「『1円でも安くしてくれ』とお客様に言われるとき、そこには(あなたには期待していないから)という前置きがあるのです。そうならないようにするには『早く安く怒られないためのオペレーション』から『喜ばれるためのオペレーション』に変える必要があるのです!」。そう力強く語ってくれたのはトヨタ系ディーラーで12年連続CS No.1で有名なネッツトヨタ南国の長山大助さん。安売りが本能的に嫌な理由がストンと腹に落ちました。
「障害者をウリにしたくない。だから、グルメ雑誌以外の取材をお断りしてきました」とワークス高知みらいの竹村利道代表は笑う。障害者を売りにすると「不味そう」と思われ、最初は慈悲で来てくれた客も次には来なくなる。結果的に障害者が育たなくなる、という。逆にそのようなことを言わず、後から障害者が働いていたんだとわかれば、お客様から「頑張ってたねありがとう」「美味しかったよ。ありがとう」と言ってもらえ、その声が障害者が育てるという。目先の売りではなく、障害者の成長に焦点を合わせる。そのぶれない姿勢に感動した。
社員数200人のうち、120人までが障害者。そんな食品工場&レストランを経営するワークス高知みらいの竹村利道代表にお会いした。彼は障害者雇用のポイントを「HOWを考えること」だという。G例えば、80gを量って盛るのが苦手な身障者も、踏めば80gが自動的に出てくる機械を使い、それを足で踏むことができれば仕事ができる。経営者がそのような機械に投資をすれば、雇用が生まれるという。健常者のように働くのではなく、健常者と同じアウトプットを出せるようにするには、どのような環境が整えばいいか。そのHOWを考えることで大勢の雇用を生んでいるのだ。
「○○化」という言葉が会社に溢れている。「強化」「特化」「平準化」「高度化」「見える化」などだが、それぞれは目的でも目標でもない。ある目標を実現するための手段である。ある目標を達成するために「営業力を強化」するのであり、「特定市場に特化」し、「負荷を平準化」し、進捗を「見える化」する。よって目的や目標に「○○化」という言葉が出てくるのはおかしい。某社の幹部にそう指摘され、深く納得した。
「事実前提」と「価値前提」という言葉を聴いた。ある経営者が自分の事を「私は価値前提の人間でして…」と語ったからだ。事実前提とは、「いくら売れば、いくら儲かる」を考えて意思決定すること。対して価値前提とは「何人に満足してもらいたいか」を考える「意思決定のこと。お金は後からついてくる、という考え方だ。お役立ちのため、本当にやりたいことに忠実になることは人間を生き生きとさせる。
優勝することやベストプレーを見せることだけがファンサービスではない。選手とファンの接点を増やすことこそファンサービスの基本だ。ダルビッシュ選手の記者会見を見て改めてそう思った。大事なのはファンの納得感で、ドームで11000人を前にしたインタビューにどのファンも納得しただろう。思わず泣けたが、それはダルビッシュの言葉というより、こんな場を作ったファイターズに感動したからだ。
シェイクスピア曰く「成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはならぬ」コピーライターの酒井とし夫氏のブログにあった今日の言葉。今日、自分の詰めの甘さを思い知らされる事件があった。少々落ち込んでいたときにこの言葉に出会う。70-80代の米国人は「日本人は、どれだけ言ってもくじけず改善案を持ってくる」と驚愕したというが、私にもそのDNAは流れている。ここに、捲土重来を期す。
「人材育成に金をかけるか否か」不景気の今こそ、経営者の器量が問われる時期。そんなとき凄い社長に出会った。幹部研修のプレゼンをしたら、「俺が社長でいる間にさ、金をどんどん使っちまおうっと思って」と一言。「ケチっても仕方がない。企業は結局は人なんだから。赤字になっての投資はできないが、そうでない限り人を育てないと企業は育たない」。社長の迷いのない発言は、その他の社員を勇気付ける。
今、近江商人が見直されている理由が知りたくて、近江商人博物館を訪ねた。代表的な理念である「三方よし」の「売り手よし、買い手よし、世間よし」に出てくる「世間よし」の本質がわかった。それは、商売をさせて頂いく地域の「地域振興」のことだった。今のグローバル市場開拓とまったく同じことを江戸時代に近江商人がしていたことは、時代の先を読む上で研究に値する、と感じた。
車掌さんが明るいと旅がぐんと楽しくなる。ワンマン列車でもおかしくないほどローカルな近江鉄道(2両編成)に乗って米原から五個荘に向かう。そこにはアテンダントと称した20代女性の車掌さんがいた。彼女の仕事はとても丁寧で、親切。私が「五個荘の駅前にタクシーは泊まっているの?」と尋ねたときも、なんと膝つきで応じてくれた。他にも彼女は足が不自由なおばあさんが降りるまで待ってあげたり、無人駅からギリギリで飛び乗ってくる親子連れへの労いの言葉をかけたり。心が温まった。