後継者は「会社を引き継ぐ」という感覚で本当にいいのか?ある経営者の危機感だ。その経営者が属する業界は厳しく「当社も10年持たないかもしれない」という。そんな会社を継いでもらえる会社にするには、少なくとも本業以外の事業のウエイトを20%にしておく必要がある。それも短期間に実現しなければならない。それには、「継ぐ」ではなく、「新しい会社に創り変える」感覚が必要。今の二世には時間がない中で創業する創業者精神が必要なのだ。
二世経営者のF社長は後継者の育成のため、現在修行中の子息に「小さい会社を作って任せてみたい。失敗してもいいから」と語る。創業には自分の影響力が試される独特の面白さがあるし、創業特有の精神=世の中の役に立っていきたいと願う強い気持ちもある。一方で「先行投資を必要とするものはやらない」「在庫は持たない」など、自社の身の丈に合ったビジネス感覚も養われる。失敗してもそこから学ぶことは多い。
二世経営者の方が共通で語ることのひとつに先代との力関係がある。二世はよく先代と衝突するが、最も多いのは「勝手に変えていくのが気に入らん」。二世にしてみてみれば認めてもらっているという安心感ではじめたことだが、相談がないのが許せないのだ。そこで二世は一世一代の覚悟をする。ある人は「認めてくれなければ辞める!」と啖呵を切り、ある人は「自分は同じようにはなれない。自分は自分」と割り切る。それ以降、力関係が逆転する。継ぐ人の宿命とも言うべき、守破離の「離」の瞬間が必ずある。
社風を変えるにはトップの態度が変わらねば…そう考えた二世経営者のF社長は社員を巻き込んでビジョンを策定した。それは「当業界で地域貢献度No.1になる」というもの。そして、行動規範を制定し、それまで経営者が勝手に決めていた給与を制度化する人事制度をも導入した。模範にしたのは経営サイズが同じ経営品質賞受賞企業のネッツトヨタ南国の運営方法。社員を研修にいかせて学ばせた。その結果、今はホームページを見た学生が応募してくる会社になった。
二世経営者のF社長は、自分が専務に就任した当時のダレた社風に苦労した。原因は経営幹部の姿勢。公私混同が多く社員から後ろ指を指されるようなことが相次いだのだ。だからとって「これがこの業界の常識」などと業界のせいにもしたくなかった。そこで、当該の幹部にやめてもらうと同時に働きやすい環境を整えていった。休日の取得、作業場の改善、配達時の雨の日対策、ユニホームの支給など。社員の不満を解消することが、働き甲斐のある会社作りの第一歩だ。
部下をV字回復させた経験のあるリーダーが教えてくれた。「気付きのある人、ない人」「出来るようになりたいと思う人、思わない人」「理解しようとする人、しない人」全て自分次第で結果は変わってくる。「出来ない」は「出来なかった」になり、「仕方ない」「どうでもいい」に変わっていく。自分で自分に言い訳をして、自ら「負のサイクル」に突入していく。「正のサイクル」か、「負のサイクル」かは、全て自分の責任」。聞いていてドキリとする良い言葉。人を変える力を持つ人の言葉は思い。
大飯原発の再稼動が政府から指示された。これが「再建」のスタートなら望ましいが、「何も変わらない」ことの象徴に映るから悲しい。原発を都市から離れたところにつくり、僻地にリスクと引き換えに雇用を与えた政治は最後は僻地の故郷喪失というとんでもない結果を招いた。しかし、その反省をせず、仕組みを変えようとせず、同じ仕組み(都市部を経済的に豊かにするため、僻地にリスクを負わせる)を守ろうとしている。誰かが損な役回りをすれば大半が助かる…という発想は動物の群れと一緒。植民地時代の帝国主義国家の発想と一緒。一向に進歩しないこの国が情けない。
オウムの高橋容疑者が逮捕された。所持金は470万円ほどあったという。しかし、彼はその470万を活かせなかった。金なんかいくらあっても、自分が悪人であることを全ての人が知っていたら、何の役にも立たないことが証明された。もし、幕末の志士たちを匿った寺田屋の女将のように、彼を命がけで匿う人が一人でもいれば漫画喫茶に篭ることもなかった。オウムはそういう人を作れなかった。仲間を作るのは、その人に社会性(公の役に立つ魅力)があるからだ。それだけオウムには社会性がなかったということだ。社内性のない「金」は身を救わない、ということだ。
休暇をとって今年初の鮎の友釣りに出かけ、大変なショックを味わった。途中から膝ががくがくして岩の上り下りが苦痛になってきたのだ。こんな経験は初めて。日ごろの運動不足がたたったのだろう。2年前までは毎週末少年野球の手伝いをやっていた。去年までは毎朝のウォーキングも欠かさなかった。それを朝仕事に切り替えてやめてしまったらこの始末だ。鮎釣りは老人も多く楽しいんでいるが、地元の農家の伯父さんの足腰と、私の足腰では雲泥の差。ウォーキングを再開しよう。
野田首相の原発再稼動を決めた演説で、「責任は私が取る」と言っていた。いったいどうとる、というのだろう。リーダーが「責任を取る」と言えば、それを聞いた部下は皆、安心し、失敗を恐れずに挑戦できる。が、実態として誰も安心していない。万が一の事故が発生したときに彼が「辞任」しても、誰一人として救われない。まして腹切りしてもらってもどうにもならない。責任の取り方がない以上、再稼動は見送るべきなのだ。