| 2003年11月22日(土) |
昔の彼氏の名前とかじゃなくてよかったのかも(笑) |
大学の友達 新妻Mの結婚式です。(入籍は8月のMの誕生日に済ませてもう一緒に住んでるので”新妻”)
受付で同じく友達のK子ちゃん、K美ちゃんと合流。開場準備が出来るまで来客控室にいたら、K賀ちゃん、NKちゃんも来ました。(・・・関係ないけど、私の友達ってやたらKがつく人多いな ‐‐;)
ホテルの25階にある展望レストランでの披露宴。時刻はちょうど夕方で、夕日→夜景がキレイないい時間帯でした(^^)
全部で80人ほどの中規模な式。2人の人柄があらわれた、アットホームで楽しい式でした。しかしなんといっても今日のヒットはK美ちゃんのスピーチでしたね。
最初から話はしてたのです。 「ちゃんとスピーチの原稿書いたんだけどね、旦那さんの名前が間違ってるって事に昨日気付いたの〜」
・・・原稿を書く時に、何気なく招待状の封筒を見て書いたのだそうです。結果、表に差出人として書いてあった新郎のお父さんの名前を原稿に書いてしまった、と(笑)
前日になってそれに気がついて、慌てて原稿の名前を赤ペンで書き直して、会場まで旦那に送ってもらいながら車の中でも一生懸命練習して。直前まで「間違えないようにしなきゃ」と気にかけていたのですが・・・・・
途中までは順調でした。高校時代の思い出などもおりまぜて、お客さまの笑いも取りながらスピーチも最後に差しかかったその時!!
「和臣さん(←あえて書く)、Mの事を幸せにして下さいね。よろしくお願いします」
( ̄□ ̄!!!!
K美ちゃん!!新郎の名前は国臣さんよ!!!和臣さんは新郎のお父さん!!!!
Mの天然ネタに笑いながら聞いていた私達も固まりましたが、高砂の新郎新婦はもっと固まったようです(笑)そんな2人の様子を見てやっとK美ちゃんも自分の間違いに気づきました。
「えぇ!?ごめん、私今”和臣さん”って言っちゃった!?あぁどうしよう!!絶対間違えないようにって思ってたのに〜!ごめんね、M。だって原稿が間違ってるの〜!」
・・・・ぜんぶマイクに入ってるよ、K美ちゃん(爆)
新郎のお友達のスピーチもそうとうおもしろかったけど、この時は会場中が笑いで揺れましたね。ふと見るとコンパニオンのお姉さんまで笑ってた(^^;
しかもこれ、ネタにされました。終わりの方で両家を代表して新郎のお父さまがご挨拶される時に、司会の人が 「ではここで新郎のお父さま、本物の和臣さんにご挨拶を頂きます」 って(笑)さらにその後にお父さまが 「え〜、私が和臣でございます。新郎の父です」 って(爆)
いや、本当に楽しい式でしたよ(^^)
終了後は二次会へ。
ところが、この二次会が・・・段取りがイマイチでですね。 まず、二次会の案内がちゃんと行き渡らなかったんですよ。私と、一緒に受付をしたK子ちゃん・K美ちゃんは案内のチラシはもらいませんでした。でもその少し後に来て受付をしたK賀ちゃんとNKちゃんはもらってました。
どうやら受付で席次表と一緒に渡してたらしいんですけど、受付の人が渡したり渡さなかったりしてたみたいで、新婦側の友人の半数以上はもらってなかったのです。
結局、 「案内をもらわなかったから、二次会はないのかと思ってもう迎えを頼んじゃった」 とか 「他の人はもらってたのに自分はもらわなかったから、職場の人だけでやるんじゃないの?」 などなど。
気を悪くして帰っちゃった人が何人かいました。
ちなみに「ないのかと思って・・」はK子ちゃん。結局、もう迎えに向かってくれてる彼氏を追い返すのも悪いから、と謝りながら帰ってしまいました。
K賀ちゃんは、仕事の関係でなんとこの後お通夜に行かなきゃいけないそうで不参加。NKちゃんは子供を預けて来てるから、と帰宅。
二次会に人が少ないのは寂しいし、なによりせっかくだからMとゆっくり話したいよね、とK美ちゃんと2人で行ったのですが、結局新婦側の参加者は私達も含めて3人(!)後は新郎の学生時代の友達と、2人の職場の人達ばかりでした。(この2人は職場結婚なので)
もう1人来てたお友達も、この後夜勤入りだそうで始まって1時間弱ぐらいで退席。なぜか職場の皆さんが途中でまとめて帰られたため、最終的には私達2人と、新郎新婦と、新郎の学生時代の友達で総勢10人ぐらいの小団体になってしまって(‐‐; これは・・・あきらかに幹事の不手際でしょう。
二次会の案内って難しいです。以前友達の二次会で幹事をした事があるけど、一番気を配ったのが 1 来て欲しい人にちゃんと案内が行き渡っているか 2 二次会だけに来てくれた人がちゃんと新郎新婦と話せているか の2点。
1に関しては、最初から友人席だけ名札のしたに案内を配っておいてもらう事で対応しました。受付で「お友達にだけ渡して下さい」つっても、受付の人が判断できない場合があるでしょ?
私達だけで考えるなら、Mと本当にゆっくり話せたからよかったんだけど、披露宴に来てた他のお友達さん達も、そうできたら良かったのに、と思った。
あ、ちなみに出張で式をドタキャンしたA嬢、空港から直行して二次会に顔を出しました。迎えに来てくれた友達を車で待たせてるから、とほんの10分ぐらい顔を出してお祝いを渡して帰って行ったけど、やっぱりMは嬉しそうだった。
二次会はちょっと残念だったけど、式自体はすごく楽しくていい式だった♪ 国臣さん、美和(←結局名前だしちゃう・笑)お幸せに\(^o^)/
| 2003年11月21日(金) |
余所様の家庭の事情。「嫁」という字は”家の女”と書くのよね・・・。 |
予感はしてたんですけどね・・・デートはドタキャンされました(泣)
仕事が終ったら電話するから、と言われてたのに7時半になっても連絡がないので、さすがにお腹がすいてこっちからTEL。 「ごめん、後でかけなおす」 「あ、うん、わかった」 ・・・・・この会話、ノンフィクションですよ。本当にこれだけしかしゃべってないの。通話時間7秒(笑)
8時近くになって次郎くんからTEL。 「今終った・・・ちょっと聞いてくれよ〜俺、明日と明後日、朝8時集合で○○まで行かなきゃならん」 ・・・・・・○○、とは次郎くんちから車で1時間ちょっとの地名です(汗)そこに朝8時集合!?
お互いしばし沈黙。
次郎くん、今から家に帰って9時近く(今日の現場も小1時間離れた場所だったので)。それから私と会って、何時に帰るのかわからないけど、明日の朝は8時に○○集合のために6時半頃起きなきゃいけない。
正直言ってすんごいキツイんだけど、これで”だからキャンセル”なんて言ったらまた私が怒るんだろうな〜と思って黙り込んでるのが伝わってきます(笑)・・・・・・・・・・・・しょうがない、ここは私が折れましょう(嘆息)
「いいよ、わかった。・・・来週にしよう」 「いいですか(←異様に低姿勢な次郎くん・笑)」
っつーわけで急にヒマになっちゃったワタシ。友達Eがなにやら話したい事があると言ってたので、バイトが終ったRと一緒にお茶でもしようかと集まる事に。
Eは以前ちょこっとこの日記にも登場してます。詳しくは10月27日の日記参照。旦那が異常に人見知りするあの彼女です。
そのE夫婦、今度家を買う事になりました。お義母さんの援助で郊外に中古の家を買って、リフォームして引っ越すのだと言う話は聞いてました。ところが、ここで話がややこしくなってる。
”お義母さんの援助”の時点で考えついてはいたんですけどね。やっぱり話が出たんだそうです。『同居』の。
ある日Eに電話がかかってきて、 「新居に置くベッドを買いに行きたいんだけど、Eさん今度の日曜はヒマかしら?」 ・・・・・・なんですと?
このお義母さん、実は近々再婚の話があったのです(お義父さんは随分前に亡くなってます)。勤め先の社長と、すでに半同棲・・・っつーか通い妻状態。これをEのご両親はあまり快く思ってませんでした。
E達夫婦は、もちろん反対なんてしてませんでしたし、それどころか、後妻として向こうの家に入っても、やっぱり老後まで向こうのお子さんにお世話になるのはお義母さんも気が引けるみたいだから、その時はやっぱり自分達が面倒見なきゃね、なんて話までしてました。
でもEのご両親にしてみたら、 家があまり近くないからといって孫の面倒もほとんど見ないで金銭的な援助をするばっかりで、自分の再婚相手(しかもまだきちんと籍はいれてない)を孫に”おじぃちゃん”と教え込み、さらにとんでもないイナカに家を勧めておきながら、結局は再婚話なんてなかったかのようにいきなり同居ですって!? というわけで。
E自身も、いずれは自分達が面倒みなきゃと思ってたとはいえ、それはあくまでも”いずれは”の話です。家を買う事にしても、お義母さんの援助をもらってまで今買わなくてもいいじゃない、分不相応よ、なんて言ってたのです。
なのに、旦那さんがハッキリ断ってくれずにいる間にお義母さんの知り合いの町議を通して話が進み、物件が決まり、じゃぁしょうがないからもう覚悟を決めようか、なんて思ってたところに降って湧いたような同居話。
結局再婚はどうなったのか、最初から同居のつもりなのか、ちゃんと確認してくれ、と旦那に言ったところ 「いいじゃん、どっちでも。結局はいつかは同居するんだし、母ちゃんの金で家を買えるようなもんなんだから、好きにさせとけよ」 ・・・・・・さすがにEもキレました。
援助してもらう事で恩を着せられるような事になりたくないから嫌だったんだ、自分達の金で買えるようになってからでいいじゃないかって言ったのに、こんなんだったら私はその家には住みたくない!!
と言ってしまったのだとか。ちょうど「ベッドを買いに」の電話の時にEのお母さんもたまたまその場に居合わせた事から、一気に事態は戦闘モードに(苦笑)
しかも、その物件がかなりイナカだった事がまたEには不満でした。Eは産まれた時から熊本市内で育った人。結婚する時に新居の場所で”市内から出るぐらいなら結婚しない!”とまで言って破談になりかけたヤツです(笑)
なのにその物件は、市内を出たばかりかその”郡”の町の中でもかなりはしっこ、あと1つ隣の町を越えたら熊本県すら出てしまうような場所でした。さらに実際行ってみたら、小学校がものすごく遠かった。
家からの距離としては3〜4kmらしいんだけど、高速道路のすぐわきで狭い道とか、街頭1つない真っ暗な道とか、そんな所を通らないと学校に行けないような立地条件でした。いずれは子供がそこを通うのかと考えたら、とんでもない!と。
でも旦那にそう訴えてみても、「まだ何年も先の話だろ?」と全然考えてくれない。何年も先とは言っても、5年後には確実に来る未来の話です。なのに何故それをきちんと考えてくれないの!?子供だけでなく自分達の将来の事なのに!!
・・・・・・と、Eはどんどん不満を募らせ、ついに「そんな家には住みたくない!」発言に至ったわけです。
それは・・・無理もないかなぁ、とRと2人で同情してしまった。しかもEの上記の発言に対して旦那さんは(まぁ売り言葉に買い言葉という奴だったのかもしれませんが)、「じゃぁ別居するしかないじゃん」と答えたそうで(‐‐;
Eの実家では、もともと向こうのお義母さんに良い印象をもってなかったせいもあって、「本当に別居する事になったらいつでも帰ってきていいわよ」と言ってるのだとか。これはひょっとすると本当にひょっとするかもしれません。
話を聞いてると、お義母さんの暴走もなんだけど、旦那さんの頼り無さが気に障ってしょうがない。自分が妻と子供を養っているのだという自覚がまったく感じられなくて、この人、結婚して子供も出来て、それでもまだ親の庇護の下にいるつもりなんじゃないか?と信じられない気持ちになる。
Eも、「旦那の事は別に嫌いじゃないんだよ。だから離婚するつもりはまったくないし。でもあまりにも自分達の将来に関して無関心っていうか、考えが甘すぎて、こんな状態では絶対幸せになれないと思うと子供と一緒についていく気にはなれない」とシビアなコメントをしていた。
結婚したら、『嫁』は最終的には旦那が頼りなんだ、と。それまで赤の他人だった人達を”お義母さん” ”お義父さん”と呼んで、うまくやっていかなきゃいけない。その中で旦那が味方になってくれなかったら誰を頼ればいいの?
結局Eがどんな結論を出すのかわからないけど、ちゃんと旦那と向き合って話し合いができればいいな、と思う。まだ結婚してない私達に「結婚って悪くないな」「旦那さんがいるっていいもんだな」と思わせて欲しい。意外とそういうふうに感じさせてくれる夫婦って少なくないですか?
| 2003年11月20日(木) |
木曜は『マンハッタン』の日。 |
午後、研修中のみなとからメール。
「研修所にテレビはあったものの、就寝時間が10時半なので『マンハッタン・ラブストーリー』が見れない〜!!」
私はきっちり見さして頂きましたが(笑)
あ、その前に『エ・アロール』
ビックリしたわ〜。野村さんが玲香さんにいきなりプロポーズするとは。立木さんがかわいそうだったなぁ。
一方、きっちり振られる事でなんとか大人としての良識を保ってくれた杏子さん。ホッとしましたよ、本当に。なのに何故麻子さんは別れを選んでしまうの〜(><)
野村さんの息子夫婦の反応って、多分ごくスタンダードなパターンなんでしょうね。高齢の親の再婚を「みっともない」とか「恥ずかしい」って思ってしまう。でも同じ経験をした院長の説得でとりあえず納得してくれてよかったな、と思う。完全に納得したわけではないのかもしれないけど、そんな親の生き方や選択を理解しようとしてくれた。それだけでも野村さんは本当に嬉しかったんじゃないかな。
そして『マンハッタン』 忌野清四郎さんが出てきた時に「ミツキヨだーー!!」と1人で大ウケしていた私(笑)しかも店長の名前が”八反万次郎”って!!Hなのか、やっぱり!!(爆)しかし今回の店長はちょっと不憫だったな(^^;
船越さんブラボー!!ナイス店長代役!!
タクシーの中で寝てたベッシーがあんまりラブリーで1人で悶絶(笑)
このドラマが低視聴率なんて納得いかないわ〜。頼むから打ち切りなんて事にならないでくれよ〜(泣)
ツッコミ処が多すぎて何を書いたらいいかわからない(笑)忍くんの女装(?)は定着しちゃうのか!?
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