじゃないだろうか。もう1人先に通されそうになったら聞いてみようかな。

と思うものの、通り過ぎる看護師さんたちはなんか妙に全員忙しそうで声をかけられる雰囲気じゃない。(そもそも、私の座ってた位置は診察室の入り口より奥の方だったので、主に診察室⇔外待合室の間をうろちょろしてる看護師さんは私の目の前を通らない)

そうこうしてるうちに、足は寒いし風邪でのどは痛くて咳が出て辛いし、でも暖房は妙に効いてて頭はボーっとしてくるしでなんか段々悲しくなってきちゃって、唐突に涙が出てきてしまった。しかもこういう時に限って、いつもならハンカチ代わりに持ち歩いてるハンドタオルもティッシュも忘れてきてるし!

コンタクトにゴミが入ったかのようなフリをしながらこそこそと涙を拭くんだけど、なんせもともと風邪気味なもんだからそのうち鼻水まで出てきちゃって、どう見ても泣き顔になってしまう。

しばらくそうしてたら、さっきから何度か他の人を案内しながらも私の事を気がかりそうに見てた看護師さんが、見かねたのか声をかけてくれた。名前を聞かれたので答えると、一旦診察室に入ってすぐ出てきて
「お待たせしてごめんなさいね、次の順番になってますから、もうちょっとだけ待ってくださいね。大丈夫?」
と言ってくれました。
「はい、大丈夫です」
と答えながらも、あ〜やっぱり多分忘れられてたんだろうな〜とぼんやり思う私。

そういえばさっき、多分次は私ね、というタイミングで外の待合室から呼ばれた患者さん。あの人私と同姓だった。・・・・・・もしかしてあそこで間違われたんだろうか。(かなりよくある姓なんですよ、私)

いつもだったら途中で確認するか、しなくてもこんな風に涙が出ちゃう事なんてないんだけど、今日はやっぱり風邪で心身ともに弱ってたのかなぁ。苦情を言う気力もなくて、結局、中待合室に入ってからトータルでさらに1時間以上待たされました。


まぁそれでもエコーで見た赤ちゃんは元気そうで、ちゃんと大きくなってたし手足が2本づつでそれぞれに指が5本ある事も確認できました。まだ性別は判らないようですが、それも次回また4週間後の診察には判るでしょうとの事。その頃までには胎動も感じられると思いますよ、と。

胎児の体重が大体150gちょっとらしいのですが、それを言った時の先生の例えが
「まぁステーキ1枚分ぐらいですね」
・・・・・思わず吹き出しましたよ。


最終的に、診察が終わったのは午後2時。病院に滞在した3時間のうち、実に2時間以上はただ待ってただけ。待合室の患者さんは1人だけになってました。どう考えても忘れられてたんだろうな〜。そりゃ待ち疲れもするっつーの。


次郎君に電話したらお昼ご飯は適当に食べたというので、自分用のお弁当と、夜に七草粥を作るための七草セット、あとトイレットペーパーなど細々した日用品の買い物をして帰宅しました。


帰って、買ってきたお弁当(ちなみに、見たらどうしても食べたくなったうな重)を食べながら事の顛末を次郎君に話したら
「・・・・そりゃ間違いなく忘れられてたな」
という身も蓋もないコメントをされ撃沈(苦笑)すっかり疲れたのでそれからちょっとお昼寝して、夕方、次郎君だけを次郎君ちの親戚新年会第二弾に送り出しました。


夜は予定通り七草粥。まだのどが痛いからお粥ってちょうどいいわ〜なんて思ってたのですが、よく考えたらあれって“1年の健康と無病息災を願う縁起物”なわけですよ。・・・・・それって、すでに風邪を引いた状態で食べても効果はあるのか?でもまぁ予想以上においしくできたので、夜中に帰ってきた次郎君にも食べさせようとちょっと残す。自宅で宴会料理を食べてくるんだけど、お粥をちょっとぐらいなら食えるだろ。



2006年01月06日(金) カツミはインフルエンザをもらったらしい。

妊娠中で薬が飲めないのに、新年早々風邪をひいてしまった咲良です。こんばんは。

いやぁ、一昨日あたりから「なんか調子悪いな〜」とは思ってたんですけどね。一昨日(4日)の夜は、お正月でそれぞれ長崎と福岡から里帰りしてるリナとトモエが遊びに来てくれたんです。私が行けなかったトモエの結婚式の写真とビデオを持って。

そしたら、2人とも私の結婚式の写真の焼き増し分まで持って来てくれてビックリ。しかもリナの方は、ちゃんとかわいくアルバムに作ってあるんですよ。いっぱいコメントが書き込んであって、それがまた一々リナらしいの(笑)

写真でひとしきり盛り上がった後は、トモエのイトコが撮ってくれてたというトモエの挙式〜披露宴のビデオ。次郎君も一緒に見てたんだけど、
「これは・・・・自分のだと思うと恥ずかしいよなぁ。やっぱ俺達撮らなくてよかったかも」
ってアンタ。いや確かに
「撮っても絶対こっぱずかしくて見ないと思うから撮らなくて良いよね」
と言ってビデオ撮影はナシにしたんだけどさ。

挙式編では妙に余裕のトモエと、対照的に最初から最後までいっぱいいっぱいの新郎がおかしくてなかなか笑えました。でもやっぱトモエはキレイだった〜。全身にビーズ刺繍が施されたホルターネックのトレーンの長いドレスに、レースの縁取りのついたマリアベール。

披露宴編では、ベールをはずしてご入場。最初の方の司会者からの新郎新婦紹介を、どう見ても誰も聞いてない(笑)リナは
「いや、食べながらちゃんと聞いてたんだよ?」
と言いますが、いやぁ聞いてるようには見えなかった。

でも終始和やかな披露宴で、トモエもとってもリラックスしてる感じが伝わってきて良かったよ。個人的には、料理をかなりパクパク食べてたのが羨ましかったな〜。(←自分の時に、鶏肉とカシューナッツの中華炒めに入ってたイカを1切れと、ファーストバイトのケーキ1口しか食べれなかった事を今だに根に持っている)

リナが連れてきてたしーちゃん(こないだ満1歳になった)もずっとご機嫌で、前回みたいに泣かれなかったので一安心。


2人がいる間から、妙にのどが痛くて時々咳が出てたんですよ。なんかイヤな感じだな〜・・・と思っていたら、寝る頃になって状態が悪化。昨日の朝起きたらとても会社に行ける感じではなく、会社に電話を入れて休暇をもらう事に。ただでさえ有給が残り少なくなってるのに・・・・。


昼ぐらいまで寝て、起きてしばらくしてとりあえずお腹が空いたのでうどんを作って食べる。冷凍の讃岐うどんを常備してます。風邪の時は、内科より耳鼻咽喉科に行った方が治りが早いと聞いた事があるので、前にも行った近所の耳鼻咽喉科に行こうと思って診察券を確認したらなんと木曜休診。しかたないので、そこよりちょっと手前にある初めての内科に行く事に。

ところが、診察してもらって、
「風邪のウィルスでのどが炎症起こしてますね。炎症を抑えるお薬出しましょうか」
と言われたとこで
「あの、妊娠中なので薬の種類とか限られると思うんですけど・・・」
と言ったら
「あ、妊娠してるんですか?(←いや、初診受付の紙にちゃんとそう書いたじゃん)じゃぁ薬はやめておきましょう。せめて授乳中とかならともかく、妊婦さんじゃぁどの薬がいいかわかんないから。妊娠中は、風邪薬とかもかかりつけの産婦人科でもらった方がいいですよ」
と言われて診察終了。

いや、そうかな〜とは思ったんですけどね。でもどうせ今度の土曜日に検診の予定だから、その時まで酷かったら産婦人科の先生にも言おうと思ってたんですよ。検診の予定もないのに病院に行って、他の妊婦さんにうつしちゃっても申し訳ないし。

で、結局のどと呼吸音を聴診器で見られただけでおしまい。診察室を出たらすぐ受付の人に呼ばれて保険証を返され
「お大事に」
と言われちゃいましたよ。
「え?あの・・・精算とかありますよね」
と聞いたら
「いえ、今日はお薬も出せませんし、ちょっと見ただけだからいいそうです。安静になさってくださいね。お大事に」
と笑顔で見送られてしまった。・・・・・・・診察料取られませんでしたよ。ちょっとラッキー(笑)良心的な先生だったな。

コンビニでのど飴だけ買って帰宅。仕事関係で出かけてた次郎君も同じぐらいに帰ってきて、その日は次郎君が買ってきてくれたお弁当で夕飯。次郎君はおつまみにお惣菜をいくつかと、おにぎりとカップ麺。私には、リクエストしたサンドイッチを買ってきてくれました。


さすがに今日も休むわけにはいかないので、なんとか出勤。昨日よりはちょっとラクになった(ような気がする)し。のど飴をなめたり、白湯を飲んだりしながらなんとか片付けていくものの、やっぱり調子が出ない。今日本社宛てに送らなきゃいけない書類、発送できる段階まで終わらせる事ができませんでした・・・・。

しかも午後からなんか寒気までしてきて、部長に断って休憩室でちょっと横になる。ちょっとだけのつもりがいつのまにか寝てしまったようで、気がついたら1時間経ってました。ダメダメじゃん。

帰る頃になってもなんか気分が悪かったので、
「どうしようかなー今日も次郎君に何か買ってきてもらうのも悪いよな〜。次郎君の分だけでも何か作ろうかな〜。でも1人分作るのって却って面倒くさいんだよね〜」
なんて思いながら帰ろうとしていたら、なぜか帰宅中に思い出したようにお腹が空いてきたので(笑)予定通りグラタンを作りました。




どうも、病原体は2日に遊びに来たマキらしいんだよね〜。弟君の子供がインフルエンザにかかってて、お母さんももらっちゃったみたいでさぁ・・なんて話を、2日に来た時にしてたんですよ。そしたら翌日になって
「私も熱が出たー」
とメールが来て、さらにその翌日には
「あまりにも熱が出て調子が悪かったので仕事を早退して病院に行ったら、インフルエンザでした。みんなにうつしてないといいけど」
というメールが(苦笑)

でも私は熱もないし、食欲もとりあえずあるので、インフルエンザじゃないようです。良かった。私の場合、過去に病気で食欲をなくしたのはインフルエンザの時だけだったという記憶があるので、多少具合が悪くても食べれる間は大丈夫!という1つの目安にしてるのだ。


明日は1ヶ月ぶりの検診です。
「次は4週間後でいいですよ」
と言われて本当に4週間後に行けるのは初めてなのでなんか嬉しい(笑)

今まで『次は4週間後で』と言われても、かならずそれより前に出血したり具合が悪くなって1週間後とか2週間後に病院に駆け込んでたんですよ。

明日の夜は、本当は次郎君ちで『親戚新年会・第二弾』開催の予定なんだけど、この調子じゃ行けないな〜。っつーか行きたくない。他の人にうつしちゃうのもイヤだし、この体調であのテンションに付き合える自信がない。



2006年01月03日(火) 明日からもう仕事なんて・・・。

今朝、起きる直前になぜか『KAT−TUNのメンバーと遊園地に行ったんだけど、途中で休憩スペースに行ったら先にそこでジュースなど飲んでた高校生ぐらいの女子達が当然大騒ぎ。どうしよう、ここに私も入って行っちゃっていいのかな・・・と入り口でためらっていたら赤西君に当然のように“おいでおいで”と手招きされ、覚悟を決めて入っていったらなぜか赤西君と亀梨君の間の席を空けてくれたのでそこに座ったらさっきまで大騒ぎしてた女子達が静まり返り、“なんでKAT−TUNがここにいるの?っていうかあの女ダレ?なんかテレビの撮影?”と思われているのが丸判りな雰囲気になってしまい、うわーどうしよう、気まずいなー・・・・と困っているところで目が覚めた』という不思議な夢を見た咲良です。みなさん、お正月休みは満喫しましたか?


て言うか、私KAT−TUNのメンバーって赤西君と亀梨君の2人しか顔と名前が一致してません。テレビで見れば
「あ、この子もなんか見た事あるな」
って判るぐらいで、しかも実はメンバーが何人なのかもよく判らない・・・・夢に出てきたKAT−TUNは5人だったんですけど、合ってますか?


何がわからないって、そもそも何故彼らが夢に出てきたのかってとこですが(苦笑)




さて。昨日はなかなかハイな1日でしたよ。

まず、昼間は次郎君の実家へ。親戚が来るのでそこに顔を出したわけですが、なんつーか、次郎君の親戚って賑やかでハイテンションな人が多いんですよね〜。血なのかしら。今回初めて会った叔父さんがいたのですが、この方が・・・・・今年61歳との事でしたが、その年齢で大卒は別に珍しくもないかなぁ。でも、だからこそ、なのかしら。とっても判りやすく『学歴至上主義』の方でした。

県内ではトップクラスの県立高校の出身で、本当なら九州大学でも熊本大学でも行けたぐらいの成績だったんだけど、なんだかんだあった結果
「名前さえ書けば入れるようなしょうべん大学に行っちゃってね」
と仰ったんですよ。

しょうべんって・・・・普通に『小便』と変換していいのだろうか。具体的に大学名を出したくないのかもしれないけど、仮にも自分の母校を“小便大学”って言うのは言葉が汚いなぁ・・・と心の中でこっそり思っていたら、次郎君が苦笑しながら一言。
「おっちゃん、そう言わないでよ。うちの奥さん、おっちゃんの後輩なんだから」


・・・・・なんですと?今言ってたのは、私も通ったあの大学の事なんですか。

「いやぁ、咲良ちゃんが行った頃は違ったのかもしれないけど、私達が行ってた頃は本当にしょうべんみたいな大学だったんだから」
なんて言ってごまかしてましたが、うーん。


そういえば、私が大学に合格した時に、父方の叔父さんに同じような事を言われたんだよねぇ。

私はその場にいなかったんだけど、お母さんが後でかなり不機嫌になってました。叔父さんは私が行く事になった大学名を聞いて
「なーんだい。○○大学なんて入試で名前さえ書けば入れるような所じゃないか。女の子なのにそんな4年制大学なんて行ってどうするんだ」
と言ったのだそうです。

それに対するうちのお母さんの意見。
「何よ、自分とこの娘がそれこそ誰でも行けるような短大しか受からなかったからってそんな言い方する事ないじゃないねぇ?叔父ちゃんが知ってる頃とは違うのよ!って言ってやりたかったけど、言っちゃうと娘自慢してるみたいで叔父ちゃんが不機嫌になるかなと思って言わなかったわ」


・・・・・・・・・まぁ一応弁解と言うか、なんか悔しいので説明しますが、私の母校である大学は、ちょうど私達が入学する年に名称が変わって、学部も増えたんですよ。で、私が行ったのはその新設学部で、新設でもの珍しかったせいもあったかもしれないけど初年度の倍率は12.6倍でした。実際は国立の滑り止めとして受けた人もいるだろうから定員以上の合格者を出したはずなんだけど、それでも倍率は7〜8倍だったと言われてます。(入学後に先生から聞いた話だから多分本当)

「名前さえ書けば入れる」
とか
「入学金さえ払えれば誰でも入れる」
なんて言われるようなレベルではなかったと思うし、受験の時にはそれなりに頑張った記憶もあるので・・・・・そういう言い方をされるとやはりいい気はしませんねぇ。

でもうちの親戚の発言に関しては、お母さんの言った事も当たらずといえども遠からず、という感じで。父方の親戚には、上は私の10コ以上年上から下は妹の年まで、結構年がばらけて8人いるんですが、その中で4年制の大学に行ったのは私だけなんです。

ついでに言うなら、母方の親戚でも四大に行ったのは私とみなとと、みなとの弟の3人だけ。短大とか専門学校に行ったイトコは他にもいますけどね。(私の妹も短大だ)


・・・・・・・なんつーか少子化と言われて定員割れして倒産する大学も出てきて、受験者全入学時代なんて言われてても、ちょっと田舎に行けばまだまだこういう発想が残ってるんだよねぇ。
『女の子なんてどうせ結婚して子供産んだら家に入るのに、わざわざ4年制大学にって何するんだ』
って。


あ、ちょっと話が逸れた。


まぁそんな叔父さんのアルコール入りのテンションに付き合う事2時間。ようやくその叔父さんが寝てくれて、しばらくはお義母さんやお義姉さんもふくめて女性ばっかりでまったりおしゃべり。(男性陣は寝てるか箱根駅伝見てました)夕方になって叔父さん&叔母さん達は帰り、義両親、お義兄さん夫婦とうちら2人の計6人だけで一息。義妹さんが旦那さんの実家に行ってた息子達を連れて帰ってきて、その2人にお年玉をあげたところでようやくうちらも帰宅しました。


そして約1時間後、私の友人達が到着。ミヅキとその旦那さんのショージさん(+子供2人)、カツミとその旦那さんのキュウさん、唯一独身のマキ。お盆にも集まったメンバーで新年会です。

友達が来ると言ったらお義母さんが手作りの料理の残りを持たせてくれたんですが、これがまたおいしいんですよ。煮物とか南蛮漬けとかお義母さんいわく『誰でもできる田舎料理』なんですが、里芋の煮しめも黒豆の煮たのも小エビの素揚げも、妙においしいの。ミヅキ達も絶賛。

ミヅキんとこのチビ1号(5歳半)が次郎君と一緒に桃鉄をやるのを楽しみにしてたそうで(笑)マキと3人でマジ対決。実際はチビ1号の分も次郎君がやってるようなものなんですが、1号大喜び。


11時半を過ぎた辺りで、マキが
「お母さんが具合悪いんだけど、今日家に1人でちょっと不安がってるみたいだから」
と先に帰り、残ったメンバーはまだまだしゃべり倒す。特にカツミが・・・・・1人だけ、県外に嫁いでるんですよ。キュウさんは家業を継いでいて、カツミもその会社で経理関係をちょっと手伝ったりしてるんですが、基本的には専業主婦みたいなもの。それも本人の意思というより
「お嫁さんには家にいてキュウが帰ってくるのを待っててあげて欲しいの。キュウのお給料だけじゃ生活が厳しいんだったら実家から援助するから、お願いだからカツミさんは家にいてあげて」
という専業主婦暦30年のお姑さんの強固な意見によりそうせざるを得ない状況で。


身内以外に知り合いもほとんどいない状態で、かなり個性的なお姑さんにお舅さん、比較的マトモな義弟と、お姑さん以上に理解不能なその奥さんとうまくやっていくのにかなり神経を消耗するらしく、たまに里帰りして会うともうほとんど独壇場とばかりにしゃべりまくるんですね(苦笑)次郎君に言わせると
「マシンガンを5丁ぐらいいっぺんに打ちまくってるような感じ」
・・・・言いえて妙。←否定はしない。


結局全員が帰ったのは・・・・2時半ぐらいだったかなぁ。カツミが後片付けをほとんどやって帰ってくれたので助かりました。私は
「適当にやっといてくれれば明日私がやるからー」
と言ったのですが、A型のカツミはその『適当に』がダメ(笑)残った料理はお節が入ってた重箱に詰めてしまい、使った皿やお義母さんが持たせてくれた料理が入ってたタッパ類も全部洗い揚げ、ゴミは1つの袋にまとめてゴミ箱へ。最後まで使ってたグラス類も洗って帰りたそうだったけど、食器乾燥機が満杯だったので
「いや、それぐらいは私が明日やるから」
となだめて帰しました(苦笑)

最終的に私達が寝たのは3時過ぎ。おかげで今朝起きたらもう12時をまわろうかという時間でした・・・・それは既に『今朝』ではない。


今日は次郎君と2人でまったりダラダラ。昨日の残りの料理とレトルトカレーで昼食を済ませ、昨日録画してた『里見八犬伝』を一緒に見る。それから私は昨日のグラス類もまとめて洗い、その間次郎君はコタツでテレビを見てまたまったり。夜も、簡単に牛とじ丼と豆腐とわかめのお吸い物で済ませました。

・・・・・・本当は夜もあんまり作りたくなかったんだけどね。三箇日ぐらいは徹底的にサボりたかった・・・・おせち料理って本来はそのための物なんだよね、確か。三箇日ぐらいは主婦を休ませるために、日持ちする縁起のいい料理を重箱いっぱいに作る。でもまぁ私は普段から結構さぼってるので(笑)2.5日休ませてもらったら充分か(^^;

今日の『里見八犬伝』も録画して、裏の『古畑任三郎』を見る。次郎君は途中で寝ちゃいました。

はぁ、明日からまた仕事だ・・・。がんばろう。うん。


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咲良 [MAIL]

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