ギフト系食品会社の相談。現在年間1000食売っている商品を近い将来10000食売りたいという。10000食ということは、1人年1回買うとして10000人。が、年2回友達2人に贈るという前提に立てば、2000人のユーザーを獲得すれば良いことになる。10000人に売る方法と2000人のファンを作るマーケティングでは全然違う。どれだけ売るかではなく誰に売るかから考えれば、ビジネスヒントは湧いてくる。
コラボ相手を選ぶとき、オムロンの人は自分たちの10倍の水準の技術を実現するために選ぶ。なぜなら、10倍の技術を実現するための頑張っている間に、競争相手も追いかけてくるからである。不可能への挑戦だが、可能にするポイントは2つあるという。第一は現場のビッグデータを持っているか?どうやって量を集めるか?を明確にすること。第二は発想と革新。顔の画像に肌に影響を与える天気予報や医療現場で培われている技術など全く違うデータを組み合わせると勝てるものになるという。
顔を判別する画像センシングの技術は、Appleやサムスンの全スマホに搭載されているらしい。完成品は負け続けている家電品も、世界シェア70%もの部品は存在するのだ。かんてんパパで有名な伊那食品を見学した時に、素材を作っている会社はその応用範囲が広がればそれだけ成長し続けることができると思った。かんてんパパは、寒天が売れなくてもゼリー化する商品ニーズが広がるほど売れる仕組みになっている。ただしその素材がオンリーワンでないといけない。その場合は素材ビジネスは完成品ビジネスよりも有望なのだ。
オムロンの若者たちは社内で選ばれ、自信満々で世界トップの人たちが集まる学会に行く。そこでディスカッションをし、自分では勝てないと、はじめてレベルの差を感じる。それがわかってくると自分は何で価値を出すのか必死で考える。現場に行って顧客の課題を探り技術的な課題を明確にする。レンズの水滴(曇り)をちゃんと認識するセンサや、より小型・高速化したセンサなど、世界のトップを生むためにどんな役割を果たすべきかを自分で考えるのだ。勝てないと自覚するからこそ、人は「ここなら負けない自分の城」を創ろうとするのである。
オムロンのショールームに展示されている技術が、二つに分かれていた。ひとつは「とがり」。他社にない突き抜けた技術を指す。もうひとつが「つなぎ」という技術で、とがりととがりを繋ぐOSのような技術である。具体的には「オープン化」「システム・センサーNW」「基礎化」「CAE、CMC化」などとあった。先日読んだ本にクレジットカード会社は、「小売店とユーザーを繋ぐ役割」を果たしているという話があったが、とがりととがりが繋がり続けるための優しいツールが必要なのだ。
オムロンの研究所のレイアウトを見て驚いた。コミュニケーションしやすいように仕切りのない大部屋方式で机の間のパーテーションは低い。真ん中に大きなプロムナードがあり、飲み物・喫煙・トイレなどはこのプロムナードを通らねば行けず、自ずと交錯するようにできている。プロムナードには長椅子が置いてあり、目の前の壁は全面ホワイトボードで、立ち話しながらどんどん書くことができる。コラボレーションすることを徹底的に意識した構造に驚いた。
ビッグデータを用いて高度な画像センシング技術で勝ち抜くには、単にデータを持っているだけでは不十分。川出参与は「他社よりも早く出すこと。スピードだけが価値がある」と語る。スピードを上げるのはグローバルな共創。世界トップの国際学会に同社は10人単位で参加し、「この技術はこの観点が素晴らしい」と話しながらパートナーを見つけていく。それも、他社が目を付けていない将来性で選ぶ。そうしたグローバルな「目利き力」が勝敗を分けるのだ。
今時のプリクラはいろんな変身ができる。痩せて見える、つけまつげを付けたり、目を大きくしたり…美肌補正、小顔補正、瞳補正、赤目補正など。変身願望を徹底的に叶えてくれるのだが、ここにもオムロンの技術が使われている。目を閉じた写真にならないような技術もあるらしい。これを可能にしているのは、10億単位のビッグデータを持っていたこと。データを収集し、分析し、評価し、活用する仕組みを持ってる企業にしかできないことだ。
奈良県のオムロンの研究所を訪問。そこで見たのは、画像センシングという技術だった。600万人もの顔のデータを集め解析したソフトは、ファインダーの中の人の顔を瞬時に見分ける。それも性別、年齢を1/100秒以下のスピードで見分ける。さらに大人と子供がいれば自動的に子供にピントが合う「赤ちゃん認識」「ペット認識」ができている。開発した同社の川出参与は「自分が欲しかったから作った」と言っていたが、「欲しくて作った」がユーザーに伝わる優れた商品だ。
富士フィルムの小森会長の話を聞いた。就任後2年続けてデジタル化の影響で業績が後退。そのときCEOだった人と激しく意見が対立したという。このCEOは23年間もCEOを務め小森さんを社長にした人だ。CEOは「お前のパフォーマンスが悪い」と言い、小森さんは「こうなることはわかっていた。新しいことを何もやってこなかったのはあなたの責任だ!」と主張。会社を二分する論争になったという。結局は小森さんが勝ったわけだが、そのとき支えになったのは社内のオピニオンだという。人は済んだことの責任を個人に押し付けることよりも、次に何をやるかを考えたいのだ。