ゆらゆら日記...カヅミ

 

 

わぁ - 2001年12月15日(土)

だらだらしてた。


-

朝、昼、晩 - 2001年12月14日(金)

16時間ぐらい寝て、すごくだるい。
わあああああああああああっと
学校を頑張って
あああああああああああああっと
いう間にはやはり終わらなくて
だらだらすごくして、すると学校は終わった。
冬休みの始まりだった。


-

境内にて - 2001年12月13日(木)

ある変態がいた。その変態はルーズソックスを履き、ミニスカートを纏い、然しそのミニスカートは

短すぎて下に履いているブリーフが見えた。上半身には窮屈で破れそうになっている色褪せた

黄色いTシャツを身に着けていた。胸には「Believe myself!!」と大きくプリントされていた。

かなり近くで子供達の声がする。黄色い変態はその短く刈り上げられた髪を撫でながらそちらの方向へ

ヨタヨタと歩を進めた。


その境内は丘にあり緑は深く古い御堂があった。木造の御堂の前に賽銭箱が置いてあった。そこは

一段高くなっていて降りて少し歩くと前方に鳥居がある。5,6人の子供達はそこに向かって石を

投げて乗せようとしているようだった。黄色い変態はヨタヨタと緑の中から現れ、そのまま子供達の方へ

向かっていった。子供の一人が気づき彼を指差した。皆が一斉にその方向を見た。そこには一人の黄色い

変態がいた。変態は叫んだ。「俺を見ろ、子供達。俺を良く見るんだ。」子供達はぽかんとしたまま

それを見ていた。



人影が鳥居の先にある階段を登ってきた。その人影は様子を見て「やめろ、この変態め。」と言った。

黄色い変態と子供達はそちらを見た。緊迫した空気が境内を覆った。更なる変態が現れたのだ。

更なる変態は白いハイソックスに白いブリーフという軽装だった。散切り頭の髪を振り乱しながら

子供達に進み寄った。散切り変態は黄色い変態から子供達を遮るように立ち「国の宝、子供達に

何をするつもりだったんだ。」と真っ当なことを言った。黄色い変態はしどろもどろに「自分を信じて・・・」

と言って最後には押し黙ってしまった。気まずい沈黙が流れ子供達も苦笑いをし、突然現れた

散切り頭の変態を信じていいものか其々思案していた。御堂が開く音がして皆一様にそちらを見た。

やはり、そこには変態がいた。両手に剥いたバナナを持ち、生まれたままの姿で辛うじて股間には

薄汚れたブリーフを履き、ランドセルを背負っていた。ランドセルを背負っていてもこの変態は

どうみても成人男性だった。ランドセルの中身はバナナでいっぱいで歩くたびにランドセルから零れ落ちている。

バナナの変態はこう言った。「バナナを食え、頼むからバナナを食ってくれ、子供達よ、さぁ」

そして、子供達の方に突進して来た。バナナで子供達に切りかかったのだった。バナナの変態が

動くたびにバナナは落っこちた。散切り変態が止めようとするがそれでも子供達に下に落ちたバナナを

拾い投げつけた。そうするうちに子供達も変態達に向かって石を投げつけていた。散切り変態は抗議を

したが、子供達は聞く耳を持たなかった。


日が沈もうとしている。境内には変態達しかいなかった。子供達は変態達が大人の本気を見せて殴り倒して

階段の下に捨てておいた。変態達は子供達を打ち倒すことで快感を覚え、同時に連帯感も覚えた。

子供達を下に捨てた後、自己紹介をした。黄色い変態は松尾と名乗り散切り変態は馬野と名乗った。

バナナの変態は夕田と名乗った。3人は1週間後に改めて会うことを約束し「警察が来る前に」と

境内を後にした。


翌日にはこの事件は新聞で取り上げられ大問題となった。変態達は各々その事態の大きさに

困惑するどころか興奮していた。



続かない。


-

ぁぃぅぇぉ - 2001年12月12日(水)

今日はライブにいった。スーパーカーとDMBQでスーパーカーは
すごく適当だった。やる気がなさげだった。ボーカルのナカコーが
仙人みたいになってた。ベースのミキちゃんは声が出てなかった。
DMBQが最初のMCで「スーパーカーのライブ見て金返して欲しいと
思った人、手をあげて」と言ったのも頷ける。
DMBQのライブはまじですごかった。大盛り上がりだった。
最初はスーパーカーまたはそのファンのせいで盛り上がりに
欠けていたのだが30分くらいたった頃、ボーカルの増子さんが
ジェスチャーで観客に真ん中に集まれ、みたいなことをやったので
集まると増子さんがダイブをしてきた。それで大盛り上がり。
そのあと1時間半ぐらいライブというかパフォーマンスというか。
観客を両側に分けて観客3人を使って騎馬を作って増子さんが
乗って観客席を動き回ったり、俺が騎馬の先頭をやったんですけど。
あと、メンバー全員ダイブ。ギターの人が手を鳥のようにパタパタ
してるのがかっこよかった。つうか素敵だった。あと、観客を10人くらい
ステージにあげてダイブさせるっつうのもやってた。
とにかく楽しかった。ちなみに爆音すぎて3日間ぐらい耳鳴りがとれなかった。


-

ああああ - 2001年12月11日(火)

起きたら頭が痛かった。朝8時だった。アルコールがまだ体中に残ってて
コーヒーカップで水を10杯ぐらい飲んだ。学校に行って、講義に出て
出席をとって、だらだらして、実験が始まって、やっぱりなんもしないで
班の人に睨まれたけど気にしない振りをしてずっとぼんやりとしてた。
屑だった。妥協しっぱなしだった。毎日がやばい。人と目が合って
挨拶した。それはちょっと嬉しかった。


-

あーばんしまね - 2001年12月10日(月)

だらだらと、授業に出て寝不足の頭を持ち上げ先生の話を聞く。
岩谷君という友達がいるのだが、最近彼もデジモンにはまってる
という話を聞き、大いに興奮するが少し恥ずかしい気分になった。
大学生になってアニメで熱く語ったら駄目だ。
家に帰ってアンパンマンとデジモンを見る。デジモンを見てて
泣いてしまいました。なんで泣いたか良く分からないけど
多分、パタモンが可哀相だったんでしょう。よくわかりません。
何かを見てなくという行為は2度目です。本を読んだり、音楽を
聞いたりすると鳥肌が立ったり、背筋が寒くなったようなこそばゆい感じが
したりするのですが、それが30秒ぐらいすると涙が出てくる構造に
なってることにこの事で気づきました。パタモンがエンジェモンに
進化した途端、興醒めな音楽が流れてすぐに素に戻りましたけど。
俺を感動させるのはよくツボを押さえてないと駄目みたいです。
今回、何故涙が出たかさらに分析してみると
・デジモンが進化する場面で何故か鳥肌が立つ。
・パタモンはデジモンの中では例外的に可愛い。
・弱いものが虐待されてそれでも希望を失わないで真っ正直に危険に
向かっていく姿が描かれたものを見るとゾクゾクする。誤解されて危ない目に
合ってたり、本当はすごくいい奴だったりするとさらに点は高い。

以上のような事が挙げられるわけだけど、デジモンで泣くのもなんだかなぁ
と思います。もっと相応しい作品があるような気がするんだけど、俺が
本当にいいと思う作品と、涙が出てくる作品は多分、違うんだと思う。
涙はゲームに喩えればある条件をクリアーするとでてくる隠し面なんだと
思う。ちなみに泣いたのは5年ぶりです。

そのあと、すぐ寝ました。午後8時に起きて丸見え、アンティークを
見た後、実験のレポートを始めて12時に太郎の家に行った。
太郎のうちには炬燵が新しく入っていた。昔、皆で粉々に太郎の家の
炬燵を破壊したことがあってそれ以来、太郎の家には炬燵はなかった。
太郎に教えてもらってレポートを書き終わった後、ウイスキーの2リットルの瓶が
ある事に気づいた。半分くらいは入っていた。飲み会をしようということになり
太郎がレポートを書いてる間にツマミを買ってきて、俺はかってに飲み始めた。
太郎もそのうち飲み始めて、2人でフィーバーした。音楽をかけると
2人とも狂ったように動き回って、このままじゃやべえ、と思った俺は
太郎の家から逃げ出した。家に着くと既に朝の4時だった。すぐ寝た。


-

広島と言えば原爆 - 2001年12月05日(水)

リメンバーパールハーバーなんておこがましいにもほどがあるよ。

そんなこんなで今日は広島に行く日だった。僕は幼少の頃、3年間だけ

広島で暮らしてたことがあった、いつか自分が育ったところを廻ってみたい

なんて感傷的な計画を立てたりしてるんだけど、近くにある広島でさえ

行く気にならないんだから、いつ廻り終えるかわかったもんじゃない。

また明日、明後日とどんどん延ばしていく自分が目を瞑っても手に取るように

わかります。そんなわけで4時間かけて和田君と共に行った、広島へ。

途中で聞いたレイハラカミがかなり良かった。

何をしに言ったと聞かれれば、まず第一にCDを買いに、次にライブを

見にきたと答える。そして、THROBBING GRISTLEの「THE FIRST REPORT」を

買った。MERZBOWが欲しかったけど売ってなかった。

そして和田君は3万円のジャケットを買ったりしてた。金持ちだ。

なんのライブかと言うとイースタンユースで俺はあんまり好きやないけど

和田君がただでいいからついてきてくれと言うので付き合いで「いいよ」

と言ったのでした。で、見た。新しく出来た広島のクワトロというところで

後ろのほうに座る席があったのでそこで見ることにした。そこから見える

風景は馬鹿みたいにモッシュやダイブをしてる人たちの残像、光によって

散らばっていた。音もディストーションのレベルが高すぎてジャリジャリ

言い過ぎてたけど、途中からちょうど良くなってたような気がしないでもない。

MCは面白かった。最後の青すぎる空もちょっと良かった。

そして帰り道、和田君が買ったCDを聞きつつ、帰った。

彼が買ったクッキーシーンの付録のCDの中の竹村延和の曲がかなり良かった。

ソングブックからだったかな。女の歌がその声質がすごく良かった。

多分、サンプリングして圧縮してると思うけどそれがたまらんやった。

あと、サケギターも良かった。で、島根についてラーメン食って

がんばふらいはい、見て、まったりして家に帰って3時に寝た。

もう広島に行くのはこりごりだ、と思ったけど来週も行かないかん。


-

問題 - 2001年12月04日(火)

高岡 「君のところ、女の子が3人いたな。何かかわいい名前だったね」

青木 「えー。”あい”と”まい”と”みい”です」

高岡 「みんなそれぞれいくつになった?」

青木 「3人の年齢をかけると、ちょうど私の年齢になります」

高岡 「それじゃわからないよ。だいいち君はいくつになったんだい?」

青木 「高岡さんのひとまわり(12才)下ですよ。まだまだ30代です」

高岡 「そうか・・・。でもお子さんたちの年齢はわからないなあ」

青木 「そうですね。3人の年齢をたすと、ちょうど高岡さんの一番上のお子さんの年齢になりますよ」

高岡 「そうか・・・。それでもまだわからないよ」

青木 「”あい”は今年からピアノを始めたんですが、”まい”と”みい”はもっと小さいうちから習わせようと思っているんですよ」

高岡 「なんだそうか。みんなの年齢がわかったぞ」
___________________________________

この問題を5時間ぐらい考える。馬鹿みたいだ。


-

実験 - 2001年12月03日(月)

昨夜の徹夜のせいでやばい感じになったので授業が終わってすぐ寝る。
起きて、太郎の家に遊びに行く。レポートを手伝ってもらった、感謝。


-

本当は - 2001年11月30日(金)

友達って必要なのと最近疑問。妙に邪魔臭いというか
なんか友達がいるせいで自分が何かにすがるような構えを
見せるような気がする。人には余り頼りたくない。


-




My追加

 

 

 

 

目次
過去  未来

メール 戻る