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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
昨日の『商品企画の勘所』では自分の失敗談も披露した。しかし、反省材料がいくらもあった。自分の講義の中にどれだけ「受講生の声」を入れられたか…という点では全然足りない。「こことここがポイント」を羅列する講義になってしまい、「こんなことってありませんか?」とYes−setする講義になっていなかった。1000回以上登壇しているのに、まだこんなミスを繰り返す。ああ自己嫌悪。
『商品企画の勘所』と題したセミナーを開催した。準備のためこれまで自分が行ってきた古い仕事の資料を引き出す。すると、自分がいかに間違っていたか改めて気付いた。最初の構想など、最終商品形態にほど通い。コンセプトすら違うことすらある。しかし試行錯誤の果てに、最後には売れる商品に辿り着いている。結局商品企画でも事業立案でもまず一歩踏み出すことが一番大切だ。
11月27〜28日のこの日記に書いたK社が社内報の第1号を発行した。小集団活動の結果コミュニケーションツールとして社内報は欠かせないという提言が出たことに対応したもの。提言は何十もあるのだが、ひとつずつできることから形にしていくことが次へのアクションに繋がる。会社の改革はまずは小さな変化を成功させ期待を積み重ねること。そのムードが大きな改革を実現するエネルギーになる。
神田昌典のCDで講演が上手くなるコツとして落語を聞くことが紹介されていた。実は私も落語を聴くことが効果的だろうと思い、古典落語の12巻セットを聞いたりしていたのだが、寄席で聞くのとは違いCDだけではなかなか笑えないなあ…と悩んでいたら神田先生はCDの中で「落語は三遊亭歌之介を聞け」という。私のように悩んだ人間には大変助かるひと言。この具体性が一流の証なのだろう。
沖縄海邦銀行の子会社で海邦総研というシンクタンクがある。私の小冊子を発行してくれているので挨拶に訪ね、その帰りに同社発行の機関紙をもらって帰ってきた。それを読むと、通常のシンクタンクの機関紙より妙に明るいのである。書いてある内容はデータ中心なのだが、なんだか気持ちが軽くなるのだ。観光客数が伸びているからかそれとも沖縄口調だからか…私の文章は暗い、暗すぎると思った。
沖縄でステーキハウスに入る。目の前の鉄板で焼いてくれるのだが、一緒に行った友人はそういう芸を見るのは初めてだといっていた。確かにステーキハウスを実体験する機会が少ないから、沖縄の観光客がそれを見るために立ち寄るという話も納得だ。この日、私たちの前に立ったのは修行半年という若い女性のコック。積み重ねればもっと凄いアクロバットもできるのだろうが、なかなかのものだった。
労組向けの講演会の後で、59歳の某委員長が皆の前で挨拶をした。「定年まで後1年だが、これまで春闘などを組合活動の柱だと思って活動してきた。しかし、組合員の問題は一向に解決されない。生活について相談できる存在でないと労働組合は魅力がない…そう言われた気がした」と挨拶したのには驚いた。その歳で、皆の前でこれまでの自分を否定するのは並大抵なことではない。その度量に感服した。
沖縄県労働金庫から依頼されたで労組相手に講演会。「組合員の資産形成のためのアドバイスを、借金地獄から救ってあげるのは労働組合しかない」を伝えることが、私が労組向けの講演で伝えたいテーマだ。この講演の時は私がかつて多重債務者だったことやそこから立ち直った経緯も赤裸々に語る。恥ずかしいことだが、当時自分のダメな体験が多くの人の役に立つのならこんな有難いことはない。
沖縄の行き帰りで久しぶりにJALを使う。うとうとして目を覚ますと、自分の前に「おめざめですか」と題した淡いピンクのシール。そこには「お休みのようでしたのでサービスを控えさせて頂きました。お飲み物など希望がございましたら乗務員にお知らせください」と書いてある。サービスの違いとはいえ新幹線の切符拝見で、寝ているのを無理やり起こされるのに閉口してるから、嬉しくなった。
日本ハムのキャンプを観に沖縄・名護市に行った。キャンプは初めてだが、街を上げてのお祭りだということがよくわかった。またキャンプはファンと選手が最も身近になれるときだと聞いていたが、練習場の外ではサイン用のボールや色紙を売っていることからもそれがわかる。年に一度でも大きな団体をお迎えする街…というのは街が賑わいもてなしの心を持つという意味でとても貴重な機会だ。
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