組織として海賊を見た場合、キャプテンと船員の距離が非常に近い。コミュニケーションもよく行われている。その大きさは小さな営業所、支店くらいの規模だろう。この海賊と対峙する海軍や東インド会社などは実に大規模で、水兵から見ればや国王や株主、社長など見たこともない遠いところにいる。そんな存在のためにと働き、搾取され、怯えるのはナンセンスだ…と海賊たちはいいたいのだろう。
「海賊物語がなぜ流行るのか」について他の人が書いた論文を読んだ。そこには、海賊のトップと現場の船員の間に階級差がほとんどないことが要因だと書かれていた。今の社会は若い人が働いてもなかなか豊かさを実感できない時代。過去の栄光を作った管理職以上が、現在の働きに比べ高い給料を取りすぎていることはその一因である。そのような投資家や資本家などの支配層が存在しない。それが海賊が好まれる所以だとする論調に深く納得してしまった。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」「ONE PIECE」に「ゴーカイジャー」。なんで日本も米国も大人も子供もこんなに海賊物語に惹かれるのだろう?職場や学校、塾などの雰囲気が、甲板上のビリビリした緊張感に似ているからだろうか。それとも、押し寄せる時代の波を、暴風雨のように日常的に感じているからだろうか。それでもお宝があると信じて突き進む姿に憧れを感じるからだろうか?
公開中のパイレーツ・オブ・カリビアンの4作目を観るために、1〜3作目をDVDで全部観た。主人公のジャックは全然船長らしくないないキャプテンだ。決して怒ること、切れることもなくもない。自分のことより仲間のことを優先するため、窮地に陥ることはしょっちゅう。ところが、彼がピンチになると皆が彼を助けようとする。彼に応援された人が彼のことを放っておけないのだ。管理するリーダーではなく支援するリーダー。この映画には今の時代の米国が求めるリーダー像が描かれている。
有給休暇をとって鮎釣りに行く。11時から初めて14時まで全然釣れない。場所を変えようとするが良さげな所はどこも先客あり。仕方なく漁協の人が「あそこは釣れないよ」と言った誰もいない場所で釣り始めると…これが爆釣!。自分の1時間当たりの釣果記録を何年かぶりに更新した。が、鮎は川の右岸の隘路にしかおらず、漁協の人が嘘を言ったわけではなかった。マーケティングはよく釣りに例えられるが、「手付かずの市場はどこかにある!」そんな経験とダブった。
昨日紹介した『経営人間学講座』の5つ道場清規のうち、5つ目にも感動した。「一、経営とは、いかなる絶望的な境遇にあっても、その中から常に知恵と力と勇気を、奮い起こすことである」。危機感のない状態が最も危険な状態というが、そのぬるま湯に一石を投じ、変革の狼煙を上げ、時間を掛けながら体質転換を図る。そんなお手伝いを幾度もしてきたが、それが実現したときは本当に気持ちがいい。
イノベーションを勉強するために、全日本経営人間学協会の『経営人間学講座』に通っている。講義の最初に5つ道場清規を読み上げるのだが、そのうちの4つ目が奮っている。「一、経営とは人間の持つ最も醜い力を、もっとも美しい価値に、転換させることである」。映画でも憎き悪者が心を改め突如正義の味方に転換ことがある。抵抗勢力が志に共感し最大の味方になる。その舞台が経営だという考えに感動した。
たぶん、人生で最大級おならをした。今日の講演は約1時間だったが、登壇前から腹が張って仕方がない。演台と観客席は近く「ぶうッ」とやると聞こえてしまいそう。結局我慢し通し、終了すると同時にトイレに駆け込む。そこで出た一発目のおならが、「ぶうッ」ではなく「バチン!」というまさに風船が割れたような音。大小はコントロールできてもおならのコントロールがこれほど難しいとは驚いた。
昨日の社長が合宿研修二日目のお昼前に、研修会場をそっと抜け出した。そして、皆がお昼ご飯を食べる直前に帰ってきて、ご飯を食べ終わった頃にシュークリームを配りだした。なんと、近所のシュークリームの有名店「ゼフィール」で買ってきたのだ。このサプライズに社員は感激。おかげで研修の効果も上がり…、主体性を発揮する人しか周囲の主体性を引き出せないというがトップの献身的な気配りで社員は変わるのだ
クライアントで合宿の研修会。同社の新社長と共に研修会場に一番乗りし、机の並びを変え、ホワイトボードとスクリーンをセットし、レジメを配布する。そこに受講生登場。彼らは当たり前のように着席し講義を聴く。そこで私が伝えのはこれからのサービス業のあるべき姿である「逆さまのピラミッド」。「顧客を一番高く位置づけ、社長は管理するのではなく支援に回る」ことを示した図だ。社長が研修の環境作りをするのは現場第一で現場を支援する姿勢の現われ。その姿から「逆さまのピラミッド」の本質を理解して欲しい。