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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
その昔、ウォークマンを開発した人の話を聴いたことがある。彼は、ソニーを退社し独立した。そして、ある日ソニーに講演会講師として招かれた。そして開口一番「ソニーという会社は素晴らしい。辞めた人間にこのような場を与える。その懐の深さが凄い」。そんな話だった。その言葉が印象に残っているのは、私も同じ思いをしたことがあるからだ。私が27歳でブラザーを辞め、友人と起業した時、ブラザーから思わぬオファーを頂いた。それは「あなたのアイデアを月1本持ってきてほしい。買うから」という内容。とても驚いたが、独立仕立ての身にはとてもありがたいオファーだった。そして今日、辞めたMUFGからオファーを頂いて、セミナーの講師を務めた。「辞めた人間でもいいのでしょうか?」と確認したらOKということで、今日登壇の日を迎えた。ブラザーもMUFGも何という懐の深さだろうか。経緯より実力を評価してくれる人は必ずいる。そんな皆さんに心から感謝したい。
クライアントの某社は、現在V字回復の取り組みまっただ中。7月末までに必ず目標達成しようと決め、2月に準備し3月にキックオフ。4月半ばからエンジン全開となり、いよいよ7月の勝負月だ。途中思いがけぬアクシデントなどもあり、6月末時点ではやや目標に遠かった。危機感を抱いたメンバーの皆さんは、自主的に緊急MTGを開いた。このMTGは予想以上に盛り上がり、実にシンプルで力強く、誰もが明日から実践できる新たな作戦が生まれた。この一体感のおかげで全社的なモチベーションは決戦の7月を前にかなり高くなった。現在、毎日のように私の手元に、進捗状況の報告が届く。徐々に目標に近づいて行っていて、皆が熱くなっている姿が目に浮かぶ。冷静に「私の予想通りだ」と言えばカッコいいのだが、内心は嬉しくてしょうがない。この勢いなら、きっと目標達成するだろう。皆、あとちょっとだ!頑張れ!達成のお祝いは何しようかな…それを考えるのが楽しみだ。
工作機械メーカーのOBの人と話す機会があった。彼によると今から20年ほど前、シンガポールに機械を売ったとき、現地で購入した会社は「この機械があるとアメリカから注文が来るんだ」と喜んだという。それを聞いて工作機械が生み出す価値に気が付いた。機械ひとつで、「そんな素晴らしい加工ができる会社なのか」と購入した会社の信用格付けがグンッ!と上がる。そして、米国と取引をすれば外貨が手に入り、それを再投資して産業が盛んになる。雇用が生まれ、貧しかった国のGDPが上がり、経済的に豊かになる。工作機械にはそのように国を富ます力があるのだ。それは、わが国が明治時代に脱亜入欧を目指したり、戦後の貧しさの中から「追いつけ追い越せ」で駆けてきたりしたのと同じ。日本人が産業の振興とともに世界に誇りを持てるようになったように、工作機械は買っていただいた国の国民のプライド(誇り)を作る。単なるものづくりのマシンではないのだ。
清水の倉庫会社を訪問。同社は小集団活動が盛んで、先般「アンチ・プロブレム」という名のミーティングをしたと聴いた。その内容が面白かったのでメモしておく。アンチ・プロブレムとは、通常の思考と逆の問題を解くこと。同社が取り上げた課題は「どうしたら利益が増えるのか?」の逆で、「どうしたらわが社は倒産するのか?」。主な答えは二つ。「お客様に嫌われる」と「部下が育たない」。では「どうしたらお客様に嫌われるのか?」。出た意見は「納期を守らない」「同じミスを繰り返す」。また「どうしたら部下が育たないのか?」では「上司が辛そうな顔をする」「上司がため息ばかりつく」「上司がパワハラまがいの発言をする」「自分で抱え込んで部下に仕事を渡さない」「自分の経験・ノウハウを公開しない」など。聞けば聞くほど「実はそれって、今やっていることじゃない?」と言いたくなることばかり。現場の人が我が振り直すには丁度いい思考訓練だ。
静岡市の駅近くにあるホビー館に立ち寄る。ここにはスズキのスポーツタイプのバイクとハレーダビッドソンの2台が置かれていた。スズキがあるのはわかるが、なぜハーレーがあるのかがわからなかった。が、この2台があったために、某社の常務の言葉を思い出した。50歳手前のその常務はそれまでハーレーに乗っていたが、ある人から「若いんだからそんなのけぞるような乗り物でなく、前傾姿勢で乗りなさい」と言われて、スポーツバイクに買い換えたという。そして、実際にスポーツバイクに乗ってみると、気持ちがどんどん前向きになった、というのだ。そこで私もこの両方のバイクに跨ってみた。スポーツバイクの運転席に跨るのは生まれて初めてかもしれない。そして…確かに常務が言っていたように気持ちが前向きになった。これで風を切ったら、仕事でも風を切りたくなるのではないか…形から入ることや、まず行動することで意識が変わることを痛感した。
仕事で静岡市を訪問した。子供の頃に住んでいた街なので、朝早めに起き、通っていた小学校の学区内を懐かしく思い出しながらウォーキングした。景色はすっかり変わってしまっていた。学校前の駄菓子屋はセブンイレブンになっていたし、時折通った眼医者もなくなっていた。私がガラスを割った床屋もなくなっていた。近くの高校は工業だったのが学園に名前が変わり、自分の住んでいた家は駐車場となっていた。40年もたっているのだから当然だ。唯一変わらなかったのが、自分にとって一番の遊び場だった山。清水山は私の最大の遊び場だった。時間の都合で登るのを見送ったが、たぶん山道も竹藪も山頂も、木々が伸びただけで何も変わっていなように思う。川はその流れが大水の影響で変わることがある。が、山はまず変わらない。変わって当然の世界の中で、変わらない空間が残っていたこと。そこで童心に帰れること。そんな場所があるだけで幸せだなあ。
出張に行ったときにできる空き時間を、「リージャス」が展開しているレンタルラウンジで過ごすようにしている。福岡のリージャスには2時間くらい居たが、まずまず快適で仕事がはかどった。この空間には、リージャスと契約している私のような個人経営者がそのときの都合で利用している。つまり、空間をその人たちとシェアしているのだ、すると、小さなことに気を遣うようになる。大きな声を出しちゃいけないとか、すれ違う時は会釈する、コップなど洗い物を出すときはキレイに並べる、などだ。こうした細かい気遣いは、勤め人だったときはほとんどしてこなかった。「おもてなし」が大事だといいながら、「おもてなしの心」を磨く機会もなかった。車でも住まいでもシェアリングはますます増えそうだ。このような空間を利用しながら、自分が「おもてなし」の大前提である謙虚になる訓練ができるのはありがたい。
福岡のお客さんと話す。長崎出身の彼女は昔からダイエーホークスファンだった。球団がソフトバンクに買収されたとき、彼女を含むファンの仲間が残念がったのがダイエーホークスの応援歌がなくなってしまうこと。「われらのわれらのダイエーホークス〜」というくだりが好きだったという。ところが孫社長はこの応援歌を残した。わずかに「ダイエーホークス」のところを「ソフトバンクホークス」に変えて後は一緒だった。彼女たちファンはそれをすごく喜んだという。この話を聴きながら、現場で生きる人には、それぞれ大切したいものがある。変えるべきもの、と変えてはいけないものがある。カルロスゴーンの日産リバイバルプランでもその辺の見極めが上手だった。孫さんもそこはよく心得ていたのだろう。大河ドラマではまさに『本能寺の変』をやっているが、光秀はこの辺を見誤った人だったのかも。賛同者が少なかったのは、そこをはずした証かもしれない。
福岡に出張。中洲川端に泊まったところ、偶然にも有名なラーメン店「一蘭」を見つけた。私の住まう岐阜にも先ごろオープンしたが、深夜まで行列が絶えないとの噂でまだ行ったことがなかった。中に入ってみると、食べるところがひとり一人仕切られている個室。そして店員さんの顔も見えない。机上に置かれたオーダー表でお好みを選択する。スープや面は普通を選択。商談前なので「ニンニク」はなし、「ねぎ」は青と白が選べたので青にした。そして味はというと、こんなものかな?という感じだった。僕の味の選び方がよくなかったかも。地元で一覧に行ったことのある工務店の社長が「味は確かにいい!しかし二度目はない!」と言っていたのを思い出した。社長に「なぜ、二度目はないの?」と尋ねたら、「コミュニケーションを遮断して食べて何が食事か!」と怒っていた。家族を大事にし、家族の宝物たる家をつくる人にとって考えられない空間なのだろう。その意見に共感した。
V字回復の作戦を実践中の某社。支店単位で計画を立案しているが、すでに熱い支店が誕生している。その支店の温度は、メンバーの抱負を見ればわかる。例えばある支店のベテラン社員は、抱負に「皆の気持ちが伝わった。私も頑張る」と書いた。作戦が成るかどうかは、作戦の品質もあるが、作戦をどこかまでメンバーが腹落としして理解したかにかかっているが、前段の「皆の気持ちが伝わった」は皆とちゃんと話をしていないと書けない言葉。大いに期待したい。また、ある支店長は「この支店の未来のためを作ろう」と書いた。一段高い目線で支店を見ていることがわかる。このような支店がけん引役となり、その他の支店も盛り上げていきたい。
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