ガソリンスタンドチェーン店の社長のご相談。社長の理想は今から8年後に自分と同じように考え、自分と同じように意思決定できる自分の分身ともいえる経営者を育てること。そのために今から何をすればいいかだが、まずは組織全体を「自分で考えて自分で行動する主体性を持った存在に変える」ことを提案した。具体的には小集団活動からはじめることを提案した。ささやかな活動だが、これに成功すると会社の雰囲気は一変するからだ。
某社の管理者研修で、職場を活性化し若手を育成する方法を20個紹介した。これから3ヶ月かけて、そのいずれかを選び彼らに取り組んでもらうのだが、中でも基本中の基本である「面談して部下の話を聞く」がもっとも多そうだ。部下の意見を聞き、それに即時対応するようになると「この人は話を聞いてくれる人」「言えばわかってくれる人」など信頼が高まる。同時に部下の重要感が高まる。その結果、職場の雰囲気が一変するのだ。
組織として海賊を見た場合、キャプテンと船員の距離が非常に近い。コミュニケーションもよく行われている。その大きさは小さな営業所、支店くらいの規模だろう。この海賊と対峙する海軍や東インド会社などは実に大規模で、水兵から見ればや国王や株主、社長など見たこともない遠いところにいる。そんな存在のためにと働き、搾取され、怯えるのはナンセンスだ…と海賊たちはいいたいのだろう。
「海賊物語がなぜ流行るのか」について他の人が書いた論文を読んだ。そこには、海賊のトップと現場の船員の間に階級差がほとんどないことが要因だと書かれていた。今の社会は若い人が働いてもなかなか豊かさを実感できない時代。過去の栄光を作った管理職以上が、現在の働きに比べ高い給料を取りすぎていることはその一因である。そのような投資家や資本家などの支配層が存在しない。それが海賊が好まれる所以だとする論調に深く納得してしまった。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」「ONE PIECE」に「ゴーカイジャー」。なんで日本も米国も大人も子供もこんなに海賊物語に惹かれるのだろう?職場や学校、塾などの雰囲気が、甲板上のビリビリした緊張感に似ているからだろうか。それとも、押し寄せる時代の波を、暴風雨のように日常的に感じているからだろうか。それでもお宝があると信じて突き進む姿に憧れを感じるからだろうか?
公開中のパイレーツ・オブ・カリビアンの4作目を観るために、1〜3作目をDVDで全部観た。主人公のジャックは全然船長らしくないないキャプテンだ。決して怒ること、切れることもなくもない。自分のことより仲間のことを優先するため、窮地に陥ることはしょっちゅう。ところが、彼がピンチになると皆が彼を助けようとする。彼に応援された人が彼のことを放っておけないのだ。管理するリーダーではなく支援するリーダー。この映画には今の時代の米国が求めるリーダー像が描かれている。
有給休暇をとって鮎釣りに行く。11時から初めて14時まで全然釣れない。場所を変えようとするが良さげな所はどこも先客あり。仕方なく漁協の人が「あそこは釣れないよ」と言った誰もいない場所で釣り始めると…これが爆釣!。自分の1時間当たりの釣果記録を何年かぶりに更新した。が、鮎は川の右岸の隘路にしかおらず、漁協の人が嘘を言ったわけではなかった。マーケティングはよく釣りに例えられるが、「手付かずの市場はどこかにある!」そんな経験とダブった。
昨日紹介した『経営人間学講座』の5つ道場清規のうち、5つ目にも感動した。「一、経営とは、いかなる絶望的な境遇にあっても、その中から常に知恵と力と勇気を、奮い起こすことである」。危機感のない状態が最も危険な状態というが、そのぬるま湯に一石を投じ、変革の狼煙を上げ、時間を掛けながら体質転換を図る。そんなお手伝いを幾度もしてきたが、それが実現したときは本当に気持ちがいい。
イノベーションを勉強するために、全日本経営人間学協会の『経営人間学講座』に通っている。講義の最初に5つ道場清規を読み上げるのだが、そのうちの4つ目が奮っている。「一、経営とは人間の持つ最も醜い力を、もっとも美しい価値に、転換させることである」。映画でも憎き悪者が心を改め突如正義の味方に転換ことがある。抵抗勢力が志に共感し最大の味方になる。その舞台が経営だという考えに感動した。
たぶん、人生で最大級おならをした。今日の講演は約1時間だったが、登壇前から腹が張って仕方がない。演台と観客席は近く「ぶうッ」とやると聞こえてしまいそう。結局我慢し通し、終了すると同時にトイレに駆け込む。そこで出た一発目のおならが、「ぶうッ」ではなく「バチン!」というまさに風船が割れたような音。大小はコントロールできてもおならのコントロールがこれほど難しいとは驚いた。